正義036・結界と男(sideユゼリア)

「見るからに怪しい洞窟ね……」

「………ジャス!」


 ユゼリアとジャスティス1号は警戒体勢に入り、洞窟の入口に近付く。


 入口には薄い膜のようなものが張られていた。


 膜は2重3重になっていて、それぞれ微妙に色が違う。


「やっぱり結界ね……」


 ユゼリアに詳細な分析はできないが、状況的に複数の隠蔽結界が張られたものと考えられる。


 近くに落ちていた石を投げると弾かれたので、防御結界も張られているようだった。


「壊すしかないわね……破壊せよ――【水弾ウォーター・バレット】!!」


 杖を構えたユゼリアは、水魔法の【水弾】を防御結界に向けて放つ。


 それなりの魔力マナを籠めた1撃だったが、結界はびくりともしない。


「堅いわね……!!」

「ジャス!」


 次の魔法を撃とうとしたユゼリアをジャスティス1号が手で制し、結界に飛び蹴りを食らわせる。


 バキィンッッ!!!!!


 黄金の光と共に放たれた蹴りは、頑丈な結界を1撃で破壊した。


「さすがエスの召喚獣……使い魔ね」

「ジャス!」


 いつもならツッコむところだが、こういう場面では非常に頼もしい。


 防御のなくなった洞窟に足を踏み入れようとすると、洞窟の奥からパチパチと手を叩く人影が現れた。


「さすが、ネストの邪獣を倒し切っただけのことはあるな」

「……っ!! アンタはっ!!」

「ジャス!!」


 ユゼリアとジャスティス1号は現れた人物を睨み付ける。


 不気味な黒装束に身を包んだ怪しい男だ。


(巣のことを知ってるってことは、この男……)

 

 恐らくは巣に魔法陣を仕込んだ人物、あるいはその関係者で間違いない。


 男は手を叩くのを止めると、フードの隙間から覗いた口を再び開く。


「だが……少し遅かったな。既にの種は芽生えた。完全体として顕現し、絶望が訪れるのも時間の問題だ」

「……何の話?」


 ユゼリアが眉をひそめると、男はふっと笑う。


「なに、すぐに知ることになる。巣に仕掛けた魔法陣等、あんなカモフラージュとは比にはならない、本物の絶望を……!」

「カモフラージュ……?」


 男の言が本当だとすれば、今の状況は非常にまずい。


「洞窟に入るわよ! ジャスティス1号!」

「ジャス!」


 ユゼリアとジャスティス1号は視線を交わし、同時に地面を蹴る。


 だが、それは突如出現した防御結界によって阻まれた。


「…………っ!」

「邪魔はさせないぞ?」


 見ると、男が両手に札のようなものを持っている。


 以前夜道で襲撃された時、仮面集団が使っていた札に近い。


「どうせなら、完全体で顕現させておきたいからな。余計な横槍で妙な支障が出ては困る」


 男はそう言うと、ぶつぶつと何かを唱える。


 すると、男が持っていた札が魔力に変換され、ユゼリアに炎の弾丸が飛んできた。


「ジャス!」

「ありがとう! ジャスティス1号!」


 炎を蹴りはらったジャスティス1号に礼を言い、ユゼリアは男に杖を向ける。


「爆ぜよ――【炎花ファイヤー・フラワー】!!」


 飛び出した炎弾が炎の花を咲かせるが、強固な防御結界に阻まれる。


「厄介ね……! ジャスティス1号、いける?」

「ジャス!」


 ユゼリアの言葉に頷き、男に接近するジャスティス1号。


「ジャス!」

「おっと……!」


 ジャスティス1号の蹴りでヒビの入った結界を、男は別の札で即座に補強する。


「その謎生物、やはり侮れない相手だな。このタイミングでここに来られることも、本来は計算外だったのだが……」


 男はそう呟くが、その表情には余裕がある。


「ジャスティス1号、一気に攻めるわよ!」

「ジャス!」


 ユゼリア達は左右に分かれて男に攻撃を仕掛けるが、なかなか攻撃が通らない。


 男自体の強さはともかくとして、次々と出てくる札が厄介なのだ。


 札を用いた魔法は準備コストがかかることで知られるが、それを感じさせない使い捨てぶりで両者の攻撃を凌いでいった。


「こいつ……! どんだけ札を持ってるのよ!」

「ジャス!」

「こんな時のために備えていたからな。お前達の到着がもう少し早ければ、完全体としての顕現は防げたかもしれないが……


 ユゼリア達が焦りの表情を浮かべる一方で、男は笑みを深めていく。


 貴重な札を消費しても構わないほど、目的の達成が間近ということなのだろう。


(とにかくヤバい感じがするわ……!)


 ユゼリアは攻撃を続けながら、男が守護する洞窟の奥を見た。


 真っ暗で何も見えないが、少し前から嫌な感覚に襲われており、その感覚は急速に強くなっている。


 素の感知能力が並のユゼリアがそう感じるというのは相当だ。


「ジャス……!!」

「ええ、ヤバイわね……」


 焦ったように鳴くジャスティス1号にそう答え、ユゼリアは冷や汗を流す。


(とにかく……! まずは洞窟に入らないと……!!)


 そう考えて、次の魔法を放とうとした瞬間。


 ドクリ、と心臓に響くような悪寒がユゼリアを襲った。


「ジャスっ……!!!」

「今のは……っ!!」

「くく……時は満ちたようだな」


 男は満足気に言うと、洞窟のほうへ歩き出す。


「待ちなさいっ!」

「ジャス!」


 後を追うユゼリア達を、男が張った防御結界が阻む。


 すぐにジャスティス1号が破壊するが、男は残りの札全てを使う勢いで結界を張っていた。


 10を超える結界を壊して進むうちに、男の背中は洞窟の奥へと消える。


「……早く止めないと!!」

「ジャス!」


 全ての結界を破壊した後、急ぎ洞窟を進むユゼリア達。


 洞窟の最奥に辿り着くと、両腕を上げた男の背中があり、その目の前には巨大な壺が置かれている。

 壺の表面には不気味な色に発光する複雑な紋様が刻まれ、中には真っ黒な液体と何か巨大なものが沈められていた。


「何あの壺……!?」

「ジャス……!」

「くく……残念だったな。これで仕上げだ!」


 男は懐から取り出したナイフで自らの手のひらを傷付けると、そこから流れ出した血を布に染み込ませ、壺の中へと投げ入れる。


 すると、壺の中の液体がゴボゴボと溢れ出るほどに泡立って、表面の紋様が激しく発光した。


「くっ……! 一体何が……!!」

「ジャス……!!」

「ふはははっ!!! 絶望の第1目撃者になることを誇りに思うがいい!!」


 目を細めるユゼリア達の前で、高らかに叫んで笑う男。


 彼は素早く壁際に移動すると、床に手を当てて魔法陣を起動させた。


「しまった! あれは!!」

「ふははははっ!!!」


 男を包んだ光から転移系の魔法だと判断したユゼリアだが、止める暇は残されていなかった。


 恐らくはずっと前から、逃走のための仕込みをしていたのだろう。


 大規模な転移魔法は、仕込みに時間がかかる分発動が早い。


 ユゼリア達が咄嗟に飛び出したのも虚しく、男は光と共に消えた。


「……やられた! でもこの壺をなんとかすれば」

「……っ! ジャス!!」


 壺のほうへ行こうとしたユゼリアを止めるように、ジャスティス1号が大きな声で鳴く。


「ジャス!」

「どうかした――」


 ドッ!!!!!!!!!!


 ユゼリアが尋ねようとした瞬間、壺のある場所からどす黒い魔力の柱が立ちのぼり、洞窟の天井を突き抜ける。


 そして、それと同時に発生した恐ろしい爆風が、ユゼリアとジャスティス1号を吹き飛ばした。

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