正義035・洞窟(sideユゼリア)

「急いで見つけましょう!」

「ジャス!」


 エスと別れたユゼリアは、ジャスティス1号の後に続いて走っていた。


 なるべく素早く移動するため、足には風属性の加速魔法を纏っている。


「どう、方向は分かりそう?」

「……ジャス」


 ユゼリアが尋ねると、ジャスティス1号は首を横に振る。


「ジャスジャス……ジャス!」


 肉球の付いた指先でいくつかの方向を指した後、再び首を横に振った。


 ユゼリアに彼の言葉は分からないが、ジェスチャーのおかげで彼の言わんとすることは分かる。


「そっか……根気よく探すしかなさそうね」

「ジャス!」


 ユゼリア達は時折地図を見ながら、担当範囲をしらみ潰しに探していく。


(ジャスティス1号は本当に利口ね……)


 気配を探りつつ先導するジャスティス1号の背中に、ふと頬を緩めるユゼリア。


 既に彼の有能さは知っていたが、こうして組むとより身に染みて感じられる。


 最上位スキル並みの気配察知力。邪獣を次々と屠る破格の戦闘力。人間と変わらない知能の高さ。


 一点特化型の召喚獣は存在するが、これほど多芸な生き物は他に知らない。


(エスが言うには、〝使い魔〟だったっけ……?)


 ユゼリアの知る召喚獣とは恐らく違う、独自の主従関係で結ばれた存在。


 出鱈目な召喚の陣を見た時は、ふざけているのかと思った。


 その陣から珍妙な生き物――ジャスティス1号が召喚され、しかもこれほど有能だとは、一体誰が想像できただろうか?


(全く、エスといると飽きないわよね)


 ジャスティス1号も信じられない存在だが、そのあるじであるエスはさらにぶっ飛んだ存在だ。


 ユゼリアがエスを知ったのは5日前。


 連合ユニオンからの指名依頼でロズベリー支部を訪れると、天才的な新人がいると冒険者達が騒いでいたのだ。


 それはユゼリアにとって聞き捨てならない噂だった。


 連合のライトナム支部で冒険者として活躍し、『ライトナムの天才魔法少女』と呼ばれていたユゼリア。


 たった数日の活躍で天才と呼ばれるエスに、神童としてのプライドを刺激された。


 翌日、噂に違わぬ妙な格好の少年を見つけたユゼリアは、感情のままに勝負を持ち掛け――完膚なきまでに敗北した。


 発動の早い自慢の炎魔法を悉く避けられ、【炎壁ファイヤー・ウォール】をいとも簡単に突破されての敗北。


 同年代との模擬戦では当然負けなし、格上相手にも善戦してきたユゼリアにとって、その衝撃はあまりに大きかった。


(けど思えば、あれでもずいぶん手を抜いてたのよね……)


 ユゼリアはあの時の勝負を思い出して苦笑する。


 彼女にも使用可能な魔法の制限はあったが、それを加味しても彼我の差は歴然だった。


 しばらくはエスに張り合おうとしていたユゼリアも、彼の常識外れな戦いを見るうちにその気が失せてしまったほどだ。


 聞いたことのない不思議な職業ジョブに、説明のつかない不可思議な攻撃の威力。


 木の枝のようなヘンテコな武器を出したかと思えば黄金の斬撃を飛ばし、驚異的な硬度の岩人形ロックゴーレムをチョップ1撃で真っ2つにする。


(本当、何者なのかしら……)


 エスの特異性は、そのぶっ飛んだ戦闘力だけに留まらない。


 食べすぎたというレベルではないほどに膨らむお腹や、辛い物を食べたら火を噴くこと等、体質もネジが外れているのだ。


 昨日は新しい服を着たはずが元の服に戻るという超常的な現象まで起こり、大いに混乱させられた。


 エスが言うには常識の違いということだが、そんな常識があってたまるかとユゼリアは思う。


(ま、考えるだけ無駄だけど)


 ここ数日行動を共にしたことで、『エスはエスだ』と考えるようになってきた。


 彼の常識や体質はぶっ飛びすぎていて、真面目な考察が通用しない。


 また、毎日驚きとツッコミが絶えないものの、それは良い意味でユゼリアの刺激になっている。


 基本的にソロで行動し、周りと距離を置いてきたユゼリアにとって、エスと過ごす時間は非常に新鮮だ。


 単に退屈しないというのもあるし、自分に足りない部分を知れる学びの機会にもなる。


(エスと一緒にいると、なんだか強くなれるような気がするのよね……)


 初めてエスと話した時から、心のどこかで居心地の良さを感じていた。


 適役、というと少し変な表現かもしれないが、エスと共に行動するのが正解というような、そんな不思議な感覚だ。


 人生で初めての感覚なので、これもエスの力なのだろうか?


 そのように考えていると、目の前を進んでいたジャスティス1号が振り返る。


「ジャスジャス!」

「どうしたの?」

「ジャス!」


 ジャスティス1号はある方向を指で示して鳴く。


「そっちから何か感じるの?」

「ジャス!」

 

 ジャスティス1号は首を縦に振る。


「方向が分かるってことは、かなり近いかもしれないわね。行きましょう!」

「ジャス!」


 走り出したジャスティス1号の後をユゼリアは付いて行く。


「ジャス!」

「ここなの?」


 近いだろうとは思っていたが、想像以上に近かったらしい。


 ジャスティス1号は20秒ほどで足を止めた。


「ジャス!」

「……っ! これは……」

 

 彼が示した方向を見て、ユゼリアはゴクリと唾を呑む。


 そこには、森の中にぽっかりと口を開けた、真っ黒な洞窟の入り口があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る