正義037・絶望と声(sideユゼリア)

「たた…………癒したまえ――【回復ヒール】」


 かなりの距離を吹き飛ばされたユゼリアは、自分に応急処置的な魔法をかける。


「ジャスティス1号は大丈夫?」

「ジャス!」


 近くに立っていたジャスティス1号に尋ねるが、特に問題はないようだ。


 彼はユゼリアに親指を立てた後、険しい表情で上方に視線を向ける。


「何で上を見て…………え?」


 彼の視線の追ったユゼリアは、その先にいた化け物の姿に瞠目どうもくした。


(これは……邪獣なの?)


 その化け物はとにかく巨大だった。


 体長は40~50メートル、頭部だけでも先日の岩人形ロックゴーレムに迫る大きさだ。


 さきほどの黒い柱と共に生まれたものだと思われるが、そこに現れただけで洞窟は綺麗さっぱりなくなっていた。


(それにこの外見……あまりにもにいびつすぎる)


 ユゼリアは冷や汗を流して唾を呑む。


 ぱっと見で判断できるのは、黒い魔力マナを纏った四足の化け物だということだけだ。


 頭部は鼻の潰れたドラゴンのような、あるいは獅子のような奇妙な形状。


 胴体は複数の獣型邪獣と虫型邪獣が混ざったような、おぞましく不気味な形状。


 どう見ても、全身の釣り合いが取れていない。


(まさか……混成体キメラ? いや、でも混成体の実験は……)


 あまりの迫力に立ち尽くしていたユゼリアを、不揃いな双眸がギョロリと睨んだ。


「グルォォォォォォォォォォォ!!!!!!」

「「…………っ!!」」


 化け物はビリビリと空気を震わせる咆哮を上げ、虫のような歪な前脚を振るう。


 大振りな攻撃のため咄嗟に避けることができたが、攻撃が掠めた周囲の大木は虫けらのように吹き飛ばされる。


「グルォォォォォォォッッ……!!!」

「くっ……! なんて威力!!」

「ジャス!」


 攻撃の余波を腕でいなすユゼリアの隣で、ジャスティス1号が前に飛び出す。


「グルオオオォォッ!!」

「ジャス!」


 化け物は虫のような前脚ともう一方の獣のような前脚でジャスティス1号を捕えようとするが、彼のスピードに付いていけない。


「ジャスッ!!」


 ドゴオオォォォッ!!


 懐に潜り込んだジャスティス1号の飛び蹴りが、化け物の腹部を捉える。


 黄金の光が炸裂し、化け物を覆う黒い魔力ごと腹の一部を削り取った。


「グオオォォッ……!!」

「ジャス!」


 シュタリと着地したジャスティス1号は、そのまま2度目のアタックを仕掛ける。


「ジャス!」


 ズガアァァァッ!!


「グオオォ……!」


 今度は化け物の肩付近に強烈な踵落としが決まり、化け物がぐらりとよろめいた。


「すごい! 戦えてる……けど……!」


 ジャスティス1号の強さに驚きつつ、化け物の肩を見るユゼリア。


 既にえぐれた部分の再生が始まっており、腹部については完全に再生が終わっている。


「私は再生されないよう、傷口を魔法で攻撃するわ! ジャスティス1号は攻撃を続けてもらえる?」

「ジャス!!」


 ジャスティス1号は頷いて鳴き、再び化け物に向かっていく。


 1度目と同じ腹部を飛び蹴りで削ってくれたので、ユゼリアはすかさず【炎弾ファイヤー・バレット】を連射し、抉れた傷口を燃やす。


「グオオ……!!」

「この調子よ!」

「ジャス!」


 ユゼリアは次々と【炎弾】を放って、ジャスティス1号の攻撃に合わせていく。


 ジャスティス1号も後ろに退かず、どんどん攻撃を仕掛けてくれるので、少し化け物の体が削れていった。


「いける……!!」


 ジャスティス1号による攻撃と、魔法による迅速なサポート。


 そのやり方に勝機を見出したユゼリアは、手を緩めずに連続で【炎弾】を撃っていく。


 が、有利に進んでいた戦いも、思惑通りにはいかない。


「――グオオオオッ!!!」

「くっ……!! 対応されはじめたわね……!」


 戦いを始めて1分ほど。


 損傷を上回る速度で再生しはじめた化け物に、ユゼリアは歯を食い縛る。


(さっきまでは生まれたてで本調子じゃなかったっていうの……? 冗談じゃない!!)


 化け物は単純な再生速度だけではなく、動き全般が最初よりも良くなりはじめていた。

 

 攻撃の精度が上がっているのはもちろん、ジャスティス1号の蹴りを受ける際に魔力の障壁を張ることも覚えたようだ。


 障壁のせいで化け物本体を思うように削れず、あっという間に再生されてしまう。


「グルオオオッ!!」

「え!!?」


 そしてさらに30秒ほどが経った時、化け物が開いた口に黒い魔力が集結する。


(ブレス……!? しまっ――)


 ユゼリアは咄嗟に横移動するが、放たれたブレスは扇形に広がった。


「……くっ!!」

「ジャス!!」


 ブレスが直撃する寸前、ジャスティス1号がユゼリアを突き飛ばす。


 代わりにブレスを受けたジャスティス1号は、木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされた。


「ジャスティス1号!!」


 そう叫び、ジャスティス1号のもとに駆け寄るユゼリア。


「ジャス……」

「よかった……無事だったのね」

「ジャス!」


 ジャスティス1号はむくりと起き上がると、胸を叩いて無事をアピールする。


「癒したまえ――【回復】」


 ユゼリアは念のため回復魔法をかけながら、ちらりと化け物のほうを見る。


「グルオオオオオオォォォォッ!!!!」

「まずいわね……」


 叫び狂う化け物は、いまだ健在といった様子だ。


「あの尋常じゃない再生力……どうやったら倒せるの?」

「ジャス!」


 ぼそりと呟くユゼリアの隣で、ジャスティス1号が地面に『S』の文字を書く。


「S……エスが来るのを待つってこと?」

「ジャス!」 


 力強く鳴くジャスティス1号。


 エスへの信頼が表れた鳴き声に、ユゼリアはふっと口角を上げる。


「そうね」


 異常な再生力の化け物――間違いなくSSランク級の相手だが、不思議とエスが負ける姿は浮かばない。


 心を覆いかけていた絶望に、一筋の光明が差しこんだ。


「グオオオオオオォォォォッッ……!!!!」

「エスが来るまで耐えるわよ!」

「ジャス!」


 視線を交わして頷き合ったユゼリア達は、再び戦いに集中する。


 化け物の動きは刻々と良くなっているので、油断すればあっさり攻撃を貰いかねない。


 戦法はさきほどまでと変わらないが、さらに攻撃の密度を上げて化け物をその場に留める。


(くっ! 魔力の消費が多すぎる……けどっ!)


 甘い魔法攻撃は意味がないので、ユゼリアは1撃ごとに大量の魔力を籠めていく。


 減った分の魔力は持参していた魔力ポーションで補うが、まるで湯水のようにポーションが消えていった。


 それからの数分、怒涛の攻撃で何とか化け物を封じ込めていたが、ついに戦いの均衡が崩れる。


「グルオオオオォォォッ!!」

「ぐぅっ……!! そんなのあり!!?」


 化け物の腹部から突然生えてきた腕を、咄嗟に発動した【風壁ウィンド・ウォール】で防ぐユゼリア。


 無詠唱で発動したので一気に魔力が底を尽きたが、素早くポーションを呷って体勢を整える。


「グオオオオオオオオォォォォォ!!!!」

「まだ強くなるっていうの……!?」


 化け物はさらに両肩から異形の腕を生やし、あろうことか頭部まで2つに分裂させた。


 全身を覆う魔力の量も一気に増え、第2形態だと言わんばかりの変わり様である。


(これは絶体絶命だわ……!!)


 予備の魔力ポーションは既に残り僅かとなり、数発の攻撃を防ぐだけで尽きてしまう。


 ジャスティス1号が与えてくれたダメージも、今の形態変化で完全に回復された。


「ジャス!」

「ええ、ヤバいわね……!」


 着地したジャスティス1号に言いながら、ユゼリアは化け物を睨む。


 新たに生えた複数の腕が振り上げられ、ユゼリア達に振り下ろされた。


「グルオオオオオオオオォォォッ!!!」


 ドガアアァァァッ!!!!


「ジャス……ッ!!」

「ぐぅぅっ……!!!」


 変貌した化け物の攻撃力は、さきほどまでの数倍強い。


 ユゼリアは余波だけで20メートルほど吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面に転がる。


「オオオオォォォッ!!!」

「ジャス!」


 さらに追撃の腕が迫るが、ジャスティス1号がなんとか蹴りで弾き飛ばす。


「オオオオオォォォッ!!」

「……ジャ……ジャス!!」


 追撃の腕は止まず、完全に防戦一方の状況に持ち込まれた。


 ユゼリアも【風壁】でサポートするが、まるでガラスのように叩き壊され、魔力がごっそりとなくなった。


「グオオオオォォ!!!」

「……っ!? ジャス……!!」


 そんな限界の状況の中、ジャスティス1号が3本の腕から同時に攻撃され、ユゼリアのもとから遠ざけられる。


 そして、それらの腕の死角から現れた4本目の腕が、真っすぐにユゼリアへ迫った。


「あっ……」


 短い叫びと共に固まるユゼリア。


 魔力は底を尽き、ポーションを呷る暇もない。


(……っ! ここまで――)


 高速で迫る異形の腕に、ユゼリアは思わず目を瞑り――


「――お待たせっ!!!!!」


 場違いなほどに明るい声が、彼女の耳元で響いた。

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