正義019・邂逅

「――ジャス!」

「ふむふむ」

「ジャスジャス!」

「うーん……なるほどね。もう少し探ってもらっていい?」

「ジャス!」


 森の調査を再開して間もなくのこと。


 ジャスティス1号に探索を頼んでいると、ユゼリアが「ねえ」と尋ねてくる。


「さっきから話してるみたいけど、ジャスティス1号の言葉が分かるの?」

「まあね。大体分かるよ」


 直接翻訳できるわけではないが、鳴き声に乗せられた意思ははっきりと読み取れる。


 彼はジェスチャーも達者なので、それを合わせれば意思の疎通は完璧だ。


「ジャス!」


 しばらくすると、あちこちの木々を回ったジャスティス1号が戻ってくる。


「どうだった?」

「ジャス!」

「そっか、やっぱり難しそう?」

「ジャス……」

「大丈夫だよ! 仕方ないさ」


 エスはそう言って、鳴き声を暗くした彼を撫でる。


「あまり芳しくない感じ?」

「みたいだね。良くない気配自体は感じるみたいなんだけど……」


 ジャスティス1号の感知能力はエスより数段上である。


 その彼が気配を感じるということは、やはり何かがあるという証拠だ。


 ただ、気配自体がかなり薄く、方向もいまいち分からないらしい。


 どうしたものかと思っていると、エス達の前方に巨大な蜘蛛型の邪獣が現れる。


「ギギギ……ッ!!」

「……っ! 牙大蜘蛛ファングスパイダーよ! かなり大きい個体だわ!」

「ジャス!」


 次の瞬間、ジャスティス1号が強烈な飛び蹴りを食らわせる。


 ドゴッ!!!!


 恐るべき速度で吹き飛んだ牙大蜘蛛は、背後の大木にめり込んで絶命。


 蹴られた腹部はべっこりと凹み、プスプスと煙を上げていた。


「…………ええええっ!!?」


 2~3秒の沈黙の後、ユゼリアが目をみはって言う。


「ジャスティス1号って戦えたの!!?」

「もちろん! 基本は俺のサポート役だけど、ある程度なら戦えるよ」


 ジャスティス1号は正義力ジャスティスパワーを使用できる。


 DランクやCランクの邪獣は敵ではない。


「ある程度って……どんでもない威力だったわよ。こんなに小さな体なのに」

「ジャス!」


 腰に手を当て、誇らしげに鳴くジャスティス1号。


 エスは牙大蜘蛛の魔核を回収する。


「よくやったね、ジャスティス1号」

「ジャス!」

「こいつは邪獣っていうんだけど、ジャスティス1号が感じてた気配とは別物だよね?」

「ジャスジャス!」


 ジャスティス1号は頷きながら鳴く。


 森中に散らばる邪獣の気配を感じている可能性も疑っていたが、ぼんやり感じる気配とは別種のようだ。


「やっぱり何かあるのかなぁ……とりあえずもう少し進んでみよう」


 エス達はそれから30分ほど探索を続けたが、謎の気配の出どころはなかなか掴めない。


 ジャスティス1号曰く、大元の場所に蓋がされているような感じづらさがあるらしい。


 1度調査を打ち切るべきかユゼリアと相談を始めた時、ジャスティス1号がこれまでと違う声音で鳴く。


「……ジャス?」

「どうした?」

「ジャス!」

「何らかの気配が近づいてる?」


 正体不明の何かが、こちらへと近づいているらしい。


 ユゼリアにもそのことを伝え、エス達は臨戦態勢に入る。


「……ジャス!」


 ――――来る。


 ジャスティス1号がそう鳴いた直後、それは大木の陰から現れた。


 体長4~5メートルはあろうかという、獣らしき四つん這いの何か。


 恐らくは邪獣の類であるが、全身に纏った黒い魔力マナで姿が視認できない。


「こいつは……!!」

「ええ……〝謎の邪獣〟!」


 杖を構えたユゼリアが呟く。


 全身から黒い魔力を発した邪獣――連合の依頼で聞いていた〝謎の邪獣〟の特徴そのものだ。


「グオオオオオオォォッ!!!」


 咆哮を上げて仁王立ちになったそいつは、近くの木に前脚を振り下ろす。


 木の幹はかなりの太さだったのにもかかわらず、一瞬で切断された。


「これはヤバいわ……! 切り裂け――【風刃ウィンド・カッター】」


 額に汗を浮かべつつ、牽制の魔法を撃つユゼリア。


 高速で放たれた風の刃が直撃するが、濃密な黒い魔力に阻まれてダメージが入らない。


「グオオオオオォォォッ!!」


 敵は怒り狂ったように叫ぶと、見境なしに両腕を振るって周囲の木々を薙ぎ倒す。


 恐ろしいパワーなのはもちろんのこと、図体の割に動きも機敏だった。


「もうっ、面倒な相手ね……!」


 威力の弱い魔法は通じないが、大魔法を放つために距離を稼ぐのも難しい。


 身動きの取りづらい森の中ということもあり、魔法使いには厳しい状況だ。


「エス! ちょっと相手を任せていい!?」

「オーケー!」

「気を付けて」

 

 ユゼリアはそう言って素早く後退する。


 敵の実力は未知数だが、エス達の実力であれば多少は耐えられるはずだ。


 その間に準備した大魔法を放てば勝機はある――そう考えていたが、エス達の実力は彼女の予想を超えていた。


「ジャスティス1号、行くぞ!」

「ジャス!」


 エスの声に頷き、ジャスティス1号が飛び蹴りを放つ。


 飛び蹴りは敵の胴体ど真ん中に命中し、黒い魔力をごっそりと削った。


「グオォォッ……!!!」


 たまらず後ろによろけ、苦悶の声を漏らす謎の邪獣。


 飛び蹴りが効いているのは明らかだ。


「隙だらけだよ!」


 エスは一瞬で敵との距離を詰め、飛び上がりながら回転蹴りをお見舞いする。


「グオォォォォ……!!!!!」


 側頭部に強烈な蹴りを受けた敵は、仁王立ちの体勢を崩して両前脚を地面に突く。


 また、今の攻撃によって頭部分の魔力が薄まり、鋭い牙を生やした凶悪な顔が露わになっていた。


「これで終わりだっ!!」


 エスは右手に正義力を充填し、大きく後ろに振りかぶる。


 敵の顔は既に剝き出しであり、その高さもちょうど殴りやすい位置まで下がっている。


「グオォォ……」


 敵は最後の抵抗に牙を見せるが手遅れだ。


「はあああっ!!!!!」


 ズドオオオォォォォォッ!!!!!!!!


 およそ顔面を殴った音とは思えない轟音が森にこだました。


 衝撃波と共に吹き飛んだ敵は進路上の木々を薙ぎ倒し、数十メートルの溝を作っていく。


「あー……力加減間違えたかな」


 目の上に手をかざしたエスは、遠くで止まった敵の姿を見ながら苦笑する。


 そしてユゼリアはというと、詠唱のために口を開けたまま石像のように固まっていた。



 §


 ――同時刻、森のとある洞窟にて。


鬼熊オーガベアの気配が消えた……?」


 フードを目深に被った黒装束の男が呟く。


 反応が消えた鬼熊は、男が追跡の魔法を掛けていた凶暴化個体だった。


 凶暴化個体。


 の過程で生まれた、副産物的な存在だ。


 全身に纏った〝呪い〟の影響で短命という欠点はあるが、攻撃力は通常時の数倍にも跳ね上がり、1~2段階は強さのランクが上がる。


 男の本来の目的とは直接関係ないものの、数種類の個体を森に放って戯れに様子を見ていたのだ。


 他の個体は既に命を落としており、鬼熊は最後に残った1体だった。


 とりわけ強力な個体だったため、常時気配を確認可能な追跡魔法を掛けていたのだが、それが突然途切れたのだ。


(寿命を迎えた? いや……)


 時期的にそろそろ寿命かとは考えていたが、気配の消え方が唐突すぎる。


「……討伐されたか」


 男は低い声でそう漏らす。


(あの鬼熊はかなり強力な個体だったはずだが、一体誰が……)


 寿命が近づいていたとはいえ、凶暴化した鬼熊の強さは計り知れない。


 田舎町の冒険者程度が討伐できるとは思えなかった。


(となれば……先日のにあった冒険者か)


 この洞窟に来た当初から、ロズベリーには間者を忍ばせている。


 その間者の報告によると、〝謎の邪獣〟の調査依頼が連合ユニオンから出されているそうだ。


 情報規制により詳細は把握できていないが、ここ最近新たな複数の冒険者に依頼を出したと聞いている。


 他の町から来た冒険者とのことなので、実力者だとしてもおかしくない。


(鬼熊が見つかったのも偶然とは限らないな……)


 そう考えた男は、長い詠唱を行って洞窟周辺の結界を強化する。


 周囲からの感知を防ぐための結界だ。


 強化は短期的なものなので1週間程度しか持たないが、それだけあれば問題ない。


 結界の強化が切れる頃には、儀式が完成している予定だった。


(さて……これで隠蔽は完璧だが、念には念を入れておくか)


 男は貴重な通信の魔道具を取り出すと、ロズベリーのとある場所に繋ぐ。


「――お前たち、聞こえるか。調査依頼を受けた冒険者の中に、儀式の邪魔になるかもしれない奴がいる。――ああ、それでいい。この際だ、可能な限り〝始末〟しておけ」


 通信を切った男は「くくく……」と愉快に笑う。


「あと数日だ……あと数日で混沌が訪れる!!」


 辺境の小さな森から世界規模の絶望が始まるなど、一体誰が思うだろうか?


(いや、思わない! だからこそ面白い……!!)


 男の性格は歪んでいた。


 わざわざこんな辺境を選んだのも、凶暴化した邪獣を森に放ったのも、全ては気まぐれな愉悦のためだ。


(こいつが野に放たれれば、さぞかし混乱するだろう! 辺境の悲劇など序章にすぎない……ロズベリーを蹂躙した後は、王都までじっくりと破壊してやる)


 きたるべき混沌に思いを馳せながら、男は洞窟の最奥に目をやる。


 そこに鎮座していたのは直径3~4メートル、深さ約1.5メートルに達する巨大な器。


 器全体に禍々しい紋様の魔法陣が刻まれていて、断続的に紫の光を発している。


 そして器の内部を、恐ろしいほどに黒い液体が満たしていた。

 粘性を持った液体の中央には巨大な心臓が沈められ、魔法陣の発光に合わせて不気味な鼓動を鳴らすのだった。

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