正義020・報告

「これが〝謎の邪獣〟の魔核か……」


 テーブルに置かれた魔核を見て、エスとユゼリアの対面に座った強面の男性が呟く。


 現在エス達がいるのは、連合ユニオン2階の応接室。


 ジャスティス1号は送還したのでこの場にはいない。


 エス達の対面に座る強面の男性は、ロズベリー支部長のデルバートだ。


 遡ること数分前、森から帰還したエス達は受付嬢のカリンに事情を説明した。


「ええっ!!!? 〝謎の邪獣〟を討伐した!!!?」


 前のめりで叫んだカリンは直ちに上の人間へと報告、話はデルバートまで伝わって現在に至る。


「この魔核……ずいぶんとボロボロだな」

「ええ、全身を覆う魔力マナの影響でそうなったんじゃないかしら」


 応接室にいるからか、少しばかりかしこまったユゼリアが答える。


 デルバートの言う通り、テーブルに置かれた魔核はボロボロだ。


 攻撃で傷ついたような感じではなく、内部から浸食されてスカスカになっている。


 謎の邪獣の力は明らかに異常だったので、その代償の結果だとユゼリアは考えた。


「なるほど……たしかに普通の状態じゃない。それで、その邪獣の正体だが、報告では……」

「ええ。十中八九、鬼熊オーガベアよ」


 ユゼリアは頷きながら言う。


 四つん這いから仁王立ちになった動き、エスの攻撃で魔力が吹き飛んだ時に見えた顔……それらの要素からほぼ間違いなく鬼熊だと断言できた。


「一応、討伐した個体の頭部を持ってきたわ」


 ユゼリアはポーチから真っ白なアイテム袋を取り出す。


 内側の空間が拡張された特殊な袋だ。


 ユゼリアのアイテム袋は廉価品なので、邪獣の頭部と爪の一部を入れるのが精一杯だった。


「どこか置ける場所はある?」

「そこの床を使っていい」


 デルバートはソファーから立ち上がると、棚から取った布を床に敷く。


「わかった。じゃあ頭を出すけど……驚かないでね? から」

「変形……? 黒い魔力の影響でか?」

「それも少しはあるけど、そういう意味じゃないというか……見れば分かるわ」


 ユゼリアは歯切れの悪い言い方をすると、「いくわよ」と袋から頭部を出す。


「な……なんだこれは!!?」


 布に置かれた頭部を見て、衝撃に目をみはるデルバート。

 ユゼリアの言葉に心の準備はしていたが、それでも驚かざるを得なかった。


「これは……鬼熊の頭部、なのか……?」


 デルバートは腰を落とし、それをまじまじと観察する。


 頭部の輪郭自体は、たしかに彼の知る鬼熊だ。


 通常の個体に比べて1~2回り大きいものの、耳の形や毛の生え方には鬼熊特有の癖がある。


 問題なのは、輪郭よりも内側の部分――目と鼻と口がだった。


 そこには本来あるべき顔のパーツというものがない。


 いや、見ることができないというべきか。


「分かるわ……私も最初はそうだったから」


 絶句するデルバートにユゼリアが苦笑する。


 エスの拳を受けた鬼熊の顔面は、ありえないほどに凹んでいるのだ。


 表面の皮膚が裏返る勢いで中心に向かってめり込み、集中線を描いたかのようになっている。


「これは……どういう状態なんだ?」

「分からないわ。やった本人曰く、『全力の顔面パンチはそうなる』って」

「……ん? そうだね!」


 蚊帳の外で聞いていたエスは、ふいに視線を向けられて答える。


 顔面にめり込む全力パンチ。


 これも定番の〝お約束〟だ。


 ただ、ユゼリアにとっては普通ではなかったらしい。


 森で討伐された鬼熊の顔面を見た瞬間、「どうなってるの!!!?」と盛大にツッコんでいた。


「ちょっと待て、もしかしてパンチで討伐したのか? てっきりユゼリアの嬢ちゃんが大魔法を使ったと思っていたが……」

「エスが討伐したわ。実質1撃で」


 ユゼリアは呆れたように苦笑する。


 昨日までの彼女であれば張り合っていたかもしれないが、1撃で数十メートル吹き飛ばすパンチを見た後ではそんな気も起きない。


 デルバートも顔面の状態からパンチの威力を察したのか、唖然とした顔でエスを見た。


「んんっ、話を戻すが――」


 それから3人はソファーに戻り、〝謎の邪獣〟の話を再開する。


「過去に目撃例のあった黒い邪獣は、小鬼ゴブリンよりも少し大きいくらいという話だった。もちろん、大きさを見誤った可能性もあるが……」

「さすがに別個体だと思うわ」

「やはりそうか。そいつらが調査で見つからないのは…………既に死んでいるからかもしれないな」


 デルバートはそう言いながら、ボロボロになった魔核を見る。


 一向に上がらない調査成果については、彼も不思議に思っていたのだ。


「だが、それで安心ともいかないな。原因がまるで分からない……巣に異常でも起こっているのか? たしか報告では、邪獣の出現率もやけに高かったと聞いているが……」

「そうね。ただ、それについてはある程度予測がついているわ」


 ユゼリアはそう言って、帰還中に立てた推測を話す。


 原因は恐らくエス達が倒した鬼熊だ。


 普段はもっとネストに近い場所――森の最奥部で出現する邪獣だが、エス達と遭遇した場所は比較的浅かった。


 恐らく、黒い魔力の影響で行動範囲が変わったのだろう。


 暴走するように浅いポイントへ進んでいけば、それより弱い邪獣は逃げるように移動していく。


「――なるほどな。それなら浅いポイントの邪獣が増えたのも頷ける」

「ええ。実際、森にいるはずの邪獣が草原に出たり、深い場所に出るはずの邪獣が浅い場所に出たりもしたわ。この考えならそれにも説明がつくでしょう?」

「たしかにな」


 デルバートは納得したように頷く。


「そうだな……ひとまずこんなもんか。原因が分からない以上、これで終わりとも言い切れんが」

「ええ。今後もしばらくは調査を続ける予定よ」

 

 ユゼリアはそう言ってエスを見る。


「うん! また黒いのが出たらぶっ飛ばすから任せてよ!」

「はは、頼もしいな」


 親指を立てるエスに笑うデルバート。


「そういや、黒い魔力を纏った鬼熊の強さはどのくらいだったんだ? 元々はCランクの上位の邪獣だが……」

「そうね。少なくともBランク上位……Aランクにも匹敵する強さだったわ」

「Aランク!?」


 デルバートは目を見開く。


 Aランクの邪獣を1撃で倒すには、Sランク相当の力がなければ難しい。


「そうか。そこまでの実力者か……面白い……」


 デルバートは何やらぶつぶつ言うと、エスのほうに目を向ける。


「エス、この後時間はあるか?」

「ん? 時間ならあるけど……」


 エスは質問の意図が分からず首を傾げる。


 それを見たデルバートは、ふっと口角を上げて言った。


「――昇格試験を受けないか?」

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