正義017・召喚準備

「――では、私達はここで。ロズベリーでまた会いましょう」


 森に入ってから約10分後。


 エスとユゼリアはロレアのパーティと解散する。


 今いる場所は森の中でも浅いポイントなので、ロレア達は今の深さの場所を中心に、エス達はより奥へと進んで調査する。


 ユゼリアも皆と打ち解け、共に行動する案も出たが、結局は別々に動くことになった。


 そのほうが効率的に調査できることと、2グループの実力差を考えてのことである。


 ロレア達曰く、今日は森でも邪獣の出現頻度が高く、浅いポイントでもランクが高めの邪獣が出ている。


 草原でも森林凄しんりんせい邪獣の土大蛇アーススネークが出現したし、警戒するに越したこしたことはない。


 エスとしては別に構わなかったのだが、「足を引っぱりかねないので」とロレアらしい理由で断られた。


「――グルゥゥゥ!!!」

「新しい邪獣だ!」

森狼フォレストウルフよ!」


 ロレア達と別れてから5分ほど進んだところで、新手の邪獣が出現する。


 森狼という、体高1メートルほどの狼型邪獣の群れだ。


「6体いるわね! 3体ずつさんさんで倒しましょ」

「オーケー!」


 背中合わせで言葉を交わすユゼリアとエス。


 森狼はおあつらえ向きに3体ずつかたまっている。


(ユゼリアのほうに行かせちゃダメだから……)


 狼型は動きが素早い。


 近接で戦うと打ち漏らす可能性があった。


 エスは地面に落ちていた小石を3つ拾うと、それらに正義力ジャスティスパワーを籠める。


「貫け――【風矢ウィンド・アロー】!!」

「はああぁっ!!!」


 ユゼリアが魔法を放つとほぼ同時に、3つの小石を同時に投げる。


 薄い金色に発光した小石達は、銃弾のように敵の体を貫き、着弾と共に轟音を鳴らした。


「よし! 上手くいった!」

「ちょ……今何をしたの!? その場から動いてなかったわよね!?」 

「何って、投石だけど」

「は??」

「投石」


 エスは地面の小石を拾って見せる。


「はぁ……本当、張り合うのが馬鹿らしくなるわね。そんな小石で邪獣を森狼を倒すなんて無茶苦茶よ?」

「そう? でもユゼリアもすごいじゃん! 一瞬で3体とも倒してるし」

「そ……そう? そうね!」


 ユゼリアはぱぁっと笑顔になる。


 実際、彼女の魔法発動はかなりの早業だ。


 草原で教えてもらったが、〝短縮詠唱〟というものを使っているらしい。


 本来はそれなりの長さの必要な詠唱――魔法発動のための呪文を短い言葉に置き換えたものである。


 技法的な話は複雑で分からなかったが、『とにかくすごい技術』なのだそうだ。


 昨日ユゼリアと勝負した時、野次馬達が驚いていたのにも合点がいく。


「この調子でどんどん進もう!」


 エスとユゼリアはさくさくと森の奥へ進む。


 木に擬態して獲物を襲うDランク邪獣・怪木トレント、巨大な牙を持つ蜘蛛型のCランク邪獣・牙大蜘蛛ファングスパイダーなど、新手の邪獣が次々と出現するが、エス達の勢いは止まらない。


 30分ほどノンストップで進んだところで、木々のない開けた場所に出た。


「いい感じの岩があるわね。お腹も減ったし、少しだけ休憩しない?」

「オーケー!」


 エス達は平らになった低い岩の上に腰を落とす。


「ええと……今はこの辺にいるみたいね!」


 連合支給の地図を開きながら呟くユゼリア。


 エスも横から地図を覗き込む。


 彼女が指で示しているのは森の入り口から4分の1ほど進んだ場所だ。


 そこからさらに1.5倍近くの距離進んだところに、赤い×印が付けられている。


「この赤い×印は?」


ネストがあるところよ」

「へえ。巣ってたしか……邪獣を生み出す魔力マナ溜まり、だっけ?」

「よく覚えてるじゃない」

「なんとなくね」


 昨日の資料室でユゼリアから聞いた記憶がある。


 詳しいことは割愛されたので、分かっているのは概要だけだ。


「ロズベリーの巣は結構規模が大きいみたいね。道中にあった『ロズベリー大丘陵』と今私達がいる『ロズベリー森林』の2エリアが巣の影響下にあるんだって」

「ん? どっちも同じ1つの巣ってこと?」

「そう。それに主邪獣ボスもBランク上位相当と聞いてるわ」


 主邪獣というのは、巣に近付くと現れる強力な邪獣のことだ。


 ユゼリア曰く、『要は1番強い奴』。


 主邪獣の種類は必ずしも決まっておらず、その時々によって違う邪獣が現れる。


 討伐すると一時的に邪獣の発生が鈍るそうだが、数日から数週間で元の水準に回復する。


 既に現れた邪獣が消えるわけでもないため、主素材の回収以外に旨みはあまりないそうだ。


「それにしても……やっぱりロレアの言ってた通りね。邪獣の数がちょっと多いわ」


 ユゼリアは地図をしまい、ポーチから干し肉を取り出す。


 美味しそうだなと思っていると、エスの分も取り出して分けてくれる。


「いいの?」

「べ、別に……偶然余ってただけよ! き、昨日は奢ってもらったから、そのお礼!」

「ありがとう!」


 エスはもらった干し肉にかぶり付く。


「ほれで……んぐ、やっぱり邪獣の数が多いって?」

「ええ、異常ってほどじゃないけど。巣との距離を考えると、やっぱり少し多いかなって感じ。出てきた邪獣のランクも場所を考えると高めだし……〝謎の邪獣〟の件もあって、少し気味が悪いわね」


 ユゼリアは神妙な顔で呟く。


「そっか。さっきから俺も嫌な感じがしてたんだ」


 胸騒ぎ、というほどではないものの、なんとなく嫌な感覚。


 最初は気のせいかと思っていたが、森を進むにつれてうっすら感じるようになった。

 

「んぐ……そうだ! こんな時こそ……」


 エスは干し肉を飲み込んで立ち上がる。


「どうしたの?」

「いや、ちょっと召喚を試してみようかなと思って」

「しょうかん……召喚!!!? エス、召喚が使えたの!!!?」 


 齧りかけた干し肉から口を離し、目を見開くユゼリア。


「わかんない! でも試す価値はある」

「はぁ??」


 ユゼリアは意味が分からないという顔をするが、エスにもどうなるかは分からない。


 ただ、昨日読んだ『職業&スキル集(簡易版)』の中で、一際ひときわ目を引くスキルがあった。


 そのスキルというのが『召喚』。


 契約した精霊等を呼び出す際に用いるそうだが、ユゼリアから聞いたスキル仕様には思い当たる節があった。


 エスが以前の世界にいた頃、使の呼び出しに使っていた方法に似ているのだ。


(厳密には結構違うけど……なんとなく似てるからいける……はず!)


 エスは脳裏に使い魔――ジャスティス1号の姿を浮かべながら、召喚の準備を始めた。

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