正義012・模擬戦
『ライトナムの天才魔法少女』こと、ユゼリアと勝負することになった。
断るべきか迷っていると「……勝負しないの?」と悲しそうな目で訊いてきたので、断るにも断れなかったのだ。
(ライトナムってたしか、ロレア達のクランが拠点していた町だったような……ユゼリアも普段はそこにいるのかな?)
エスはそんなことを考えながら、ユゼリアの後をついていく。
「着いたわよ」
連れていかれた先は、
長辺が20~30メートルの長方形のスペースだ。
中心部分は開けているが、一方の壁際には試し切りようの丸太など、ちょっとした訓練用具が置かれている。
「それじゃ、勝負のルールを説明するわね」
ユゼリアはそう言って、勝負のルールを話しはじめる。
エスには何も分からないので、『危険な勝負はやらない』という条件の下、ユゼリアに全て任せていた。
ユゼリアが決めたルールは基本的に以下の2つ。
・相手を降参させるか、疲労or
・致命傷を与えかねない、殺傷力の高い攻撃は禁止
「――こんな感じでどう?」
「うん、問題ないよ!」
エスは頷きながら言う。
ユゼリアの職業は【魔導士】――魔法を使って戦うので、使用可能な魔法の制限についても併せて説明を受けている。
魔法については正直何も分からないが、その辺は上手くやってくれるはずだ。
また、万が一怪我をした場合に備え、ポーション――回復薬の用意もあるらしい。
それならばエスも安心できるし、ユゼリアが安全な勝負のために配慮してくれたことがよく分かる。
「さ、勝負を始めましょ!」
「オーケー!」
ルール確認を終えたエス達は、数メートルの距離を空けて向かい合った。
2人が勝負するという話は多くの冒険者達が聞いていたため、訓練場の入り口付近には野次馬の人だかりができている。
ずいぶん注目を浴びたなぁと思っていると、「準備はいい?」とユゼリアが言った。
「いつでもいいよ!」
「すぐに終わらせてやるわ!」
ユゼリアはそう言うと、1枚のコインを放り投げる。
コインが地面に落ちた瞬間が開始の合図だ。
「先手必勝よ!」
地面に触れたコインを見たユゼリアが、飛び退きながら杖――長さ30センチ~40センチの杖を取り出す。
魔法をメインに使うだけあり、中~遠距離の攻撃が得意なようだ。
(どんな攻撃が来るのかな?)
すぐに距離を詰めることもできたが、エスは敢えて攻撃を待つ。
この世界には魔力が溢れており、それを使った魔法が存在することは知っているが、実際の魔法はまだ見ていない。
ユゼリアは『天才魔法少女』とのことだし、その魔法が如何なるものか興味があった。
杖先をエスに向けたユゼリアは、魔力を杖に流し込みながら口を開く。
「撃ち抜け――【
「おお!」
エスは射出された3本の炎矢を横に飛んで躱す。
炎の矢は杖先から少し離れた空間を起点に射出されていた。
(魔力を炎に変換したのかな?)
エスに魔法は使えないので、少しだけ羨ましく感じる。
「まだこれからよ! 撃ち抜け――【炎矢】!!」
ユゼリアはエスの行動を阻害するように、立て続けに炎矢を放っていく。
5秒に1度は3本の矢を放っているので、なかなかの連射速度だ。
観戦している冒険者達も「「「おお……!!」」」とざわめきが上がっている。
「見たか!? あの詠唱速度!!」
「ああ! 短縮詠唱に違いない!」
(短縮詠唱……?)
「ちょこまかと……!! ならこれはどう!? 」
ギャラリーの声に耳を傾けていると、ユゼリアが新たな魔法を放ってくる。
「爆ぜよ――【
「うわっ! 何これ!!」
見た目は炎矢より1回り太い程度だが、着弾すると大きな炎の花が咲く。
「なんだあの魔法!!?」
「花みたいに広がったぞ!!」
「
再びざわめきを上げる冒険者達。
彼らの反応的からして、普通の魔法ではないようだ。
「当たらない……! なかなかやるわね!!」
炎花でもエスを捉えられないと判断したユゼリアは、さきほどの炎矢も併用しつつ攻撃の密度を上げていく。
その速度と密度はさなかがら炎の雨のようで、訓練場のあちこちに炎花が咲き乱れる。
「すごいね!!」
が、エスもスピードでは負けていなかった。
針の穴に糸を通すように炎矢と炎花の隙間を抜けていき、魔法を観察する余裕もある。
その様子に、ギャラリーの冒険者達も興奮の声を上げていた。
「おい、あの新人もやばいぞ!」
「ああ! 信じられねえ反応スピードだ!!」
「でもどうするんだ? あれじゃいつまでも近づけないぞ?」
このままじゃ近づけないという冒険者の
ユゼリアはエスに攻撃を放ちつつも、自らの下に来させないように牽制の魔法も放っていた。
攻撃が当たらないことを察して以降、エスのスタミナを削る作戦に切り替えたのだ。
ユゼリアの魔力切れが先か。エスのスタミナ切れが先か。
互いの持久力が勝負を左右すると思われたが、エスがその均衡を破った。
「――もういいかな」
「「「「なっ!!!!?」」」」
炎花を避けずに拳で殴ったエスを見て、ユゼリアとギャラリーの声が揃う。
「炎を殴った!!?」
普通に殴っても擦り抜けるはずだが、エスに殴られた炎花は一瞬で霧散したのだ。
「――行くよっ!!」
「……っ!!!」
クラウチングスタートのように身を低くしたエスを見て、嫌な予感を覚えるユゼリア。
「立ち塞がれ――【
彼女は咄嗟に詠唱を行うと、高さ約2メートル、横幅約5メートルの炎の壁を出現させる。
(おおっ、炎の壁! だけど……)
ユゼリアの魔法も十分見られたので、ここで勝負を決めさせてもらう。
エスは両脚に正義力を充填し、思い切り地面を蹴り出す。
ドッ!!!!!!!!!!!!!!!
「――――え???」
瞬間、ユゼリアの目の前にエスが移動した。
何の工夫も捻りもない、正義力にものを言わせただけの高速移動。
立ちはだかっていた炎の壁も、頭から突き破って消失させていた。
「………………」
生じた風にツインテールを揺らしながら、ユゼリアは呆然と立ち尽くす。
一瞬の出来事に驚いたのか、その両頬はうっすらと赤い。
「まだ続ける?」
「……降参するわ」
しんと静まるギャラリーが見守る中、勝負はあっけなく決した。
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