正義013・資料室での戦い

 訓練場での勝負を終えたエスは、ユゼリアと共に連合ユニオンのホールへ戻る。


 勝負前までは剝き出しの対抗心を燃やしていたユゼリアだが、エスに敗北してからは心なしか態度が軟化した。


「……エス、アンタなかなかやる奴なのね」


 しばらく様子を観察していた野次馬達が散った後、ユゼリアがおもむろに口を開く。


「そう? ありがとう!」

「……っ! べ、別に……! 本当の意味で負けたつもりはないわよ! いろんな魔法を使える実戦だったら、私ももっとやれるんだから……!」

「そうだね! 今度は他の魔法も見せてよ。俺、魔法のこととか分からないから興味あるんだ!」

「そうなの!?」


 ユゼリアは嬉しそうにエスを見てから、コホンと小さく咳払いする。


「エ……エスがどうしてもって言うなら、見せてあげてもいいわよ? 今日は町でゆっくりするけど、明日からは依頼で外に出るから」

「本当? 嬉しいよ!」


 エスがそう言うと、ユゼリアはさっと頬を赤くする。


「ふ……ふん! さっきのが私の全力だって思われるのが癪なだけよ! 私の大魔法を見たら、きっと腰を抜かすんだから!」

「へえ、楽しみだなぁ」

「……っ!!」


 天才魔法少女の大魔法。


 さきほど見せてもらった魔法の他にどんな魔法があるのか楽しみだ。


 なぜか俯きがちになったユゼリアを見ながらエスは笑う。


(それに、やっぱりユゼリアを見てるとなんとなく落ち着くんだよなぁ)


 最初に話しかけられた時から感じていたことだが、ユゼリアにはなんとなく親近感が湧く。


(この性格もなんていうのかな……なんとなくしっくり来るというか……ツン……デ、レ? ……うっ、頭が……!)


 一瞬、妙な言葉が頭に浮かぶが、すぐに頭痛によって意識が逸れる。


(……まあいっか。あまり考えすぎないほうがいいみたいだし)


 とにかく、ユゼリアは自分にとって相性の良い相手らしい。


 エスはそう結論付けて、深く考えることを止める。


 すると、平常に戻った様子のユゼリアが再び口を開いた。


「ところでエスは連合で何をするつもりだったの? クエストの受注?」

「いや、資料室に行こうかなと思ってたんだ」

「資料室?」

「うん。邪獣のこととか職業ジョブのこととか、その辺のことに疎いからさ。クエストを受ける前に調べとこうと思ったんだ」

「へえ? それじゃあ今から資料室に行くの?」

「そのつもり!」

「ふ、ふーん?」


 ユゼリアはそう言いながら、ちらりとエスに視線を向ける。


「それなら私も一緒に……じゃなくて、冒険者の先輩として役に立てるわ! 資料で分からないところがあれば補足してあげてもいいわよ?」

「いいの? 一緒に来てくれると助かるよ!」

「え、ええ……!」


 そういうわけで、ユゼリアもエスに同行することになった。


 1人で資料を読むのは憂鬱だったので嬉しい誤算だ。


 聞けばユゼリアは10歳の頃から邪獣の狩りをしていたらしく、知識もそれなりに豊富とのこと。


 資料の補足役としても非常に頼もしい存在だった。


「さ、資料室の受付はこっちよ!」


 ユゼリアに連れられた受付で資料室への入室手続きを行う。


 資料室の利用代として100ギルを取られたが、ユゼリアがエスの分まで払ってくれた。


「全然自分で払ったのに」

「いいのよ。私は〝先輩〟なんだからね!」

「そっか、ありがとう!」

「ふふん」


 そんなやり取りをしながら資料室へ向かい、低く軋む木製の扉を開ける。


「おお! ……何か変わった匂い?」

「本の匂いね。紙とインクの匂いが混じり合って独特の匂いになってるの」

「へえ、そうなんだね!」

「ふふん」


 資料室内で大きな声はNGとのことなので、抑えめの声で話すエス達。


 室内に置かれた2列の棚にはたくさんの本が並んでおり、ゆったりとした心地よい空間となっている。


「エスが知りたいと思ってたのは、邪獣と職業のことだったわよね?」

「うん。どんな邪獣がいるのかとか、職業の種類だとか。あとスキル? っていうのも少し気になる」

「なるほどね。それなら……」


 ユゼリアはそう言うと、棚にさっと目をやって2冊の本を抜き出した。


「この辺りを読むといいかもね」

「おお! さすがユゼリア!」

「ふふん」


 エス達は隅にある長机に移動し、さっそく資料を読むことにする。


「……ふぅ」

「どうしたの? 溜め息なんか吐いて」

「いや、本を読むのが苦手でさ……文字を見てると眠くなるんだよね」


 エスは苦笑しながら頭を掻く。


 文字を読んでいると眠くなる――満腹でお腹が膨らむことと同じように、エスにとっての〝お約束〟だ。


 特に長文を読む苦痛はすさまじく、本ともなればもはや天敵と言っていい。


「ふぅ……とりあえず読んでみようかな」


 2度目の溜め息を吐きながら、2冊のうち1冊の本を手に取る。


『邪獣図鑑』と題されている本だ。


(あれ? そういえば、この世界の文字を普通に読めてる?)


 文字の形からして前の世界のものとは違うはずだが、エスは問題なく理解できている。


 思い返してみれば、先日の職業鑑定で【主人公】の文字を見た時もそうだ。


(あ……でも、それを言ったら喋ってる言葉もそうか。よく分かんないけど便利だから良し!)


 エスはうんうんと頷き、『邪獣図鑑』を開く。


 最初のページには簡潔な目次が記載されているだけだったが、ペラリと捲るといきなり長文が現れた。


(うわっ……文字多いなぁ。えっと、なになに……話ははるか昔に遡る……って何の話? 世界を創造した……2柱の神が…………となって…………で……)


「――――ぐぅ」

「さすがに早くない!!?」


 机に突っ伏したエスを見て、ユゼリアがひそひそ声で言う。


「ん……あれ? 寝てた?」

「10秒も持たずにコクコクしだしたわ……」

「ごめんごめん。もう1回読んでみる!」


 眠気を飛ばすために両頬を叩き、再び読書を始めるエス。


「――――ぐぅ」

「だから早くない!!?」

「うう……やっぱ文字は苦手だ」

「苦手ってレベルじゃないわよ……どんな体質なの!?」

「いやぁ、昔からこうなんだよね……」

「さっきの戦い以上の衝撃だわ……」


 ユゼリアは目をみはって言う。


 彼女は小さく喉を鳴らした後、エスの前に置かれていた『邪獣図鑑』を手に取った。


「仕方ないわね! 私が代わりに説明してあげる」


 嫌々といった言い方だが、ユゼリアの顔は嬉しそうだ。


 エスは礼を言って、本の冒頭をざっくり説明してもらう。


 いきなり変な妙な文章が書かれていると思っていたら、邪獣が生まれたきっかけについての定番説明だったらしい。


 曰く、邪獣を生み出したのは悪神と呼ばれる神だとのこと。


 この世界を創造した2柱の神のうち1柱で、もう1柱の神――善神となんやかんや揉めた後、封印されてしまったようだ。


 悪神は元々過激思想の神だったらしく、封印の間際に世界を呪う。


 その呪いが世界に散らばり邪獣が生まれたという話だった。


 ちなみに、そうして生まれた邪獣に対抗すべく善神が人々に与えたものが、職業の能力とのことらしい。

 

「――ま、こんなところね」

「分かりやすい! ありがとう!」


 自分で読むのとは段違いの理解のしやすさに驚くエス。


 視覚情報ではないからというのもあるが、ユゼリアが教え上手だというのもありそうだ。


 難解な部分は省き、エスでも分かるように噛み砕いて説明してくれる。


「ふふん! 次はネストについてね」


 ユゼリアは得意気に言って続きを説明する。


 邪獣が生まれる場所についての話だ。


 世界各地に大小様々な巣――邪獣を生み出す魔力マナ溜まりが存在するらしい。


 巣の中には特殊なものもあるそうだが、ユゼリアは『複雑になる』と割愛。


 簡単な巣の性質等を教わって説明は終了した。


「次は……ここからは普通の図鑑みたいね」

「あっ、この辺は絵が多いからまだ読めるよ!」


 そこには様々な邪獣の姿がページごとに描かれており、ランクや生態等の説明が載っている。


 さすがに全ては覚えられないので、絵を中心にさっと読み流し、30分ほどで読了した。


 それからエス達は、もう1冊の本『職業&スキル集(簡易版)』に移行する。


 簡易版と付くだけあって、各種職業名、スキル名の横に1~2文の概要が載せられているだけの本だ。


 厚みも『邪獣図鑑』の10分の1ほどで、本というより資料と呼ぶのがいいかもしれない。


「あばばばば……!!!」

「エスは何と戦ってるの!!?」


 箇条書きの形なので自力で読めるかと思ったが駄目だった。


 目がチカチカとなり泡を吹いたので、結局ユゼリアの説明を受けることに。


「ん? そのスキルって――」

「ああ、それはね――」


 時折気になったことを質問しつつ、1時間ほどで読了。


 ユゼリアのおかげでだいぶ楽をできたとはいえ、この世界に来てから最も疲れた時間だった。

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