正義008・調査2

「――皆さん警戒を。既に邪獣の出現エリアに入っています」

「任せて―」

「は、はい……!」

「気合い入れてくぜっ!!」

「オーケー!」


 草原に足を踏み入れた一行は、ロレアの呼びかけに気を引き締める。


 丘の上のエリア名は『ロズベリー大丘陵』。


 連合ユニオンによる危険度指標ではDランク相当となっている。


 これはDランク冒険者4人以上のパーティを推奨するという意味だ。


 全員がCランク以上のロレア達は余裕で基準を超えているが、邪獣狩りでは何が起きるか分からない。


 初めて邪獣狩りに出るエスがいるということもあり、万全の構えで草原を進む。


「――いましたよ。邪獣です」


 邪獣出現エリアに入って2、3分が経った時。


 先導していたロレアが足を止めて皆を制す。


 彼女が示した先にいたのは、浅黒い肌の人型邪獣。


 合計で3体――いずれも濃密な悪のオーラを纏っている。


 3体で「ギャッギャ」と言葉を交わしており、エス達の存在には気付いていない。


「あの邪獣は?」

小鬼ゴブリンです。まずは私達でやるので、エスは待機していてください」

「オーケー!」


 エスは小声で返して親指を立てる。


 頷いたロレアはラナ、ヴィルネ、エンザを連れて小鬼に近付いた。


「ギャギャッ!!」

「気付かれましたか! 行きますよ!」


 小鬼が振り向いた直後、抜いていた剣を構えて突っ込むロレア。


「はああっ!!!」

「ギャ!?」


 ほんのりと青色に光る剣身で一体の小鬼の首を落とす。


「ギャギャ!!!」

「させないよー」

「ギャッ――!」


 別の小鬼がロレアに襲いかかろうとするが、ラナが素早い手捌きで矢を放つ。


 魔力マナを纏った高速の矢は一瞬で小鬼に到達し、眉間を綺麗に撃ち抜いた。


「ギャギャッ!?」

「残りはアタシが貰うぜっ!!!」


 残り1体となり焦りを見せる小鬼に、エンザが拳を構えて迫る。


 全力の殴打。


 極めてシンプルな攻撃だが、魔力で身体強化された拳は強烈だ。


 小鬼が反応する間もなくエンザはその頭を殴り付け、一撃で命を刈り取った。


「さすがだね!」


 ものの十数秒の小鬼討伐。


 ロレアは「ありがとうございます」と言って、小鬼の体からナイフで石のようなものを抉り出す。


「それは?」

「ああ、まだ説明していませんでしたか。これは魔核と呼ばれる石で魔力を宿しています。

 魔力を動力にした魔道具などに使えるんですよ」


 ロレアはそう言ってエスに魔核を渡す。


 薄っすらと透き通った宝石のような黒い石だ。


 彼女が言ったように、内部からたしかな魔力が感じられる。


「ランクが強い邪獣ほど魔核が大きくて、宿した魔力も多いんだよー。連合で買い取ってくれるんだけど、高ランク邪獣の魔核は高く売れるんだー」

「へえー。なるほどなぁ!」


 捕捉してくれたラナに相槌を打つ。


 これは道中で聞いたことだが、邪獣の危険度によってランク分けがされているらしい。


 冒険者ランクやクランランクに似たような感覚で、GランクからSSSランクの邪獣が存在するとのことだ。


 ここ『ロズベリー大丘陵』はDランク相当のエリアなので、基本的にはDランク以下の邪獣、強くてもCランクまでの邪獣しか出てこない。


 実際、今しがた倒された小鬼のランクを訊いたところ、下から2番目のFランク邪獣だと言われた。


 それから再び草原を進む一行だが、2度3度と小鬼の集団に遭遇する。


 最初と小規模な集団だったので、エスが手を出すまでもなくロレア達のパーティが殲滅した。


(これが冒険者パーティ……ちゃんとバランスが考えられているんだなぁ)


 彼女達の戦い方にエスは感心する。


『正義こそパワー』でゴリ押ししていたエスの戦い方とは違って、堅実な立ち回りだ。


 ロレアの職業ジョブは【剣士】。


 ラナの職業は【弓士】。


 エンザの職業は【拳闘士】。


 ヴィルネの職業は【僧侶】。


 ロレアとエンザは近距離型、ラナは中~遠距離型、ヴィルネは支援型の職業なのだという。


 前衛に立ったロレアとエンザが直接ゴブリンを攻撃し、後衛のラナが弓矢でサポートする。


 ヴィルネはあまり攻撃には関与しないが、味方へのバフ敵へのデバフ、怪我をした仲間への回復等が主な役割だ。


 上手く連携が取れているので、小鬼の集団程度は圧倒できる。


「うーん、俺もそろそろ戦いたいかも……!」


 ロレア達の美しい戦いぶりは、エスの戦闘欲を刺激した。


 エスは元来、邪悪な存在と戦うために生まれている。


 悪のオーラを纏う邪獣を成敗したいとむずむずしていたのだ。


「そうですね。情報通り危険度が低いエリアのようですし、エスを参加させても問題なさそうです。次に現れた邪獣を見て判断しましょう」


 ロレアは微笑して答える。


 そのおよそ1分後、エス達の前に再び小鬼が現れた。


「今度は単体のようですね。好都合です。エスに任せてもいいですか?」

「任せてっ!!」


 ぐっと親指を立て、小鬼に近付くエス。


「ギャギャッ!!」

「どうやって倒そうかなぁ」

 

 こちらに気付いた小鬼を見ながらポキポキ拳を鳴らす。


 邪悪な存在と相対することで、正義力ジャスティスパワーが高まるのを感じた。


(まずはやっぱり……これだよねっ!!!)


 襲い掛かってきた小鬼を見据え、ゆっくりと拳を構える。


「ギャギャッ!!!!」

「いくよっ……!!!」


 体を捻って爪の攻撃を躱したエスは、その捻りの力でアッパーを放つ。


 ドッ!!!!!!!!


「ギ――」


 目にも止まらぬ速さで放たれた一撃は、正義力を炸裂させて小鬼を吹き飛ばす。


 そう、天空の彼方へ。


 小鬼はまるでロケットのように打ち出され、キラーンと小さな星になった。


「ふぅ…………あっ、しまった!」


 吹き飛ばすと魔核が回収できない。


 そのことに気付いたエスは、謝罪のためにロレア達を振り返る。


「ごめん! 魔核のこと忘れてた!」

「「「「………………」」」」

「……?」


 反応のない皆にエスは首を傾げる。


 ロレア達は目を点にしたまま固まって、ポカーンと大きな口を開けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る