正義003・正義眼と正義力

 燃えるように赤い左目と、落ち着いた金色の右目。


 特徴的な虹彩異色オッドアイにはちゃんとした意味がある。


 赤い左目は常人のそれと同じだが、右目は特別な機能を持つ。


 その金色の目は――正義眼ジャスティスアイ


 眼球全体に特殊な正義力ジャスティスパワーが宿っており、悪のオーラを視認できる。


 本来は宿敵である悪魔の正体を看破するための能力だが、邪悪な者が相手であれば問題なく機能するようだ。


 逃走する男の体からドス黒いオーラが溢れている。


(このオーラの濃度……こいつ相当な悪党だぞ!)


 疼く右目に手をやりながら、エスは男をきっと睨む。


 一口に悪と言ってもその程度は大小様々だ。


 盗っ人や詐欺師など、いわゆる小悪党からも多少のオーラは滲み出る。


 実際、微量のオーラを纏う人物は通りでも何人か見かけたが、敵認定するほどのものではなかった。


 しかし、目の前の男のオーラはレベルが違う。


 さすがに悪魔には匹敵しないものの、こちらに来て以降断トツで濃密なオーラだ。


 ちょっとやそっとの悪事で達するようなレベルではない。


「そこのあなたっ! 危険です……!!!」

「あ! その男は――」


 進路上に立つエスを見て、男を追っていた2人が言う。


「邪魔だ……死んどけっ!!」


 男は邪悪な笑みを浮かべると、懐から出したナイフを投擲する。


 それはただの投擲ではない。


 魔力マナを纏った高威力の投擲だ。


 エスもそのことを看破したが、避ける必要はなかった。


 相手が魔力を使うなら、エスは正義力を使う。


(悪党、許すまじ……!!)


 目の前の相手に容赦なく、しかもこのような往来で――ナイフを投げた男に対し、エスの正義の心が燃え上がる。


 溢れ出す正義力を体に纏ったエスにとって、飛来するナイフなど脅威ではない。


「……なっ!?」


 人差し指と中指でナイフの刃を挟んだエスに、男が大きく目を見開く。


「ちっ……! ハメられたか!?」


 エスを面倒な相手だと判断した男は、即座に逃走を選択。


 制御した魔力を両足に集め、高速でエスを抜き去ろうとする。


「――逃がさないよ!」

「……っ!!!!!?」


 が、正義力に溢れたエスはさらに数段速い。


 まるでサッカーやバスケのディフェンスのように、男が抜けようとした先から先に現れる。


「くそっ……!! 何なんだこいつ!!!」


 後ろから追ってくる2人を一瞥し、男は作戦を切り替える。


「はっ! こうなりゃ皆殺しだ!!!!!」


 瞬間、男から放出される高濃度の魔力。


 それは紫色の電気となって放出され、バチバチと激しい音を鳴らす。


 同時にその衝撃で突風が巻き起こり、男を追っていた2人も警戒するように足を止めた。


「……これが、お前の全力か?」


 紫電を纏った男を見据えながらエスは呟く。


「おいおい、今さら怖気づいたか?」


 紫電の塊を指先で弄び、ニッと表情を歪ませる男。


 何を勘違いしているのか、エスが恐れをなしたと思ったようだ。


「暴れすぎると後々の追手が面倒でよぉ。大人しく逃げるつもりだったんだが……気が変わった。お前も後ろのあいつらも……ぐちゃぐちゃに殺してやるよ!!!!」


 男はそう言って地面を蹴る。


 紫電で強化されているため、その速度はさきほどの比ではない。


 稲妻の如くエスの懐に潜り込み、紫電を纏わせた手刀を突き出したが――エスはそれを人差し指1本で止めた。


「……こんなんじゃ俺には届かない」

「――は?」


 一体何が起きたのか。


 状況が呑み込めず、男は間抜けな声を漏らす。


 胴体を突き破るつもりの1撃が、たった1本の指で止められたのだ。


 平然と立っているエスと目が合い、男は咄嗟に飛び退いた。


「お前……何者だっ!!!」


 その声には恐れの色が含まれている。


 男は即座に魔力を操作し、紫電の矢をエスに放つが、エスはそれら全てを片手で捉えて握り潰す。


「俺の名前はエス……正義の代行者であり、お前のような悪人を滅ぼす者だっ!!!」

「ひっ……! ふ、ふざけるなっ!!!」


 化け物。


 正義に燃えた真っすぐな視線に怯え、男はエスに背を向ける。


「逃がすかっ!!」


 エスはすぐにその後を追うが、男は両足に紫電を纏わせて加速した。


「通しませんよ……!!!」

「次は逃がさないよぉー!」

「――遅えんだよっ!!!」

「「……!!? 速い!!」」


 止めようとした2人の追手を稲妻のように躱し、一目散に逃走する。


 全ての魔力を脚力の強化に使っているようだ。


「たしかに速いけど……好都合だねっ!!」


 エスは駆けていた足を止め、大きく拳を振りかぶる。


 いくらスピードが出ていても、一直線で逃げる相手はだった。


「あなた、何をするつもりですか……?」

「そこからじゃ届かないよ!?」


 傍らで見ていた二人が口を開いた直後。


 エスは拳を高速で突き出す。


「はあぁっっ!!!!」

「「なっ!!!?」」

 

 それはただの拳ではない、正義力が籠められた特別な拳。


 放たれた正義力は巨大な黄金の拳を形成し、弾丸のように男の方へと飛んでいく。


 気配を感じた男が振り返るが、もう遅い。


「な……ゴバハアッッ!!!」


 もろに黄金の拳が直撃し、くの字に折れ曲がる男。


 そのままの体勢で後ろへ吹っ飛び、ゴロゴロと激しく回転する。


 十数メートル先で回転が止まった時、男は白目を剥いて気絶していた。

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