第十四話 せいぎのみかた

「行くぞぉ、野郎どもおぉぉぉぉっ!!」

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」


 高知県香美市、指定暴力団八斤はちきん組の事務所で、黒服を纏った大男たちが、一人の爺さんのハッパに応えて雄叫びを上げる、その燃える瞳が見つめているのは部屋の角のテレビ、そこに映った一人の男の背中、その文字だ。

「余所者がえいかっこしやがって! 岩熊のにばっかり格好付けさせられんぜよっ!」

 初老の組長に続いて、足を踏み鳴らして事務所から外へ出る組員たち。


 彼らはほんの五分前まで、画面に映る侠客、岩熊勝平の勝手な真似に憤慨の極みだった。すぐ近くの南国市に現れたゾンビに頭を下げ、ヤツらが昔抗争で始末した他所の組のなれの果てである事をわざわざ全国に公表しやがったのだから無理もない。

 自分達の存亡の危機にかかわるその行為、ましてや喧嘩自慢のヤクザが土下座して許しを請うという情けない絵面に『極道の恥さらし』『裏切り者』の憤怒をもって見続けていた。

 だがそれも、吹き飛ばされ、蹴飛ばされ、舞い上げられ、全身の骨を粉々に砕かれて、血だるまになってなお土下座を続けるその姿を見て、なんでそこまでするのかという疑念と、その壊れて行く体に対する冷や汗が同時に湧き上がって来ていた。ましてや四国の岩熊と言えば『不殺ころさずの豪傑』の異名を取った男、誰一人殺してもいないはずの男が、他のヤクザが殺したゾンビになんで頭を下げ続けるのか・・・・・・


 その答えが、彼の背中にあった。

 『せいぎのみかた』


 その文字が、彼らの魂を震わせた。消えていたおとこの炎を爆発的に燃え上がらせた。

 侠客とは、かくあるべし! 土佐男児いごっそうを自負する自分たちが今ここで座して、他人に代わりに謝らせ続けるなど出来るわけ無いぜよ!!


「待ちや、これ持っていきな!」

 組長の妻が出口で発泡スチロールの箱と花束を抱えて旦那を止める。中身を察した組長は「でかした」とハイタッチを交わし、組員たちと共に中型のトラックに乗り込んでいく。現場の南国市は目と鼻の先、今度は俺達がおとこを見せる番だ!



      ◇           ◇           ◇    



 日本中のヤクザ達がガッツポーズを掲げて雄叫びを上げていた。ある者は感動の涙を浮かべ、別のものは血をたぎらせてTV画面にかぶりついている。俺も、あの場に居たならば男を見せられるのに、と。


 世間よ、見ろ。これが『侠客きょうかく』。俺達の理想の姿なんだ!!



      ◇           ◇           ◇    



『うそ、だろ・・・・・・正義の味方?』

『ちょ、ヤクザだろ? なんだあのイレズミ』

『あんな死にそうになって、なんでまだサラリーマンみたいに頭下げてんだよ』

『やべぇ、共感するわ』

『カッコ悪いけど、なんかカッコいい・・・・・・』


 SNSサービスのハッシュタグ『#ヤクザまぁ』のチャットが滝のように流れ続ける。つい先ほどまでヤクザを腐す言葉で埋め尽くされていた画面が、中継に映るヤクザの態度とその背中の文字に、自分たちの常識をハンマーで殴られたような衝撃を受け、今までと逆の書き込みをしようと駆り立てられる。


『私、この人知ってる。淡路でゾンビが出た時助けてくれた』

『マジで正義の味方じゃん』

『戦わずに謝ってるっての、なんか筋を通してるみたいでイカスぜ!』

『病院の子供たちめっちゃ応援してる』

『ヒーローじゃん!』

『でも・・・・・・死ぬぞ、このままじゃ』



      ◇           ◇           ◇    



(ゾンビが・・・・・・止まりました)

 高知県南国市。ゾンビ中継を続けるアナウンサーが小声でマイクにそう報告する。誰も止めることが出来なかったゾンビの行進は、その先で土下座をする血まみれの男の前で止まっていた。彼らは立ちすくみ、眼下で背中を晒す男の、そこにある文字に見入っているようだった。


 男を応援していた子供達も、周囲を取り囲む警察官たちも、野次馬のギャラリーたちも、言葉もなくその光景を見守っている。


 時の止まる光景の中、土下座を続ける岩熊勝平は、その静寂に、己の人生の終わりを悟る気分だった。

(静かだ・・・・・・俺はもう、あの世に逝った、のかなぁ)

 もう痛みも痺れも感じなかった。侠客としてやるだけのことはやった、男の死に花を咲かせることが出来ただろうか、全国のヤクザ達に迷惑を掛けちまったかもしれねぇ。だけどよ、やっぱ俺はこうするべきだと思ったんだ。

 あのガキの頃に、侠客になる事を志してからずっと、こんなシーンを待ち望んでいたんだ。


 ―だったら、お前が、正義の味方になるか―


 そうだ、俺はもともといじめられっ子だった。そして世界は悪が支配して、誰もいじめられっ子を助ける正義の味方なんていやしない事を知った。だからこそ俺が正義の味方になって、いじめられてる奴等を庇ってやらなきゃならねぇんだ。

 なぁゾンビ共、お前らは昔の俺だ。いじめられて殺されて、その仕返しを志して蘇って来たんだろ? だったら俺がお前たちを認めてやるよ、頭を下げてやるよ、いくらでも・・・・・・仕返しの機会を、与えてやるよ。だから、もう、な・・・・・・。



「おい! 岩熊の、生きてるか!?」

 途切れかけた意識が、その声で引き戻されてた。両肩を揺さぶられ、折れている左肩の痛みが意識を繋ぎ止める。

「あ・・・・・・あんた、八斤はちきん組の」

「おう! バッカ野郎が、いい恰好しやがってからに、お前の出る幕じゃ無ぇんだ!」

 赤に滲む視界を八斤の親分に移す。その後ろには多数の黒服がいつの間にか、ずらりと並んでいた。


「ゾンビ共! いやさ今は無き青銅鑼あおどら組の皆の衆、かつてのおまんらの敵、儂ら八斤組が落とし前を付けに参上したなれば、どうぞお控えなすってくだせぇ!」

 組長が仁義を切って口上を述べると同時、後ろに居た二十人を超える組員が一斉にだだだっ! とヒザを付き、深々と土下座をして見せた。

「化けて出るほどの恨み、確かに受け止めた。だがおまんらの怨敵はわしらじゃ、この男じゃあありゃせん!」

 岩熊の傍らにヒザを付いてゾンビを見上げる八斤親分。それに反応するように、ゾンビ共の眼光が赤い光を宿し、足元の黄金色が光を増す。


「なればわしらこそが相手だ、この男や堅気の衆に手出しは無用に、伏して願い申す!」

 深々と土下座をする親分。それを見て一歩動きを見せたゾンビの群れが、再度動きを止め・・・・・・


 どしゃあぁぁぁっ!

 全てのゾンビが、その場で勢いよくアグラをかいて座った。奴らはまるで何かを待っているかのように、そこから動こうとはしなかった。



 伏したままのヤクザ達と座り込んだゾンビ達が、病院の入り口階段の前で対峙している。そのまましばし時を数えた後、ひとりの男が顔を上げ、傍らにあるスチロールの箱を抱えてゾンビとヤクザの間に持って来る。フタを開けた中に入っていたのは、一つの大きな高足盆と、二尾の鯛の尾頭付きだった。


(こいつぁ・・・・・・へっ、粋な事をするじゃねぇか)

 岩熊もその中身を見て察した。ああ、そうするつもりなんだな。後はゾンビがそれを受けてくれるかだ。

「勝手な言い分ではありますが、この場を収めてはいただけませぬか。この男、岩熊の奮戦と、皆々様方の後の供養を詫び料としての手打ちを受けて頂きたい!」

 八斤親分がその口上を述べた時、ゾンビ共の足や尻の元に光っていた金色の糸が、スゥッ、と光を収めた。


「八斤の・・・・・・ゾンビ達、受けてくれるみたいですぜ」

 ゾンビが大地から吸い上げる地気の力。それは自分たちを殺したヤクザに対する恨みが形を成したものだという確信があった。なればこそ今この時なら、奴らは手打ちを受け入れる、そう信じていた。


 八斤親分はそうかい、そいつは有り難ぇと呟いた後、俺の横にアグラをかいて座り直す。

「それでは、場所も場所なんで不作法ながら、両家の和解の儀を執り行わせていただきやす。岩熊の親分、見届人をお頼み申す」

「しかと・・・・・・引き受けた」


 色々と手順をすっ飛ばし気味ではあるが、抗争中の組同士の手打ち式が始まった。両家が上座から下座に向かって一列に対面して座り、中央に八斤親分と先頭に居たゾンビが顔を合わせる。二人の間には高足盆に乗せられた二匹の鯛が、背びれを合わせて並べられている。

「両家はこれより、腹を割って縁を繋いでいきやす。よろしいか、ようございますね・・・・・・ハイッ!」

 俺の言葉に従って、親分とゾンビが鯛の向きを逆にし、腹と腹を合わせて盆の上に戻される。背中を向け合って敵対した両組織が、文字通り腹を合わせて和解をするという儀式だ。


 岩熊勝平はこの儀式が好きだった。ヤクザなら抗争をする事は当たり前のようにあるだろう、利益の為、シマの為などは無論のこと、血の気の多いこの人種は、町中で肩がぶつかっただけで喧嘩から抗争に発展しかねない。恨みつらみが爆発すればお互いを平気で殺し合う関係になってしまう。

 それは確かにヤクザの意地を示す上で必要かもしれない。だが殺し合うと言う事は、和解の道を閉ざすということに他ならないのだ。それはあまりに勿体ない事だと常々から思っていた。

 その時はどんなに憎たらしくても、いつかは楽しく酒を酌み交わす時だって来るかもしれない、それは生きていればこそ、なのだから。


「それではご両家、一本締めのお手を拝借いたしやす。いよーぉっ!」


 ―パパパンッ―


 ヤクザが、ゾンビが、座ったまま柏手かしわでを打つ。夜の病院に小気味よく響いたその音を合図に・・・・・・



 ソンビ達は音もなく、砂のように灰のようにその体を霧散させ、そして、消えて行った。


 仲介人であり見届け人でもある岩熊勝平が、まるで糸が切れた人形のように、ごとり、とその体を横たえ・・・・・・そしてそのまま、動くことは無かった。


 再び空に向かって、その信念ともいえる文字を披露しながら――



 彼は、事切れた。


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