第十三話 天に向かって

『高知県南国市、ゾンビ出現です!』


「・・・・・・高知か。ふん、申し合わせたようだな」

 ラジオの放送を聞いて俺はふん、と鼻息を鳴らす。分かってるじゃねぇかゾンビ共は。俺を呼んでるんだな。おう、今行くぜ!


 裏に咲いている花を摘んでふたつの花束を作った。あのゾンビ共が本当にヤクザに殺されて埋められた者達だったとしたら、きちんと供養すればもう現れなくなるかもしれねぇ、現にここの花を供え続けているあの釣具屋や、海の向こうからはゾンビ共は沸いてこなかった。俺達ヤクザが死体を雑に扱ったツケがきてるっていうんなら、その清算をすればいいだけのことだ。


 俺は逃げない、自分がそんなヤクザの一員である事からよ!



      ◇           ◇           ◇    



『なんと、反社者と思われる人物が、ゾンビに深々と土下座していますっ!』


 高知県南国市、大きな小児科病院の玄関先の駐車場で、俺は傍らに花束を置き、地面に額をこすり付けて土下座し、迫り来るゾンビに大声で口上を述べる。

「お控えなすってくだせぇ! 手前ははばかりながら侠客を自負しておる、性は岩熊、名は勝平と申す!」


 名乗りを上げた瞬間、周囲の警官たちや病院の入院患者たち、そして野次馬共が、ざわっ! とせせらぐ。いきなり反社者の登場に加えて土下座からの口上に、何事かと注視するマスコミたち。


「皆様方のお怒りはごもっともだ! なればそのお怒りは我が身に一心にお受けいたしやす、無論供養もさせて頂きやす。なので何卒、何卒・・・・・・堅気の衆に迷惑をかけるのはお止めになって下せぇ!」


 そうだろう、アンタたちがぶっ殺したいのは俺達ヤクザのハズだ。なら俺を好きにしていい、なんならあの大宮や木山みたいに惨殺してくれても・・・・・・だけどよ、俺達はみ出し者の抗争にカタギを巻き込むのだけは絶対に御法度のハズだ! お前さん達の素性は知らねぇが、そこだけは間違っちゃなんねぇだろうが!


 そんな俺の態度に周囲の者達が反応を始める。

「・・・・・・え、もしかして、あのゾンビって」

「元々はヤクザ、なの?」

「っていうか、ヤクザが殺して捨てた人たち、なんじゃない?」

 数人の勘のいい奴の言葉に、その認識が瞬く間に周囲にいる全員に、そしてTVやネットの中継を介して、日本中に広がっていく。


『おい、マジかよ! やっぱヤクザ最低だな!!』

『っていうかそれって死体遺棄じゃん、逮捕だ逮捕』

『殺人罪も適用されるんじゃね? 行方不明者を調べたら結構該当する人いるかも』

『冗談じゃねぇよ、なんで俺達がヤー公のとばっちり受けなきゃいけないんだ!』

『殺し合いなら俺達を巻き込まんといてほしいなぁ』


 電話で、ネットで、口頭で、その言葉が国民たちに浸透していく。明らかな怒りと嫌悪を纏った状態で。



      ◇           ◇           ◇    



「バッカ野郎っ! 勝平、てめぇは何を考えてやがる!!」

 大阪、天狼組。若頭の梅之助が画面を睨んで怒鳴りすえる。何より知られてはいけない事実を、よりによって公衆の面前でぶちまけやがった! それが俺達ヤクザを終わらせる事くらいわかり切っているクセに!!


「奴は・・・・・・逃げなかったんだ。自分たちがやった事にな」

 総会長の正和がソファーに腰かけたままこぼす。ヤクザが今までやって来た殺しに、奴一人だけは知らぬ存ぜぬを良しとせずに、その罪に正面から向き合っているんだ。

「さすが、おやっさん」

「あの人らしいや」

 可部と風月がしみじみと返す。自分たちを絶縁しておいて自分はアレだ。だけどそれだから俺達が信じた親分なんだ!


「バッカ野郎っ!」

 梅之助が二人を叱りつける。怒りはもっともだ、おやっさんの行動が自分たちヤクザを絶体絶命に追い込んだのは紛れもない事実・・・・・・


「アイツはなぁ、今まで殺しなんかやっちゃいねぇ! ただの一人もだ!!」

 梅之助の吐き出すような言葉に、そこに居る全員が言葉を失う。

「なのになんで、アイツがヤクザの殺しの罪を、一身に受けているんだよぉっ!!」



      ◇           ◇           ◇    



「おい貴様! ゾンビがもう目の前だぞ、何のつもりか知らんがさっさと逃げろ!」

 土下座を続ける俺に警官がそう告げる。ゾンビの足音はもう目の前まで迫っている、だけど俺は逃げるワケにゃあいかねぇ、この全国で起きているゾンビ問題に、侠客として真正面から向き合わなきゃいけねぇんだ!


 ぐいっ、と肩を掴まれる。一体のゾンビがヒザを付き、俺の上体を起こして・・・・・


 ブンッ!


 真横に投げ飛ばされる。体の一部が地面についた瞬間、俺はサッカーボールのように地面を転がり続け、全身を何度も地面に擦り叩かれながら吹き飛んでいた。

 がっしゃあん! という衝撃と共に止まる、ネットフェンスにめり込んだようだ。ああ、相変わらずすげぇパワーだなぁ、確かにゾンビ共の足元には例の菌糸が見えてるよ。

 それが、俺達ヤクザに対する恨みの力、なんだな。


 体を起こし、ぐわんぐわんする頭を両手で支えながら、もう一度ゾンビの群れの先頭に向かって駆け出していく。周囲の野次馬共から、ブーイングとも恐怖とも取れるざわめきが起こる中、俺はもう一度ゾンビの前に出て・・・・・・深々と土下座する。


「ここは小児科医院だ! 中には子共たちがいる、そんなのより俺だ、ヤクザだ、俺を殺ってくれ、恨めしいのは俺だろうがよ!」


 どこぉっ!


 ゾンビのサッカーボールキックらしき攻撃を食らった俺が、今度は病院に向かって飛ばされる。次の瞬間背中に感じた衝撃は壁ではなくガラスのそれだった、入り口の自動ドアに突っ込んで粉砕し、破片を撒き散らしながらロビーに転がり込む。

「き、きゃあぁーーっ!」

 中で子供たちを守っていたナースたちが悲鳴を上げる。ここの医者や患者たちは先だってのブルーシート効果でソンビが止まると思っていたのか、多くが避難せずに院内に残っていたらしい。


「お、お騒がせ、したな。早く、逃げな・・・・・・」

 体中が痛ぇ、左肩は完全に折れたなこりゃ。けどよ、この程度で諦める訳にゃいかねぇんだよ。体を起こして痛む肩を右手で押さえると、三度ゾンビの居る外へと向かう。

「・・・・・・おじちゃん、大丈夫?」

 背中からそんな声がかかる。まだ反社者なんて言葉も知らない子供が俺を気遣ってくれたらしい、ナースに「声かけちゃ駄目」と囁かれるが、俺の背中に心配そうな視線が向けられているのを察して、心にジワリと幸せがにじむ。


 ああ、まかせときな。


 玄関から出て階段を降りる。もうゾンビは二十メートル先にまで迫っている。俺が姿を現した瞬間、周囲から「おお~」という声が漏れる。なんだよ、ヤクザがぶちのめされているんだぜ、遠慮はいらねぇ、罵詈雑言ザマァを浴びせろよ。


 倒れ込むように三度目の土下座をする。その光景に周囲が凍り付く、殺されるのは分かっているだろう、話が通じる相手じゃないのは分かるだろうに、なんで、と周囲から、そして上の階のベランダから見ている子供達から、間もなく起こる惨劇に対して悲鳴を上げる。

「いや、やめてーっ!」

「おじちゃん、にげてぇー!」

「アンタ、何考えてやがる、死にたいのかぁっ!」


 死んでもいいんだよ・・・・・・俺は侠客だ、正道を貫いて死に花を咲かせられるなら本望だよ。ケンカするばかりが任侠道じゃねぇ、詫びを入れる所はきっちりと入れ、つけるべきケジメはちゃんとつける。それが・・・・・・


 襟首がひっつかまれる。次の瞬間、俺は空を飛んでいた。真上に放り投げられた俺は、二階か三階あたりのベランダが真横に見える高さまで舞い上げられていた。そのベランダには涙を零しながら、俺に向かって手を伸ばそうとしている子供たちの姿がチラリと見えた。


 カエルのように地面に叩き付けられる。もう全身が痺れてどこが痛いのかすらさっぱり分からねぇ。さっきのガラス片と投げられた時で服が引き裂かれてボロボロになっている・・・・・・もし破れなければ何階まで舞い上げられていたか、お陰でまだ生きてらぁ。


 中途半端に敗れた服が左肩に絡んで自由が効かねぇ。しょうがないので一張羅を引き破って上半身裸になると、もう階段前まで来ているソンビに相対して、がくっ、とヒザをつく。ああ、もう次は無いだろうなぁ、いよいよ俺も死ぬか。


「俺も、アンタらも、所詮は世間の・・・・・・嫌われ者だ。だったら、ナシは俺達だけで、なぁ」

 赤く霞む視界でゾンビを見やり、階段の最上段に手をついて頭を下げる。なぁ、もうこれで勘弁してやってくれねっか・・・・・・


 ああ、意識が、消えていく。


 可部、風月、上里のヤツ、梅之助、大親分。そして釣具屋、登下校を見守った子供達、まだヤクザに対する規制が緩かった頃に付き合いのあった奴等、そんな顔が浮かんでは消えていく。これがソウマトウってやつ、だな・・・・・・



      ◇           ◇           ◇    



「ま、まだ、土下座する気か!?」

「いやぁーっ、誰かーっ、あの人殺されちゃうよーーっ!」

「止めろよ警官、マジで死ぬぞ!」

「もう、間に合わん!」

「おじちゃぁーん、やめてぇーーー!」


『マジかよコイツ、自殺志願者か?』

『あんなんでゾンビが止まるわけ無いのに』

『ヤクザが病院前で死ぬ、か、嫌な絵面だな』

『これ映像止められるんじゃね?』


 現場で、中継を見ている者たちがネットで、彼、岩熊勝平の暴挙を息をのんで見守る。自殺行為にしか見えないゾンビへの土下座、その度に吹き飛ばされ、重傷を負っては立ち上がって同じことをする。

 血まみれになり、映像からでも体の骨が折れまくっているのが丸わかりな状態で、それでも彼はヒザをつき、向かって来るゾンビに対して手を付き、額を地面に落とす。


 ごしゃ。


 付いた額が血と肉の音を立てる。その様を上空の中継ヘリから照らされた真上からのカメラがとらえる。病院に入院していた子供たちが、ベランダからそのおじちゃんを見下ろす。


 土下座したその男。その背中は天に向けられている。見下ろす子供達に、そして中継のヘリを介して、全国の堅気と、そしてヤクザ達に。


 背中に入れられた入れ墨モンモンの文字。それがTV画面に大写しになり、子供たちの眼球にしっかりと映し出されたその時、日本中が静寂に包まれた。



 せいぎの

 みかた



 天に向かって掲げられたその文字に、その姿に、そしてその命を懸けた行動に。


 誰もが心の奥から湧き上がる、熱いものを感じずにはいられなかった。


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