第十一話 取調室にて

「こんな感じでした」

 早朝の徳島西部警察署の取調室。絵心の達者な若頭かべがコピー用紙に描いたイラストを上里ともう一人の警官に見せる。それは昨夜のゾンビの足の裏から地面に繋がる金色の糸のようなものの絵だ。


 一夜明けて俺達三人は詰問を受けていた。夕べ俺達がゾンビ共と大立ち回りをしたことで、俺が言った説『ゾンビと大地をシートで遮断すると奴らは力を得られない』が証明され、その事実を即座に伝えたことで石川でもゾンビを食い止めることが出来たらしい、原発に被害が出なくて何よりだ。

 だがそのせいで、俺達はその原理を事細かに説明する必要があった。なんでもあの菌糸は俺達以外には誰も見えなかったらしく、シートの端にいるゾンビに絡んだ警官や自衛隊員が何人かケガをしていた。そんな事もあって朝も早よから取り調べを受けていた。


「信じられんな、まるで漫画やアニメの世界じゃないか」

「ンなこと言ったって、そもそもゾンビなんてもん自体が・・・・・・」

 絵を見てこぼす上里に補佐ふうげつが返すも、それを隣の警官が一喝する。

「三下は黙ってろ! 発言を許可した覚えは無いぞ!!」

 その怒号に子分たちはうっ、という顔をする。昨日の功労者に対して随分な言い草だが、本来ヤクザと警官が仲良く談笑していいわけも無ぇ。この警官は夕べの現場でゾンビに殴られて片腕を骨折しているから尚更だろう。市民を守るという使命を俺達ヤクザに掻っ攫われて、自分はケガしたなんてそりゃ沽券にかかわるだろうしな、無論痛みでイラついてるのもあるだろう。


「まぁそう言うな片津巡査部長、貴重なご意見を拝聴しようじゃねぇか」

 片津と呼ばれた警官を嗜める上里。俺もまた子分二人に目配せしてにやっ、と笑う。警察官って奴は俺らと違って仕事で正義の味方をやらなきゃならねぇ、俺達みたいにポリシーでやってるのとは違う苦労と責任ってもんがあるんだよ。


 その後しばらくゾンビの情報を伝えた後、入り口のドアがトントンとノックされる。入ってきた婦警さんがビニール袋に下げている物を見て思わずごくりと喉が鳴る!

「んじゃ朝飯にしようか。取調室で食うカツ丼は世界一美味いぞ」

「おお、ありがてぇ」

「肉っ! 食わずにはいられないっ!!」

「ああ・・・・・・いつ以来だろうか」

 反社新法が出来て以来、俺達はマイナカードのせいで飲食店への出入りはおろかコンビニでの買い物すらままならない。例えレンチンしたスーパーの総菜カツ丼でも俺達にとってはこの上ないご馳走だ。

「・・・・・・お前らホントにさっさと解散しろよ、カツ丼なんていくらでも食えるぞ」



『間もなく午前八時です、ゾンビ警報が発令されました。最寄りの放送局や自治体からの情報に注視し、避難の準備をしてください』

 食後の茶をすすりながらTVに注目する。今日も朝八時、ゾンビが全国二か所で出現する時が来た、全員が緊張の面持ちで時報を聞き、続報を固唾を飲んで待つ。


 だが、一時間経っても、ゾンビ出現の報道は無かった。


「あれで、全滅したんでしょうか」

「分からんな、元々今までが規則正しく定時出勤してただけかもしれん、油断は禁物だがな」

 片津と上里が顔を見合わせて話す。確かに夕べは初めてゾンビの行進を食い止めた、今朝出なかった理由がそこにあると思うのは無理も無い事だ。


「では私は病院に行った後、勤務に戻ります」

「おー、しっかり治して来い」

 片津が折れた腕を直しに病院へ向かう。この所ゾンビ対策で警察は総動員体制が続いている、おかげで少々の怪我で職務を離れるわけにはいかないらしい、痛ぇだろうにたいした奴だなぁ。


「じゃ夏元さん、この書類を警視庁や関係各所にファックス頼むよ」

「はい!」

 書類を受け取った婦警さんも敬礼して出て行く。さっきまで俺達から聞き出した情報を日本中に伝えなきゃならない、さてどこまで信じてもらえるやら。



 俺達三人が残った部屋で、パイプ椅子に座り直して神妙な表情を見せる上里。どうやら俺達だけに何か話があるらしい。


「で、勝平カッペちゃんよ、どう思う?」

「なんでぇ、藪から棒に」

 質問の主語を省かれてもわかんねぇよ、こちとら中卒なんだからよ。

「ゾンビだよ、分かってるんじゃねぇのか? お前たちだけ・・がその菌糸とやらが見える事に心当たりは無ぇか?」

 知るかよ、見えるもんは見えるんだからしゃぁねぇだろが。


「もしかして・・・・・・俺達がマイナカードを持ってないから?」

 若頭がそう返す。確かにあのカードは高性能マイクロチップが内蔵されている、そこから発する電磁波か何かが、あの光を見えなくしているのはいかにもありそうだ。


「面白い考え方だな」

 ふん、と息をついて返される。言葉とは裏腹に「ンなワケ無いだろ」と言わんばかりのトーンを含んで。

「違うってのか、証拠は?」

「さっき補佐スケベが言ったじゃねぇか、ゾンビはファンタジーだって」

 まぁ確かにオカルトモンスターのゾンビと最新科学のマイクロチップが連動してるなんて不自然な話か。


「俺はな、別の理由があるとにらんでるんだ」

「聞こうじゃねぇか」

 神妙な上里の物言いに、俺達も居住まいを正して続きを待つ。

「ゾンビが出るようになってから、警察はずっとその正体を追っている。各所に出た奴等を撮影して、警視庁の科学捜査班が調べてるんだが・・・・・・コンピューターで顔認証した結果」

 一息ついて、意外な言葉を発する上里。

「同じ個体は、ひとりとして居やしねぇんだよ、全員が別人なんだ・・・・・・・・


「うそ、だろ?」

「マジかよ・・・・・・」

 俺達は驚きを隠せなかった。なにせ毎日午前午後八時にあちこちに出現するし、消えるのもほぼ同時だったもんだから、てっきり同じ連中が日本のあちこちに旅行がてら出てるもんだと思っていた。

 ましてや昨夜、徳島と石川で奴らをボコった結果、今朝は出てこなかったんだからてっきり同じ奴等だと思い込んでいたんだが。


「つまり、だ。このひと月足らずで、一か所につき平均三十体、合計三千体近いゾンビが発生してるんだよ」

 その言葉に絶句した。一体奴らはどこから来て、どこに行こうとしてるんだ・・・・・・?

「で、だ。ゾンビさん達の出現位置だがな、墓地から出たケースは一件も無い・・・・・んだよ!」


「ええ!? 墓地じゃないって、じゃあ一体どこから?」

 若頭が驚いて立ち上がりそう発する。ゾンビといえばお墓から這い出して来るのが定番なのに、あれだけの数がそれ以外の所から出てくるなんて、との意図を込めて。


 だが、俺は上里が何を言いたいのか、この時に解ってしまった。


「出現場所だがな、海からやって来たケースもあり、山深くから湧いて出たのもあった。埋め立て地のアスファルト、大きなビルの基礎部分、河川の土手の下なんかもあった」

「なんスか、その一貫性の無さは」

 そう思うだろうな、まだ若い、修羅場を知らない子分たちにとっては。


「奴らはどうして出てくるんだろうかなぁ。ただ歩きたいだけとも思えないし、わざわざ三途の川を戻って来て、一体何をしたいのか・・・・・・あるいは、何かをしてほしい・・・・・のか」

 顔を見合わせる子分たちを横目に見ながら 俺を見据えて言葉を続ける上里。

「自分たちの弱点が見える、そんな奴らに用があるんじゃ無ぇのか? なぁカッペちゃん」


 そう、俺達ヤクザが、過去に殺した奴らがゾンビになっている、そう言いたいのだ。


 表に出せない死体を処理するため、山に埋めたり海に沈めたり、あるいは土盛りをする土手やダムに放り込んだり、大きなビルの基礎部にコンクリで固めたりと、今じゃ考えられないような死体遺棄犯罪がヤクザにはどうしても必要だった。例えばあの釣具屋の駐車場、そして釣り場の海の沖合もそうだった。


 そいつらが今、ゾンビになって這い出して来ているというのか!


 なんて・・・・・・こった。


 俺は何も言わなかった。もしその事を話せばたちまち心当たりを根こそぎ尋問され、犯罪者として逮捕されるだろう。それがもし表沙汰になって公表でもされれば、いよいよヤクザはゾンビ問題の元凶として日本から完全に駆逐されること疑いない。


 侠客として、正義の味方としてやってきた事が、自分の首を絞めまくっていると知った今、俺は、俺は・・・・・・




 警察署を出て事務所に帰ったのは夕方だった。俺は神妙な顔をして電話をかける、相手は大阪の本家、天狼組の事務所。

『おお岩熊か! お前の活躍見てたぜ、さすが侠客だ、やったな!』

 腐れ縁の本家若頭、梅之助が開口一番嬉しそうにそう告げる。昨夜の俺たちの活躍をTVで見てたんだろう、だが今の俺はそんな奴に、意気揚々と言葉を返す事が出来ない。


「梅之助、ひとつ聞かせてくれ」

 なんだよ、と陽気に返事を返して来る。なぁ梅之助、そして総会長、このゾンビ騒動は、俺達を破滅につき落とすための物なのかもしれねぇんだよ。

「大阪のゾンビが出たのは道頓堀だったな、あそこに何か心当たりは無いか?」

『心当たり?』

「・・・・・・ゾンビってのは、成仏できない死体の事だ。そんな大勢の死体に、死体を捨てた場所に・・・・・・心当たりは無いか、って聞いてるんだよ」


 ガタン、ゴトトッ!


 耳元に響く衝撃音、どうやら携帯を落っことしちまったようだな。ああ、やっぱりそうなのか、そうなん、だろう、なぁ。



「おやっさん、本家に何の電話してたんです?」

「さっきから元気無いッスねぇ、今や日本の裏ヒーローなのに」

 晩飯の準備をしている子分二人にそう聞かれた。ああこいつらは呑気でいいよな、だったらせめて・・・・・・

「ちょっと話がある」


「何なんすか? 改まって」

「神妙な顔してどーしたんですか? らしくないですよ」


 すまんな、お前たちをこれ以上、この世界に居させるわけにはいかなくなったんだよ。



可部 鈍かべ どん、並びに風月 助平ふうげつ すけべい。お前たち両名を、たった今より我が岩熊組から、絶縁とする!」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る