第九話 池田ダム攻防戦

『間もなく午後八時です、ゾンビ警報が発令されました。最寄りの放送局や自治体からの情報に注視し、避難の準備をしてください』


 今日も午後八時、ゾンビが湧く時間が迫る。もはやそれが日常になった日本中で、今回は一体何処に出没するのかを国民全員が固唾を飲んで見守る。


 ピッ、ピッ、ピッ、ポーン


 時報が午後八時を告げる。どこだ、今日はどこに出る……?


 二分三十秒後、TVが、ラジオが、ネットニュースが一斉にその情報を告げる。

『ゾンビが出現しました。石川県羽咋郡志賀町小浦周辺、県道36号を北北西に向かって行進中』


「なんだ北陸か、本っ当に四国に出ねぇなぁ全く」

 四国の岩熊事務所、岩熊勝平と子分二人がどっかりとソファーや椅子に腰を下ろす。もし自分たちが駆け付けて間に合う所に出たら速攻で向かって退治する気満々なのだが。

 いつぞや淡路で経験したブルーシートを敷いて弱体化させる方法を試したいというのが一番の目的だ。もしあれが立証されれば間違いなくソンビの脅威は無くなるだろう。まったく、お上もヤクザの案だからって無下にせずに試してみてくれんかなぁ。


「あと一か所がどこに出るかですよね、速報まだ来ないかなぁ」

 若頭の言葉に「だな」とラジオに耳を傾ける。妙な事にこのゾンビ共、午前と午後の八時に日本のどこか二か所に同時出現していた。出没場所次第で発見にタイムラグがあるため、人気のない山奥などに出た場合は通報が遅れる場合もままある。


 が、その放送が成される前の別の速報が彼らを、そして日本中を戦慄させる。


『石川県のゾンビの進路上、志賀原子力発電所を通過する事が確認されました! ゾンビ特別アラード五条により、自衛隊の緊急出動が要請されました!! 付近の住民は速やかに、車を使わない避難を……』


 思わずがたがたっ! と立ち上がる。とうとう、出てはいけない所に出やがったか! 田舎や山ン中に出るなら被害はそうはない。だが都会に出たら破壊される建物の被害は甚大だろう……そして、それ以上に最悪な出現場所が、原発やダム等の二次災害が懸念される施設だ。もしそこにゾンビが出た場合はゾンビ対策法により自衛隊の出動が可能になっている。

 無敵のゾンビだが、銃器や爆発物で吹き飛ばせばその肉片や骨を散らせることが分かっていた。ピストル程度じゃカエルの面に小便だが、重火器や戦車砲でひたすら蜂の巣にすればやがては跡形もなく蹴散らせるだろうとの専門家の意見もあり、その案が可決成立していた。

 もちろん街中でそんなドンパチをやるわけにはいかない。なので特別にヤバい時だけ行われる最後の手段なのだが、とうとう来ちまったのか、と臍を噛む。


「くそ! もしブルーシートが効いたんなら、そんな無茶苦茶する必要も無ぇのによ!」

 その時までに実証できなかったのが悔やまれる。俺の説が正しければどこに現れようが人力だけで取り押さえられる事が出来たはずなのに・・・・・・それを試せないままもし万が一のことがあれば悔やんでも悔やみきれねぇ。


 と、ラジオから緊急速報の音と共に、別のアナウンスが流れる。

徳島県・・・池田町でもゾンビが出現した模様です、進路に当たる皆様はすみやかに非難を……』


 がばっ、だだだだぁっ!!

 今度こそ猛然と立ちあがり、床を蹴飛ばして走り出す。ついに駆け付けられるところに現れやがった、これでハッキリする、ゾンビに地面との遮断が通用するかどうかが!

「俺はカブで行くから二人は車で来い! ブルーシート忘れんなよ!」

「「はいっ!!」」

 雨が降る中、俺のカブが水しぶきを上げて爆走する。このさい法定速度を気にしてる場合じゃ無ぇ、警察も俺の道交法違反よりゾンビ対応が優先のハズだ。何より池田町までは急いでも二時間はかかる、このチャンスを逃すわけにいくかよ!



 二時間後、ようやく池田町に到着した。子分二人の軽トラは渋滞に巻かれたのかまだ見えない。肝心のゾンビだが、人だかりを辿って行けばほどなく見つかるハズだ。例によって野次馬や警察のマイナカードが鬱陶しいので、なるべく人混みの外から様子見を……。


 いた! ヘリのスポットライトを浴びて行進するゾンビ共。県道から吉野川へ向かう土手をゆっくりと降りて行っている、あれなら住民の家や畑なんかを破壊する心配も無さそうだ。現に見物人からも安堵の声や、安心して帰宅する者の姿も見えている。

 これはますます好都合だ。子分の軽トラが着いたらブルーシートを持って河川敷に降りて試せばいい。警察も住民も土手の下までは降りてないので俺達にあれこれ構うこともないだろう。


「組長、お待たせしました」

「っしゃ! 絶好の状況だぜ、行くぜ野郎ども!!」

 到着した二人からシートを受け取り、警察の進入禁止ロープを飛び越えて土手の切れ目から河川敷に駆け下りる。目指すゾンビ共は河原縁をゆっくり歩いており邪魔者は皆無だ、これなら思う存分にやれ……


 ピーーーーッ! ピーーーーーッ!


 耳をつんざく警報音が鳴り響く。何事だ?という疑問は次のアナウンスにより、最悪の形で氷解する。


 ―ゾンビの進路上に池田ダムがあります! 破壊による増水の恐れがある為、ただちに周辺流域の住民は避難を開始してください―


「なん、だとぉっ!?」

 石川に続いて徳島でも最悪の進路かよ! というかゾンビが出てからもう二時間たってるのになんで予想できて無ぇんだ全く!


 彼らは知らぬことだが、日本中が石川の方に注目していてこちらに対する警戒が薄かったのもある。加えてゾンビが土手を駆け下りた際、やや進路がズレてしまった事がこの最悪の進行方向を取らせてしまっていたのだ。


 土手の上から、警官共の右往左往しながらの叫びが響いて来る。

「自衛隊はこっちに来られないのか!」

「無理です! 主だった部隊は全部石川に向かっているそうで……」

「最寄りの駐屯地からでも二時間はかかります、今からだと間に合いません!」



「やるしか無ぇな! お前ら、ゾンビの足元の光、見えるか?」

「はい、なんか納豆みたいな金色の糸」

「ネチャってますね、TVじゃ見えなかったけど、確かにあります!」

 河川敷を走ってゾンビを追い越しながらその足元を見る。やっぱりくっきりと見えてるじゃねぇか、警官共の目は本気で節穴かよ全く!


「ようし、やるぞお前ら!」

「っしゃぁ!」

「おいっす!」

 ゾンビの進路の前に立ちはだかる俺達。ほんの百メートル背後には池田ダムの壁!

 今こそ我ら岩熊組の男気を見せる時だ。さぁ、やってやるぜ!


「行きます!」

 若頭と補佐が左右に分かれてブルーシートを広げ、ゾンビの歩みの先に敷き詰めようとする。が、夜の雨の河川敷、濡れた石ころに足を取られて補佐がスッ転び、若頭が風にあおられて舞い上がったシートをなんとか押さえにかかる。

「何やってる、しゃんしゃんしっかりせんかっ!」

「すんません!」

 俺の活に応えて改めてシートを広げ、迫り来るゾンビの足元に敷き詰める。その上を先頭のゾンビが一歩踏みしめ、続いてぞろぞろと後続が絨毯に上がるように歩を進める、よしよしいいぞ!


「行くぜゾンビ共! どおおりゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」


 先頭のゾンビに猛然とストレートパンチを突き出す。さぁ、どっちだ? 俺の拳が砕けるか、お前の顔がひしゃげるか! いざ勝負じゃあ!!



      ◇           ◇           ◇    



「そこの三人、すぐに離れなさーい、危険です。ゾンビに近づくことは法令により禁止されていまーす!」

 土手の上、警察官がスピーカーで河原に向かってがなり立てる。行進するゾンビのすぐ前で三人ほどの人間が何やらブルーシートを広げようと動き回ってるのだ。

「またユーチューバーかよ、目立ちたがり屋も大概にしろっての」

 隣の警官が思わずごちる。ゾンビ騒動初期にインタビュアーとユーチューバーが殴り殺されて以来、意図的にゾンビに接近する事は禁止されている。それでも認証欲求を満たしたい馬鹿な若者がゾンビに近づこうとするのが後を絶たず、各地の警察官はゾンビそのものよりむしろその対応に追われがちになっていた。


「なんだ、どうした?」

「あ、上里課長、ご苦労様です。またゾンビに近づく者がいて……」

 警官の後ろから現れた背広の老刑事の問いかけに、呆れた口調で返す警官。見れば確かにヘリのスポットライトを浴びたゾンビの先でブルーシートをわちゃわちゃと広げようとしている三人組の姿が……。


「ブルー、シート?」

 上里にはひっかかる物があった。ゾンビにブルーシート……なんだっけ、確か。


「ああ! あいつらぁっ!!」

 思い出した。県南のヤクザ岩熊が確かそんな事を言っていた。なんでもゾンビの足の裏には地面と繋がった金のコードがあり、それで地面の力、つまり地気を吸い上げてあり得ないパワーを得ていると力説していた。まさかあいつら、そんな子供向け漫画のような話を、本気で信じてるのか?


「バッカ野郎っ! 何やってやがる、すっこんでろおぉぉーーーっ!!」

 土手のガードレールに身を乗り出して叫ぶ。アイツはヤクザだが死なせるには惜しい男だ。俺の手で解散届を書かせるまで死なれちゃ困るんだ、ヤクザがいっちょ前に正義面してんじゃねぇっ!


 ―どおおりゃあぁぁぁぁぁぁっ!!―



 岩熊のパンチが雄叫びと共に、先頭のゾンビに伸びて行き……そして、突き刺さった。


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