第八話 弔い

 あれから、二週間が過ぎた。


『今朝八時、千葉県と鳥取県に出没したゾンビの群れは、現在も行進を続けております。進路に当たる住民の皆様は至急避難を・・・・・・』

 オンボロラジオの流すニュースを目覚まし代わりに、俺は起き上がって伸びをする。ようやくケガも癒え、今日からいつもの日常に戻る予定だ。

「おやっさんお早うございます、今日は千葉と鳥取ですってね」

「あー、みたいだな。被害が少ないといいんだがなぁ」

 若頭かべ補佐ふうげつももう起き出して朝飯の準備を始めている。先の大阪からの土産の米が俺たちの食生活をずいぶん助けてくれたおかげで、この老体の回復も思ったより早かった。


 ゾンビはあれから連日、日本各地に出没していた。ちょうど午前と午後の八時前後に湧いて出ては、直進行軍を三時間ほど繰り返して土中に沈んでいく行為を繰り返していた。

 政府の打つ手は早かった。もし家や財産がゾンビに破壊された場合すぐさま保証する制度をわずか一日で可決、成立、そして執行したのだ。徹底的管理社会における現代で、下らない事でモメて金をたかったり政府を批判して自分たちの株を上げようとする連中が淘汰された事もあって、今までの民主主義ではありえない早さで法整備が出来た。

 おかげでこの二週間、ゾンビによる人的被害は僅か二軒だけだった。ゾンビに突撃インタビューを敢行したTVリポーターと、ゾンビと戦って再生数を稼ごうとしたユーチューバーがお亡くなりになっていた・・・・・・何やってんだこいつらは、流石に同情の余地も無いわ。


 あと、淡路島で俺が気付いた仮説、ゾンビは地面からエネルギーを吸収して力に変えていて、ブルーシートなどを敷いて遮断すれば奴らの力は弱まるというのは一応、上里の奴には伝えておいたが、翌日にはその対応策を却下する通知が成されていた。

「お前の言う『黄色の菌糸』って、全然見えねぇんだが・・・・・・ゾンビにやられて幻覚でも見たんじゃねぇか?」

 俺が見た、ゾンビの足の裏から地面に繋がる金の糸。ブルーシートの上で弱ったゾンビが倒れた時には手の平から見えた。そしてそのゾンビはたちまち強さを取り戻していたんだが、その後のゾンビの出没現場ではその足元に金の糸なんか見えなかったそうだ。俺も上里のタブレットで中継を見たが、確かにその足元は光っていなかった。


 まぁ確かにあの時俺はこっぴどくやられていた。だから幻覚を見たってのもあり得ねぇ話じゃない。だが、やはり気になる。あの時ゾンビが弱ったのが他に原因があるとも思えない。

 とはいえ不確定な情報を採用させるわけにもいかないのもわかる。もしブルーシートの上を歩いてきたゾンビが本来の力を発揮して人を殴ったら確実に死亡するだろうし、そのガセ情報をヤクザの俺が流したとなれば、いよいよ世間からのバッシングは目も当てられなくなるだろう。


「そろそろ俺達が駆け付けられるところにも出ねぇかなぁ」

 もう一度あのゾンビと相対すればその事を確信できるだろう。しかし残念なことにゾンビ共は自分たちの地元には出没していない。軽トラは辛うじて修理出来たとはいえ走るのがやっとの状態だし、カブもスピードが出る乗り物じゃない、三時間の制限時間で駆け付けられる場所にゾンビが出なかったんじゃどうしようもねぇ。


 ちなみにウチの事務所は四国の海岸線、徳島県と高知県の県境にある。この土地は昔、幽霊屋敷が立っていて、住人が次々と怪死する事件が起きた事から取り壊されていた。が、その後に立てた家でも同様の事が起こったんで結局取り壊されて更地になっていたのを、上手く格安で買い取ってプレハブを建てて事務所に仕立て上げた。

 県や国にしても、他の所にヤクザの事務所を建てられるなら、いっそ呪いの土地に居て貰おうと黙認されていた。ちなみにプレハブを建てる際、俺達も妙な気配に身震いしてたが、地鎮代わりに花を摘んで添えて拝んでやったらそれだけで怪奇現象は起こらなくなった・・・・・・成仏できない霊でもいたんだろうか。



 さて、今日は釣りの日だ。本家の天狼組から足を洗った知り合いが細々と釣具屋をやっていて、エサや釣り具を融通してもらっている。とはいえ大っぴらに買いに行って他の客と鉢合わせると店主が元ヤクザである事がバレかねないので、その釣具屋が休みの日に仕入れ業者を装って店の裏手から会うって寸法よ。

「じゃあ先に行っててくれ、俺も後から行くからよ」

「うぃっす!」

「目標、三日先までのおかず確保!」

 子分二人が張り切って軽トラで出発する。もちろん俺達にとって釣りは遊びじゃなくて大事な食糧確保、言ってみりゃこれもシノギの一環よ、なんとしても釣果を上げなきゃなぁ。


 さて、俺はひとつやる事がある。事務所の裏手の山際、表道路から見えない所に咲き乱れている花をいくつか摘んで、ペットボトルに刺してカブのかごに乗せる。ここの花はこの場所を地鎮した時にそえた物を植え直したのが根付いていて、毎年季節ごとに色んな花を咲かせている。まぁ俺も二人も別に花をめでる趣があるわけじゃねぇがな。



「今はアイノバリ(アイゴ)がよー湧いとるけん、狙い時でよなぁ」

 釣具屋店長の言葉にうっし!と拳を握る俺達三人。アイゴといえばこの四国東部じゃ人気の美味な魚だ。トゲのあるヒレは厄介だが、身はぷりぷりして甘みがあり、刺身でも一夜干しでも絶品で、卵や白子はもうご馳走のレベルだ。臭いのきつい内臓も煮つけにすりゃオツなおかずになり酒が恋しくなる、これは是非とも釣って帰りたいもんだ。


 エサを買って店を出る。俺はカブからさっき摘んだ花の入ったペットボトルを取り、駐車場の端っこにアスファルトから突き出ている水道パイプに水を注ぎ、半分の花を生ける。

 そして瞑目して手を合わせ、深々と拝む。


「毎回やってますね、それ」

「おやっさんの情婦イロだった人、ここで亡くなったんですよねぇ」

 俺の後ろで子分二人も手を合わせる。俺はまぁなとだけ返して、もう一度合掌してから立ち上がる。

「じゃ、行くか!」

「「おっす!」」


 出発する俺達を見送った後、釣具屋の親父さんもまた、その花に向かって手を合わせ、瞑目する。

(さすがに、あの若いの二人に本当のことは話せないわなぁ・・・・・・)



 海岸線に車とカブを止め、道具を持って山登りを開始する。目指す釣り場は陸から歩いて行ける地磯だ。ただカタギの衆と鉢合わせになるとアレなんで、わざわざあまり釣果の上がらない、しかも根掛かり(針引っ掛け)のする不人気スポットを目指して険しい崖を上り下りしなきゃならない。ほんっと、ヤクザには生きづらい世の中だぜ。


 ようやく釣り場に到着。子分二人が撒き餌や仕掛けを準備する中、俺は持ってきたペットボトルの中に残った花を海に撒いて、ここでも手を合わせて瞑目する。

「おやっさーん、仕掛け手伝ってくださいよー」

「その豊漁のまじない、ホントに効果あるんスかねぇ」

「うるせー、釣れるも八卦ボウズも八卦だ! うだうだ言ってねぇでさっさと仕掛けねぇか!」

 へーへー、という感じで作業に戻る二人。俺はもう一度海に向き直ると、改めて沖に流れて行く花に向かって祈る。


 どうか、安らかに眠ってくれよな。



      ◇           ◇           ◇    



 俺が侠客を志し、ヤクザの道に足を踏み入れて少し経った頃、西日本一帯で既存のヤクザと新興勢力の愚連隊組織との間で、大きな抗争事件が起こった。


 九州、中国、関西、そしてこの四国でもそれは例外では無く、まだ若かった俺も連日鉄砲玉や突っ込んでくるダンプカーと格闘する日々が続いた。無論まだ部屋住みの若集である俺がピストルなんぞ持てるはずもなく、刃こぼれしまくったドスを必死に振り回すのが関の山だったが。

 当然、死人も大勢出た。俺は誰一人殺せなかったが、上層部では本気の銃撃戦や暗殺者たちが死闘を繰り広げており、敵は海外マフィアまで呼び込んで抗争は拡大するばかりだった。


 そして、当然のように発生する厄介な問題があった。そう、死体の処理だ。時代柄ヤクザに対する世間の当たりは弱かったとはいえ、表沙汰にすりゃ組員が大勢引っ張られちまう。なので多くの死体を秘密裏に処理する場が必要だった、そんな仕事に俺みたいな下っ端は散々駆り出されたんだよ。

 大量の仏さんを担いで埋める、何度吐いたかわかりゃしねぇが、そんな俺のヘドすら一緒に土の中に埋められた。悲しくて辛くて、泣きながら死体を運んだのを覚えている。

 最初は海岸通りにある空き地だった。深夜にパワーショベルで穴を掘り、死体を放り込んで土を被せる。夜が明けるまでに更地に戻し、次の日の夜には再び掘り返して新たな死体を埋める。あのショベルで土と一緒に掻き出された死体の一部を、俺は生涯忘れることが出来ないだろう。


 それが今の、あの釣具屋と駐車場のある土地なんだ。

 だから俺は今も、あの場所に花を生けるんだよ。


 埋めるキャパが限界に達すると、今度は海に沈めるよう方向転換が成された。漁船に死体を詰め込んで沖合に出て、深度が深くなっている所でコンクリ片をくくりつけて死体を海に投げ落とす。あの一人一人の恨めしそうなその目も、俺は生涯忘れることが出来ないだろう。


 それが今の釣り場から10kmほどの沖合なんだよ。

 だから俺はせめて、花を流して弔いてぇんだ。


 その抗争が終息した後、俺は正式に杯を下ろしてもらった。あの地獄を生き抜いて尚ヤクザをやめなかった意気を汲んでくれたんだろう。


 けどな、俺は正直絶望していたよ、ヤクザっていうのはこうも簡単に人を殺すもんなのかと。

 あの担いだ死体も、ショベルで掻き出された生首も、もしほんの少し出会いが違ってたら、一緒に笑いながら酒を飲んだ仲になってたんじゃねぇのか? いくら奴らが大親分やその家族、女子供まで殺そうとして、カタギの衆を人質に取ってまでシマを乗っ取ろうとした外道でも、何も殺す事は無かったんじゃねぇか? 生かして奴隷同然にこき使っても、やがては笑い合える仲になった未来はあったんじゃねぇかよ。


 甘いと言われてもいい、軟弱者と笑われるのは望むところだ。それでもヤクザかと言われたら、俺は胸を張って応える、俺は侠客だ、と。


 だから俺は、背中にこの文字を刻んだ。幼稚さは百も承知で、甘さを十全に受け入れる覚悟で。


 後に『天狼組に不殺の豪傑あり』と呼ばれるその男の背中に、その文字はあった。


 せいぎの

 みかた

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