第六話 淡路島の死闘
「やれやれ、すっかり遅くなっちまったなぁ」
夜八時前、俺は軽トラで明石海峡大橋を渡り切り、高速を降りて淡路島の下道を走っていた。来るときは緊急時だからと全部高速を使って大阪まで行ったが、帰りは金を節約するために明石大橋と大鳴門橋だけしか高速を使わない予定だ。お陰で大阪と神戸の夕方の渋滞に捕まって日が暮れちまった。
「ま、本家からさし入れ代わりに米一俵と冷凍の肉貰ったからいいか、これで子分たちも喜ぶだろうしな」
思わぬ収穫もあって満足できる一日になった。久々に
田園地帯の真ん中の交差点、赤信号に引っかかって止まった時、左側の歩道に数人の女の子があでやかな浴衣を着て、楽しそうにはしゃいでいるのが見える。
「ああ、夏祭りか」
懐かしい。祭りといえば一昔前は俺たちの稼ぎ時、テキ屋の屋台の仕事に汗を流したもんだ。たこ焼き、パットライスに綿菓子、金魚すくいに的当て。あんな女の子達が彼氏や親にお金をねだりつつ、楽しそうに美味しそうに買って行ってくれたもんだ。だけど今は……。
「ちょ、カード震えてるよ」
「やだ、この人ヤクザ?」
「ちょっと、見ちゃだめだよ千絵」
これだよ全く。早速彼女らの持つマイナカードが『カードを持たない人間』を感知して知らせてやがる。こんなんじゃ屋台なんか出してもだーれも近寄ってこねぇだろう、テキ屋なんてヤーさんの収入源なのが、昔から当たり前だったんだがなぁ。
「はいはい、青になったから反社者は消えますよ、っと」
ギアを入れ発進し追い越していく。バックミラーで見てみると彼女たちもほっとした様子で歩き始めていた、まぁせいぜい楽しんで来いよ。
と、さらに先にも浴衣を着た一団が歩いて
・・・・・・ん?あいつら、なんで
さっきの女の子たちとこの一団の間には祭り会場なんてなかった。このままだとこいつらと彼女らは会場に着く前に合流することに・・・・・・
一団とすれ違う。その姿を間近で見て、雷に打たれたような戦慄が走り、全身から冷や汗が噴き出す
「ゾンビかっ!!」
遠目じゃ夜の闇で気付かなかったが、近くで見ると明らかだ。全員が赤い斑点模様の着物だと思ったら、皮が落ちて中身が見えてるだけじゃねぇか!
「まずい! このままじゃあの娘たちと!!」
ジャッ、とサイドブレーキを引いて車をUターンさせる。ゾンビと娘たちの距離は……あと三十メートルほどか! これなら間に合う、急発進してゾンビを追い越して彼女たちの元へ!
右車線を疾走して彼女たちの横で急停車する、窓から顔を出して、何事かと後ずさる女の子たちに向けて怒鳴りすえる。
「ゾンビだ! 逃げろぉっ!!」
吠える俺にビビって固まる数人の女子達。もしこれが間違いだったら事案確定で俺は間違いなくブタ箱行きだが、それでもそうせずにはいられない。俺を怖がってアクションを起こせない彼女たちに、ゆっくりとゾンビ達が歩みを進める。
「ニュース見て無ぇのか! 東京や大阪でも出ただろうが、あのゾンビだ、目の前にいるぞっ!!」
え、え、え? という表情で目線を俺から目の前の歩道に迫るゾンビ達を見て、その表情を蒼白に変える。
「き、きゃあぁぁぁーーっ!」
「う、うそでしょう?」
「い、嫌あぁぁぁぁぁ!」
ようやく認識したのか、悲鳴を上げて道を駆けだしていく女子たち。だがそのうちの一人が足をもつれさせたのか、その場から後ずさった後、ぺたん、と尻もちをつく。
「くっそ、がぁっ!」
軽トラを再発進させ、歩道に乗り上げて娘とゾンビの間に割って入る。早く逃げろと声を荒げて叫ぶのに答えて娘は尻もちをついたまま後ずさる、早く、早く逃げろ!
がこん!
鈍い音と共に軽トラが揺れた。俺のすぐ右、運転席のドアのすぐ目の前にゾンビの顔があった。髪ごとむしったように頭から顔まで剥がされた皮の真ん中ほどに、肉に埋めこまれたような目玉がギョロリと動き……。
「うぉわあぁぁぁっ!?」
天地が激しく回転した。咄嗟に手足を踏ん張って全身に力を入れ突っ張る。上下が何度も入れ替わり、俺の愛車の四隅が次々にひしゃげ、窓ガラスが派手に音を立てて舞い踊る。
がこぉん! と派手な音を立てて動きが収まった時、ようやく俺は何をされたかを理解した。あのゾンビ、まるでちゃぶ台をひっくり返すように軽トラをぶん投げて転がしたんだ!
幸いにも上下正しく着地した車のドアを開け……歪んでいて開かないので蹴っ飛ばしてドアを外し車外に出る。どうやら俺は道路の反対側の歩道まで転がされたようだ。
幸いと言うか頭でっかちの軽トラの形状から、真っすぐには転がらずにカーブを描きながら横転し続けた為、女の子たちの方に真っすぐは飛ばされなかったようだ。だが車はもう完全にスクラップだろう、本家に貰った米袋や冷凍食品が入ったクーラーボックスも道路に転がって、中身をぶちまけている。
「こんの野郎ぉ! よくもおぉぉぉっ!!」
俺を車ごとぶん投げた先頭のゾンビに向かって突進する。ふざけた事に奴はこっちなど見向きもせずに歩道を真っすぐ、少女達に向かって歩き続けている。この女好きが、俺を無視すんじゃねぇよ!
転倒とガラスの切り傷でちくちく痛む全身を爆発させ、ゾンビに向かって猛突進!
「どりゃあぁぁぁぁっ! 車と米の仇だぁっ!!」
助走の勢いと九十五キロの全体重を乗せてヤクザキックをどてっ腹にぶちかます! 俺よりずっと華奢なこのゾンビが不意打ちでこのケリを食らったらさすがに……。
ビキィッ!
「ぐあっ!?」
蹴り足の痛みに顔を歪める。なんだ!? まるで電柱か信号機でも蹴飛ばしたみたいに微動だにしねぇ。生き物の体とは明らかに違う固さが足の裏に衝撃となって走る……なんなんだ、コイツらは!
脚から全身にかけて痺れて動けない俺の体を、そのゾンビが抱え込むようにホールドする。そして……。
ブォンッ!
「!!!?」
一瞬の意識のブレの後、俺は空を飛んでいた。電柱のてっぺんが同じ高さに流れ横切っていく、俺が奴にぶん投げられたと認識した瞬間、全身に衝撃が走った。
びっちゃあぁぁぁん!
泥水が派手に立ち上る、転がる全身に茶黒いしぶきと緑色の草が目に入っていく。遅作の田んぼに突っ込んだのか、あれだけ派手に飛ばされてもどうやらまだ生きているらしい。くそったれ、反則だろあんなの!
全身を起こそうとする。だが頭は落下の衝撃で視界グニャグニャで、体は裂傷と打撲が痛みのせめぎ合いを続けている。一歩踏み出したところで、べちゃっ、と水田に突っ伏す。
「く、くそ……」
泥を咬みながら、二十メートルほど先の歩道を歩くゾンビ達を睨みつける。その時、俺は妙なものを、見た。
「なんだ、ありゃあ」
行進を続けるゾンビ共の足の裏が、まるでホタルのように金色の光を放っている。さらに目を凝らしてみると、足を上げるたびに足の裏から地面まで、まるで納豆のように金色に光る糸を引いている。
「腐ってるから、糸を引いている、のか? だが、なんで、光って・・・・・・」
さっし蹴飛ばした時は、ゾンビの体は腐るどころか鋼鉄のように丈夫だった。だがその足の裏だけはまるで納豆かオクラをかき回しているかのように金の菌糸を引いている。どういう……?
「千絵! 早く、早くーーーっ!」
「!」
黄色い悲鳴が思考をぶった切った。見ればさっき尻もちをついた娘がそのままの体勢で固まっている、腰を抜かしたか!
「嫌ぁー、千絵、早く逃げてー!」
「立って、そのままじゃ死んじゃうよー」
二十メートルほど離れた所で彼女の仲間が悲鳴を上げる。友達を見捨てて逃げられはしないが、あの恐ろしいゾンビに自分から近づいていく事も出来ない。だから、ただただ悲鳴を上げる。
「うおぉぉぉぉおお!!」
全身に気合を巡らせて立ち上がる。か弱い乙女が絶体絶命のピンチなんだ、ここで立たずして何が侠客、正義の味方だ!
がっぽがっぽと水田を突き進む。きしむ全身が悲鳴を上げるがそれがどうしたい! ここが男の正念場、侠客である俺様の花道よ! 待ってろよ小娘、お前らだけは絶対に助ける!
ゾンビのいる道路まで五メートルまで来た時、俺は田んぼの脇のスロープ、トラクターが降りる為のコンクリ舗装の所に何かが置かれているのを見つけた。
「ブルーシート! そうだ、これなら!!」
あの重機のようなパワーと硬さのゾンビに勝つ方法なんざ分からねぇ。だがヤツらだって目で見て物を認識してるのに違いあるまい、だったら、コイツを使ったら!
「ひっ、ひっ」
腰を抜かして座り込んでいる少女、千絵は、迫り来るゾンビの恐怖に息も満足に出来なかった。手足は言う事を聞かず、心臓だけがバクバクと暴れまわる。目の前を絶望が埋め尽くし、走馬灯が涙に滲んで現れては消え……。
ぶわさーっ!
その視界が、青い色に包まれた。
そして次の瞬間、彼女は腰を抜かした体制のまま、お姫様抱っこに抱えあげられる。
「しっかりせんかい小娘、逃げるぞ!」
俺は娘を抱えあげてゾンビと逆方向、仲間の娘たちがいる方向に走り出した。ゾンビ共には頭からブルーシートを放り被せて視界を防いでいる、今なら少しは時間が稼げるはず、だ……。
目の前が暗転する、娘を抱えている両肘に鈍い痛みが走る。意識が急速に朦朧とする、ヤバい!
……
次に目を開けた時、目の前には藍色の浴衣に血と泥の色を振りまいた少女が。俺の襟を掴んで揺さぶっていた。
「おじさん! しっかりして、目を開けて、早く逃げてっ!」
ああ、いかん。少しの間失神していたらしい、オマケにカタギの女の子を押し倒す形で、奇麗な着物を泥と血で汚しちまった、こりゃぁ重罪だ、な。
「あー、ゴメンなお嬢ちゃん、奇麗な浴衣汚しちまってな」
「うしろ! ゾンビが来てる、早く、早く逃げて、私はいいからっ!」
馬鹿言っちゃいけねぇよ。俺様は正義の味方だぜ、どこの世界にか弱い少女を見捨てて逃げる正義の味方がいるってんだよ。どれ、続きやるか、どっこら、しょ、っと。
立ち上がり、振り向いた時。目の前には一体のゾンビが、今まさに俺にパンチを打ち下ろす瞬間だった。
(あー、終わった、か)
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