第五話 折れて、たまるかよ
「まぁ、茶でも飲めや」
「ああ、すまんな」
大阪、天狼組の事務所。ソファーに腰を下ろした俺は向かいに座る若頭、梅之助に言われて出された茶をずずっ、とすすった。
「ちっとは痛感したろ、都会のヤクザのしんどさを」
あれから俺は本家の事務所に転がり込んでいた。なんというか、六十五にもなってここまで痛ましい思いをするとは思っていなかった、自分の信念が、生き様が、まるで世界から丸ごと剥離した気分だった。
ソンビに蹂躙された街、そこに助っ人をするつもりで到着した自分。そんな俺が受けたのは、嘲笑と軽蔑と嘲りでしかなかった。そりゃ確かに間に合わなかった、だから騒ぎが収まるのを待ってカッコつけて出て来たと思われるのも仕方ない。
だけど、あの場で受けたのはそれだけじゃなかった。世間からの俺達に対する明らかな拒絶、お前らの居る場所は
ふぅ、と息をついて天井を見る。俺は侠客、正義の味方だ。だけど世間はもうそんなもの必要ないと言っている気がした。
「見ろよ、もう晒されてるぜ」
梅之助がスマホをこちらに向けてくる。ハッシュタグ『ヤクざまぁ』に並んでる画面に映ってるのは、さっき現場に駆け付けた俺の一連の姿だった。添えられているコメントは予想通りの悪口雑言ばかりだった。
「やれやれ……俺をこき下ろす前にやる事あんだろうがよ」
がれきの撤去でも交通整理でもケガ人の手当てでも、ゾンビの襲われた自分たちの生活を少しでも元に戻そうとするべく動くのが普通の話だろう。なんぼ俺達ヤクザが嫌いでも、そんな事に時間を割いているヒマは無い筈だし、そんな不心得者は逆に叩かれて炎上するもんじゃないのか。
「スワイプして、昨日の記事見てみな」
スワイプの意味が分からない俺が固まるのを見て、梅之助が画面をスライドさせて前の記事を見る。おお、やっぱスマホはすげぇなぁ……って!
「キ、キサンっ、おみゃぁ!」
愕然とした。昨日福岡で殺された
『ヤクザが壁でトマトピザ化w』
『ゾンビGJ』
『ケンカヤクザw真っ二つざまぁ』
『事務所崩壊でメシウマー』
……はらわたが煮えくり返る思いでコメントを見る。
「こいつら、人の命をなんだと思ってやがる!」
「ヤクザはもう『人』じゃねぇのさ、カタギの衆にとってはな。分かってるだろ」
今から八年前に現れた一人の政治家によってこの国はまさに激変した。何の後ろ盾も無いその男は、卓越した演説力によってたちまち政界に食い込むと、他派閥や闇のフィクサー達の妨害を正論演説だけで叩き伏せ、ついに総理まで上り詰めた。
そして日本は変わる。彼はなんとこの国を『徹底した管理社会』に変えるとぶち上げたのだ。普通ならそれは民主主義国家の独裁化、政府による国民の家畜化として猛反対を受けただろう。だがそれは彼の演説で放たれたこの言葉によって、完全にひっくり返った。
「我々が国民を管理するのではありません、国民の皆さんこそが『我々を』管理するのです!」
民主主義の大原則、国民による政治。その為の社会悪の排除すら国民の監視に委ねる法案がついに可決された。まず手始めに政府で使われる税金の流れを全て公開し、国民すべてが閲覧できるようにした。しかも過去二十年間に渡ってのデータも込みで。
いわゆる『中抜き業者』はこれで完全に壊滅した。それに連なる政治家の大物や裏のフィクサーは民間人によって次々と凶弾され、その地位も金も権力も全てはぎ取られていった。民衆が上級国民を叩きのめすという痛快な構図に、大多数の国民が今の政治を熱狂的に支持していったのだ。
また移民・難民問題やLGBT、SDGSといった少数者を優遇し、大多数に負担をかける方針にもストップをかけた。難民が日本に入国する際に一定期間の教育を施し、『
そしてそういった
新マイナンバーカードを制作するにあたり、政府は二百億を超える予算を計上し、それを中抜き一切なしで、開発の下請け業者に直下ろしした。応えて彼らは世界中から技術者やハッカーを雇い、一大プロジェクトチームを立ち上げて完璧なシステムを構築し、何物にも破れないプロテクトと情報の流出や改ざん、偽造を許さないマイナンバーカード(マイクロチップ入り)を作り上げたのだ。
しかも五十億もの余剰の予算を『このカードを破るシステムを開発した者への賞金』としてプールしたのだ。世界中のハッカーも犯罪行為に手を染めるよりは、堂々とその手口を提示して大金を貰い、名声を上げる事に躍起になった。見つけられた抜け穴はその都度修正され、いよいよこのマイナンバーカードのシステムは盤石の物となっていった。
そして現在。国民は皆、この管理社会を諸手を広げて受け入れていた。様変わりした日本の中で、最後に排除されつつあるのは、このカードを習得できない反社者、つまり俺達ヤクザなのだ。勿論ヤクザの中でもトップクラスの、大企業や政治家と癒着のあった大物たちは皆潰されたが、そういうコネの無かった貧乏ヤクザは粛清の波を逃れて細々と生き延びて来た……はずだった。
民衆は自尊心の自立の為に、常にどこかで卑下する者を求める。日常が安定してくると、どうしても誰かを否定して自分の正当化をして優越感に浸りたくなるものだ、平たく言えばイジメだ。
そしてそのやり玉として俺達ヤクザはまさにうってつけだったのだ。社会悪として認識され、締め付けが厳しすぎる今の社会では怒りを爆発する事すら出来ず、暴力を振るえない暴力団は世間のまさにいいカモにされてしまっていた、都会はどうやら田舎よりもそれが遥かに顕著だったようだ。
「ひでぇ世の中になったもんだ、自業自得とはいえなぁ」
「この状況でまだそう言えるお前はやっぱすごいよ」
「はん、世間様に嫌われてこそのヤクザだろ?」
そう言って茶菓子をかじる。都会のヤクザは今や一般人と接する機会がほとんど無いそうだ、田舎じゃまだ俺みたいに登下校の見守りが出来るくらいには距離感も近いが、
だが関わりなく生活する分にはやっていけるとの事。本家くらいの規模になると、昔から潜り込ませておいた企業舎弟や建設、運送、農業の関係者が融通をこっそり効かせてくれるそうで、物の購入や最低限の生活必需品はなんとかなっているらしい。
「あ、そうだ。上納金持ってきたぜ、いつも少なくてすまん、あ、あと高速費にちょっと手をつけちまった」
「ええよ、毎月律義に送ってくれて感謝してるぜ。二階におやっさん居るから顔見せてやってくれ、お前のファンだからな」
よせよと頭をかいて階段を上る。ガキの時分に侠客の道を教えてくれた天狼組総会長、
そこにいたのは、骨と皮だけになって布団で横たわる弱々しい老人と、脇に座る付き添いの女。
「……おやっ、さん」
なんてこった。たった二年でどうやったらここまで弱れる? 癌でも患ったってのか?
「おお……勝平か、よく、来たなぁ」
俺を見て身を起こそうとする会長、付き添いの女が彼の腰に手を当てて補助をする。
「見ての通りこのザマだぁ……TV見てたぜ、わざわざゾンビをやっつけに来てくれて、しんどい思いをさせちまったなぁ」
「おやっさん、いや、会長! どうかご無理をなさらずに」
あの
それが、余計に痛々しい。
「ワシも、行きたかったよ。でもなぁ、もう世間様はそんな事、望んじゃいねぇんだ」
下を向いて、ため息とともにそう吐き出す会長。そうだ、この人なら俺と同様、ゾンビ共を蹴散らしてカタギを守ろうとしたはず。だけど同時に都会住みの会長は、それが無意味なだけでなく、むしろ自分たちの立場を危うくしかねない事も分かっているんだ。
「でもな、やっぱ思うんだよ。ゾンビだろうが宇宙人だろうが、そしてどんなに嫌われようが、望まれてなかろうが……」
一度言葉を切り、息を吸い込んで、大きな声で続ける。
「正義の味方は、悪を倒し、民衆を助ける! それが生き様じゃねぇか!!」
バシッ! と布団を叩いてそう力説する。ああ、この人は変わっちゃいない、どんだけ嫌われても体が弱っても、侠客としての生き様を変える人なんかじゃないんだ。
「そうこなくっちゃ! 俺に任せて下さい会長、俺がきっとあんなゾンビなんぞ蹴散らして、侠客の生き様って奴を見せつけてやりますよ!」
そうだ、世の中が望まなかったからって何だってんだ、俺達ヤクザは
だって俺は、正義の味方なんだからよ!!
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