第58話 鍵クエスト

「……そう、色々あったのね」


 モイライに戻りウルマ達にも経緯を話すと、彼女は愁いを帯びた顔で、丸テーブルについているリク達の話を聞いてくれた。


「俺達も一緒にいてやれたら、もっと違う結果にできたかもしれないな。すまないさ」

「私も、リク達の力になりたかったです」

「いいんだよ。なんでもかんでも、頼ってたら今の俺達にはなってなかったし、これは俺達の選んだ道だからな」


 一緒に聞いていたジェイクとルナも申し訳なさそうにするが、リクは気にするなと柔らかい笑みを返す。

〝あのときこうしておけば〟なんて振り返ったらきりがない。

 与えられた環境や状況でどう考えどう行動するか。解放者リベレーターとしてそれを教えてくれたのはジェイク達だ。

 だからこそ、過去の出来事は未来へ活かす原動力にするとリクは決めていた。


「そうさな。それだけ強い黒魂ブラックを除霊できたなら、四人はもう一人前の解放者リベレーターさ」

「今じゃもう私達の方が教えられる立場になってしまいそうです」

「ははっ。そうならないように俺達も頑張るさ」

「もちろん。まだまだ追い抜かせませんです」


 師匠として嬉しそうに兄妹は顔をキラキラと輝かせ、弟子達に負けないぞと意気込んだ。


「人生はすべて選択の連続よ。悩むこともあるだろうけど、何よりも大切なことは、楽な道に逃げないこと。そして選んだことを後悔しないよう、がむしゃらに生き抜くことよ。どれが正解かなんて誰にもわからない。だからこそ、自分の想いを大切にしなさい、ね?」


 六人の姿を見て、ウルマは力強い言葉をくれた。それが自分の口にした思いと同じだったことに、リクはリーダーとしてグッと心が定まっていく気がした。


「おう。ありがとな、ウルマ」


 まるで背中を押してくれたような言葉に、リクは嬉しくて気が和らぐ。


「あれぇ? リク、目が潤んでんじゃないの?」

「はっ? べ、別に泣かねぇし。俺は泣き虫キャラじゃねぇよっ」


 ミカがニヤニヤしながら突っ込んでくるあたり、先行きの不安は拭いきれなかったが。


「大丈夫よリク君。男の涙も私は好きよ」

「待てマテまて。俺のイメージを上書きするなよ」

「あっでも、リク先輩なら涙も素敵ですよ」

「今の時代、男が泣いてもカッコイイと思われるからね」

「おいおい、勘弁してくれよー」


 ウルマだけなく、悪乗りするアオイとユイトの一言に、全員の笑い声がモイライ内に広がる。シリアスな場面ばかりで気が緩むタイミングも少なかったが、こうやって冗談を言い合える関係と時間がリクは何よりも好きだった。


「とにかく、クエスト達成おめでとう。そのうち六人で一緒にクエストやろうさ」

「そうです。六人揃えば文殊の知恵と言うです」

「ははっ。六人で知恵出し合ったら、意見まとまらなそうさな」

「そうだなー。どちらの意見にも賛成だな」


 ジェイクとルナの言葉にリクが苦笑すると、空気はさらに明るさを増した。そして、


「ふふっ、六人が組んだら賑やかなパーティーになりそ──」


 ウルマが楽しそうに話している途中、ある一点を見て急に言葉を失った。


「えっ? なにこれ?」


 初めて見る光景に、ミカも不思議そうにその現象を見つめる。


「なんで……なんで〝岐路の紋章〟が光りだしたんだ?」


 リクが自身の手の甲を見つめると、全員の視線が左手に集まる。そこでは、選択を迫るとき以外光るはずのない、運命を決める紋章が明滅を始めていた。


「うおっ!?」


 そして突如、目が眩みそうになるほどの閃光を〝岐路の紋章〟が放つと、目の前に半透明のウインドウが現れ、〝人生の岐路フェイト〟で見るのと似た文言が表示された。



【渋谷区を解放しますか?】


 一、解放する

 二、解放しない



「なっ……これって……」


 初めて見る選択肢と内容に、リクは思わず声を上げる。どう考えても、リク達が求める目標の一つを達成し得る内容だった。


「どうやら、今回のクエストが鍵クエストだったみたいね。おめでとう、リク君」


 茫然とするリクに、ウルマが喜ばしそうに告げる。つまりこれは、23区を覆っている結界の一つを解放できると〝人生の岐路フェイト〟が示し、導き手の一人であるウルマも認めたということに他ならなかった。


「やったじゃないリク! これで渋谷区を解放できるわよ!」

「マ、マジかっ!」


 ミカに背中を叩かれ、ようやく実感が湧いてきたリクは、浮かぶ文字に瞳を輝かせた。 


「皆が待ち望んでいた希望への第一歩だね」


 結界内にいるすべての人間が夢見ている解放への礎。その第一人者になれることに、ユイトも嬉しそうだった。


「リク先輩……良かったですね。これも付喪神さんのお陰……ですね」

「ちょっとアオイ、泣かないでよ。私も泣きたくなっちゃうじゃない」


 嬉しそうに声を詰まらせるアオイに釣られて、ミカの瞳にも涙が溜まる。たくさんの命に支えられて得られた解放者リベレーター初の鍵クエストだ。それを達成できたことに、リクの胸も熱くなった。


「じゃあ私から一つだけ」


 そんな四人に、解放者リベレーター達を支える者としてウルマが告げた。


「解放したからといって、渋谷区に空想妖魔ファンビル黒魂ブラックが出なくなるわけではないし、結界が無くなるわけでもないわ。けれどたった一つの解放でも、解放者リベレーター達の士気を高める狼煙になる。そうなれば、全区解放も早まるかもしれない。意義のある第一歩よ」


 いつどこで誰が達成できるかもわからない、嘘かもしれないと心のどこかで思っていたことが、夢ではなく実現する。それを確信しただけで、リクの心は震えた。


「さぁ、早く〝解放する〟を選びなさいよ。皆、待ってるわよ」


 気づけばモイライ内にいた他の解放者リベレーター達も、何事かと周りに集まって行く末をジッと見守っていた。


「お、おう。じゃあ決定するぞ」


 そして緊張気味に指をウインドウに近づけ、リクが〝解放する〟に触れた──瞬間。


『鍵クエストクリアにより、渋谷区が解放されました。渋谷区が解放されました』


 まるで流星が大地に降り注ぐかのように、すべての区の空から地上へと、渋谷区解放を告げる女性のアナウンスが響いた。

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