第55話 還る場所

「──皆、あれ!」


 ユイトの声が響くと、アンドロイドが消滅した跡の地面に横たわる小さな体を見つけた。


「付喪神さん!」


 存在を視認し真っ先にアオイが急降下すると、木のマスコットのような体を抱き起こす。

 付喪神も霊体なので心拍や呼吸で生存確認はできないが、目は開いているし体に異常は見られないので生きてはいるようだった。


「付喪神さん大丈夫ですか?」


 アオイは相手の顔を覗き込み、本気で心配そうに無事を確かめる。しかしその言葉に付喪神は視線を返さず、あさっての方向を見つめながら。


「まだ……終わってないでちゅ」


 今にも消え入りそうな弱々しい声で言った。


「終わってない? 終わってないってなんだよ?」


 意味がわからず問うリクに、付喪神は答えの代わりに右腕を震わせながら突き出す。すると、奇跡的に原型を留めていた近くの木から急速に何本も根が伸び、何かを絡め取るように空中で制止し、地面へ叩き落とした。


「一体何を……」


 満身創痍な状態で力を使う姿に、何をしているのかリクが尋ねようとした、そのとき。


「くっ、離すかね!」


 男の焦る声が聞こえたかと思うと、木の根で拘束されたダ・ヴィンチが姿を現した。


「なっ……なんでダ・ヴィンチがまだいるのよ!?」


 除霊されていない様子にミカは目を見開く。付喪神に気をとられていたが、よく考えればダ・ヴィンチが消える姿も、核となっていた人間が解放される様子も確認していない。

 つまり〝まだ終わっていなかった〟ということだ。


「アンドロイドの中にいたなら、アオイの大技を喰らっているはずなのに、あんな状態からどうやって生き延びて……」


 例え巨大なボディに守られたのだとしても、アンドロイドは内部まで破壊尽くされていた。それでもダ・ヴィンチが目の前にいることが、リクには不思議でならなかったが。


「そうか。おそらく攻撃を喰らう前に、透明化でこっそり逃走を図ってたんだ」


 透明状態で根に捕らえられたことから、ユイトが答えを導いた。


「ってことは、自爆は逃げるためのパフォーマンスだったってこと?」


 この期に及んで諦めの悪い相手に、ミカが眉間にシワを寄せる。確かに、自爆という切羽詰まった危険が目の前にあれば誰しもそちらに目を向ける。逃亡するには打ってつけの状況だった。


「失敬だね。芸術を爆発させようとしたのは本当かね。しかし、私には世の中すべての美を昇華するという使命がある。故に私ごと自爆などというバカな真似をするはずないかね」


 そう言って、ダ・ヴィンチは動けない状態でふんぞり返ろうとする。ここまでくると、その姿はむしろ清々しいまでに自己中心的で、リクは苦笑を禁じ得なかった。


「それで逃げずにここにいたってことは、悠長に高みの見物してたってことだろ? それで捕まってんならただの間抜けだな」


 鼻をへし折るようなリクの煽りに、天才は初めて悔しそうな顔をする。もし爆発が起きていたらダ・ヴィンチも巻き込まれていたと思うが、無事に生き延びる秘策か何かあったのだろう。そうでなければとっくにいなくなっていたはずだ。


「たくさんの人を犠牲にして、許されると思わないことね」

「今までの行いに対して、どんな報いが待ってるのか、わかるよね?」


 ミカは拳を構え、ユイトは両手の小太刀を重ね金属音を響かせ威圧する。


「付喪神さんに酷いことをして、いくらダ・ヴィンチさんとはいえ、絶対に許せません」


 残った力を振り絞りダ・ヴィンチを拘束する付喪神を抱え、アオイが静かな怒りを見せる。ここにいる全員がダ・ヴィンチに対し、慈悲も許しも持ち合わせていなかった。


「ふむ、そうかね……」


 観念したのか、ダ・ヴィンチは三人の言葉を聞くと暗い表情で俯く。悪意を振り撒く天才も、さすがに自分の終幕が濃厚になったせいか、後悔をしているのかもしれない。

 そう思い、リクが相手の様子を窺っていると、ダ・ヴィンチはゆっくりと顔を上げ、ハッキリとした口調で。


「生命というものを最重要視する。それが人間というものらしいかね。しかし芸術という創作の前には、人も物も、そこに倒れている小さな魂すら、ただの材料にすぎないのだね」


 〝命は芸術の一部にすぎない〟と、狂った芸術家としか思えない思想を口にした。

 そのあまりの言い草にアオイは絶句し、ミカとユイトは怒りに肩を震わせる。

 人とは思えないような言動をする者に対し、何かに取り憑かれたようだと表現することはある。ダ・ヴィンチの場合は悪霊化しているせいではあったが、その思考は常軌を逸脱していた。


「救えねぇな……」


 その言葉を聞くと、リクは無表情で歩き始め。


「だからこそ、それを活かし世界を芸術で染めるため、ここで果てるわけには──」


 なおも持論を語るダ・ヴィンチに向かって一足飛びに迫ると、刀を胸に突き刺した。


「なっ……何をする……かね……」


 自分の所業を棚に上げ、自身の胸を貫く刀を見てリクの顔を睨む。


「これ以上、犠牲者と本物のダ・ヴィンチを侮辱するんじゃねぇよ」


 静かだが魂を焦がすように燃えるリクの怒りに、あれほど人を見下し愉悦に浸っていた天才でさえ、気迫に圧倒され息を飲んだ。


「くっ……私はここで……終われない……」


 刺されてもなお体に力を込め、根の拘束を解こうとダ・ヴィンチは必死にもがく。その姿は、ダ・ヴィンチ自身が躊躇なく屠ってきた、人間達の生き延びようとする姿と重なって見えた。


「誰にでも果てはあるんだよ」


 リクはそんな敵の様相を哀れに感じ、一瞬で刀を胸から引き抜くと。


「お前はもう、あの世に還れ」


 未練を断ち切るように、ダ・ヴィンチの体を真横に一閃した。


「……私の……理想が……」


 すると最後の一振りに、天才と称された男は無念のうわ言を空に向かって呟くと人型の粒子となり。


 光となって空に還っていった……

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