第54話 崩壊都市
「──何を!?」
行動の意味がわからず身構えるリクの視線の先で、ダ・ヴィンチの全身はどんどん黒く染め上げられ、手にしていた絵筆さえも塗り潰していく。
そして建物を融解したときと同じように自身の体を溶かすと、染み渡るように拡がった絵の具は真下の巨体と同化した。
「アンドロイドと一つになったわよ!?」
幽霊とはいえ、人間の体が溶けるという現象を目の当たりにし、ミカは目を剥く。
存在自体が消えたのなら、アンドロイドも消滅しているはず。自害ではないと捉え、四人が武器を手にいつでも攻撃可能な態勢を整えた。そのとき、
『自爆モード、解禁。カウントダウン、開始』
ゆらりと浮かび上がるように起き上がったアンドロイドが目を薄く開き、不穏なセリフと共に胸の前に赤く光る数字を表示させた。
「100、99……って、自爆カウントダウン始めたよ!?」
一秒毎に明滅しながら減っていく数字に、ユイトが焦りを見せる。
残りのパワーは大幅に減っているだろうが、アンドロイドはキロ単位で街を破壊できるほどの力を持っていた。
自爆すれば区内にいる人間すべてが犠牲となる可能性が高い。
緊急事態を察知し、ミカがアンドロイドの眼前に瞬間移動し、思いっきり蹴りを叩きこむ。
しかしバリアでも張ったのか、足は巨体に当たる直前で薄い膜に阻まれるように弾かれた。
「リク、
そこにユイトも加わり、一点突破を狙ってミカと共に小太刀で集中攻撃を始める。
「おいユイト! 決めろって言われても、もう大技使うMP残ってねぇよ!」
先程の上級
現時点で可能なことは、
しかし迷っているうちにも、数字は刻一刻とその値を減らしていった。
「ちくしょ、どうすれば……」
アオイにアンドロイドのトドメを刺させたくはない。
けれど、ミカもユイトも
どうすべきか。何が最善の道か。リクが必死になって思案していると。
「私に……私にやらせてください」
アオイが意を決したようにリクを見つめた。
「相手は付喪神だぞ、いいのか?」
アンドロイドにされた付喪神を倒す。
そう決めただけでも辛いだろうと思ったからこそ、トドメはアオイ以外がすべきと考えていたが、アオイはリクの瞳を真っ直ぐに見据えてハッキリと言った。
「私があの子を止めたいんです。自爆すれば、私達だけでなく多くの人が犠牲になります。私の勝手な思い込みかもしれませんけど、そんな結末あの子も望んでいないと思うんです」
胸に手を置き必死に痛みを堪えるように、アオイは真剣に訴えかける。
人懐っこく、人の役に立てることを喜んでいた付喪神だ。他人の思い込みということはないだろう。それに何より、多くを巻き込む自爆を見過ごすわけには絶対にいかなかった。
「でも一人の力では届かないかもしれません。だからお願いです。先輩の力、私に貸してください」
今まで先輩後輩の間柄で頼みごとをされることはもちろんあった。だがこの願いは、人生で最大でありながらも最後であって欲しいと願う、アオイの強い想いが感じられた。
「わかった。チャンスは一度きりだ、全力でいくぞ」
時間は残り47秒。この一撃に懸けるしか他に手はない。
決意を固めている間に、ミカとユイトも全力を出してくれていたようで、バリアにも少しずつヒビが入り始めていた。
その様子を視界に収めつつ、リクはアオイの背中に手を当てると、アオイは集中するように目を閉じ、両手をアンドロイドに向けながら詠唱を始めた。
「──夜の静寂を切り裂き 天空を貫く雷よ」
アオイは自身のすべてを乗せるように言葉を紡ぐ。するとまるで大気が震えているかのように、周囲の空気がピリピリしたものに変わった。
「あともうちょっとよ!」
カウントダウンが続く中、ミカがバリア破壊に必死になっていると、ヒビは亀裂となってさらに拡がり。
「ミカ、同時に行くよ!」
最後の一押しと、ユイトの声かけに二人は並んで小太刀と拳を構え。
「「せーの!!」」
同時に一点集中攻撃をすると、ガラスが割れるようにバリアは粉々に砕け散った。
「闇を照らす光条となりて 眩き力を彼の空へ」
そしてミカとユイトがアンドロイドの前から離れた瞬間、アオイの術が完成した。
「やれ、アオイ!」
「──カオス・ロア!!」
リクの合図にアオイの
リクの
「……やったか!?」
遠くからでも見えそうなほど高く巨大な雷の柱に、リクは目を細め行く末を見守る。
やがて力の本流が鎮まると、アンドロイドはもはや壊れていない箇所を探すほうが難しいほどにボロボロになっており。
全身から火花を散らせ、心臓に当たる部分に大人サイズの黒い球体を露出させていた。
「──カウントダウンが止まらねぇ!?」
しかし普通の機械ならスクラップにされるレベルの損傷にも関わらず、赤い数字は17、16と数字を減らしていく。
アオイが決意して胸を痛めながら全力を出したのに、あの威力でも倒しきれなかったか。
「詠唱してる暇はねぇ! 全員で黒い球に攻撃しろ!」
よくよく見れば、赤い数字は体の中心ではなく、黒い球の前で明滅していた。
おそらくあそこがアンドロイドの核、起爆の要だろう。
「うぉおおおおおおおおおぉぉおおおおっ!!」
リクは直感を信じ、残り10となった数字を視界に収めながら、仲間と共に一気にアンドロイドへと迫り。
7──アオイが護符から光文字を放ち直撃させると、黒球には細かなヒビが無数に入り。
5──ミカの拳とユイトの小太刀が打撃と斬撃を加えると、ヒビは亀裂へと変じ。
3──リクが断ち割るように刀を振り下ろすと、黒い球は限界を迎えたように左右に両断され地面へと落ちた。
2……1……
そしてカウントダウンが1から0に切り替わろうとしたとき。0の数字がブレたかと思うと、ノイズを走らせながら0と1が入れ替わりを何度か繰り返し。
最後には砂が零れるように崩れて消えていった。
「…………終わった……のか?」
直前までの緊迫感が嘘だったように、うるさいほどの静寂が辺りを包み込む。
これだけダメージを与えても止まらなかったアンドロイドのことだ。まだ動くのではないかと、リクは拭いきれない不安を零す。
しかし動力となっていた心臓部を壊されたためか、完全に機能を停止したアンドロイドの体は、まるで存在が空気に溶けるように透けていき。
最期は花びらが散るように、世界に広がって消滅した……
「これでやっと……」
破壊の限りを尽くされた渋谷の街と、それを見下ろす四人の
〝崩壊都市〟とタイトルをつけられそうな凄惨な光景を、宙に浮かぶリク達は呆然と眺めた。
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