第53話 天才の奇行

「やった……」


 光が消え、ボロボロになって倒れていくダ・ヴィンチとアンドロイドを見て、リクの心に勝利の実感が湧いてくる。


 正直、天才相手に作戦が通じるか不安がなかったと言えば嘘になる。それでも、目の前に広がる光景にリクは確かな手応えを感じた。


「リク、やったじゃない!」


 リーダーの後方に瞬間移動していたミカが、空から降り立ちバンッと背中を叩く。その顔は今までの鬱憤が晴れたようにスッキリとしていた。


「これで、もう犠牲者が出なくて済むんですね」


 一緒に来たアオイが、喜びと悲しみが混ざったような複雑な顔で、倒れたアンドロイドを見つめる。


「そうだな。俺の渾身の一撃を叩き込んだんだ。あともうちょいダメージを与えれば、どちらも完全に除霊できるはずだ」


 リクはダ・ヴィンチとアンドロイドを見やる。

 どちらもSPは残り少ないだろう。

 そう確信するほど、アンドロイドの体は壊れた機械部をあちこちに覗かせていたし、ダ・ヴィンチも動く気配を見せなかった。


「急いでトドメを刺そう。土壇場で逃げられたら台無しになるからね」


 ユイトに促され、リクは先にアンドロイドを完全に破壊しようと刀を構え直す。


 創造主を先に倒せば元の付喪神に戻るかもしれない。

 だがそれでは〝人生の岐路フェイト〟で選んだ〝アンドロイドを倒す〟が達成できず、クエストは失敗に終わるか悪い方向へ進むだろう。

 それだけ〝人生の岐路フェイト〟の選択は強制的で絶対だった。


「また何かしてくるかもしんねぇから、皆はダ・ヴィンチのほうを警戒しておいてくれ。俺がアンドロイドをやる」


 リクは宣言し和服巨人を見据える。そして仲間に後を託して駆け出そうと足に力を入れると、ダ・ヴィンチがよろめきながら立ち上がった。


「してやられた……かね」


 アンドロイドとは違い、見かけ上は怪我もなく見えるが、SPを大幅に失ったせいで強烈な精神的疲労が襲っているのだろう。その体からは先程までの精気は感じられなかった。


「凡人の策にハメられるのがこんなに屈辱的とは思わなかったかね。新しい感覚を教えてくれて、本当に感謝するのだね」


 言葉とは裏腹に、薄笑いを浮かべた皮肉たっぷりな表情に、四人は警戒心を高める。

 今のダ・ヴィンチなら、動きも判断力もかなり鈍くなっているだろうが、まだ隠し玉を持っているかもしれない。

 即座に反応できるようにリクは相手の言動を注視した。


「アンドロイドの足を狙っていたのも、瓦礫の塊を投げたのも、ただの下準備と陽動だったいうわけかね」


 一連の流れを思い返し、ダ・ヴィンチは忌々しそうに顔を歪める。


「お前がアンドロイドを動かすときは、必ず体に触れていたからな。そうしないと操れないと踏んで引き剥がす作戦を立てたんだが、こうも上手くいくと逆に不安になるくらいだったぜ」


 リクは得意げに相手を見やる。力の供給が必要だったのか、駆動に必要だったのかは不明だが、動かなかったシーンを顧みると、それは主がアンドロイドから離れていたときだった。

 だからこそ足にダメージを与えておいて、ユイトの能力で体勢を崩しやすくしておいたのだ。


「アオイに『付喪神の投げる巨塊に続け』なんて、一番危険な役目任せようとしたときは、リクを殴ろうかと思ったわよ」

「いいんですよ。私も危険を承知で作戦に乗ったんですから」


 呆れ顔をするミカにアオイは大丈夫と笑みを見せる。巨塊で攻撃すると見せかけて、後ろにくっついていたアオイに護符を使わせるのは賭けだった。

 護符は遠距離だけでなく相手を縛る攻撃できたが、直接貼り付けなければ効果を発揮しなかった。故に、気づかれれば命の危険もある作戦だったが、アオイは決意を持って実行してくれた。


「なるほど。護符で遠距離攻撃しかして来なかったが、誰も近接攻撃できないとは言ってない、ということかね」


 自分が口にしていた言葉をやり返され、ダ・ヴィンチは自嘲ぎみに笑う。命懸けで立ち向かわないと、ダ・ヴィンチという天才を追い詰めることはできない。全員がそう感じていたからこそ、四人は覚悟して挑んだ。


「今のあなたは、どう見ても満身創痍。アンドロイドもボロボロ。観念しておとなしく除霊されてくれるよね?」


 ここまで街を荒らし犠牲者を生み出したダ・ヴィンチに、ユイトは黒い笑みをたたえながら両手に小太刀を構える。

 アオイが動きを封じ、ユイトが体勢を崩させ、ミカが引き離し、リクが最大の一撃を放つ。

 一人の力で辿り着けないなら、仲間と共に向かえばいい。それを実現することができて、リクは仲間に背中を預けられる心強さを感じた。


「ふむ……すでに私を苦もなく倒せるつもりでいるのだね」


 勝ち気な言葉に、天才は顔に陰を落としながら苦笑する。その姿は、自暴自棄になって暴れる直前の人間のようにも見えた。


「それならば、私のすることは一つなのだね」


 そう言ってダ・ヴィンチは意味ありげに白い歯を見せると、大きく後ろに飛び倒れているアンドロイドの体の上に着地した。


「無駄な抵抗やめて、男なら一人で自害するぐらいの気概見せろよ!」


 逃げるような気配はないが、それ以上のことをしそうな予感にリクが吠える。しかし、


「そんな武士道精神、持ち合わせてはいないのだね。芸術家なら芸術家らしく、華を咲かせるのが粋というものかね」


 ダ・ヴィンチは日本人のような芸術家理論を口にすると、絵筆を手の中に出現させ、頭上に高く掲げた。


「〝芸術は爆発だ〟という名言を遺した者がいるらしいかね。その思想、実に素晴らしい。深く共感できる言葉なのだね」


 目を細め恍惚とした表情で、日本の芸術家の一節を感慨深く、イタリアの芸術家は噛みしめた。そして、


「故にその言葉、私が現代に再現して華としてあげるのだね」


 愉悦に浸っているような笑みを浮かべ、絵筆から絵の具を垂らし自分の頭にかけた。

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