第52話 終わりにしよう

「本当にしぶといかね。さすがに遊ぶのにも飽きたから、もう終わりにするのだね」


 リクはアオイの回復の心現術イマジンを受けつつ、天才からの終幕宣言を耳にした。


「それはこっちのセリフだな。次で終わりにしようぜ」


 その言葉に対し、〝最後の一撃にしようぜ〟と意思を込めて、リクは相手と睨み合う。


 ダ・ヴィンチにとっては、街を芸術作品にする邪魔者を排除するため。

 リク達にとっては、街を破壊し犠牲者を生み出す元凶を除霊するため。


 どこまで行っても噛み合うことのない平行線の理想に、視線は激しくぶつかる。

 譲れない思い。それを実現することが正義だと信じ、互いに武器を構えると。


「コア・ジール」


 割って入るように心現術イマジンを放つ女性の声が木霊し、炎球がアンドロイドの腰に直撃した。


「……ふむ。せっかくの盛り上がりどころを台無しにしたのは誰かね?」


 物語のクライマックスシーンを邪魔され、ダ・ヴィンチはイラ立ちながら後ろを向く。


「邪魔者というのは次から次へと湧いてくるものなのかね。実に鬱陶しいものなのだね」


 釣られてリクがアンドロイドの足の向こう側を見ると、その先から解放者リベレーター達が何組も駆けつけてくるのが目に入った。


「建物の芸術性を高めるのも重要だが、先にそこに添える人間を増やすかね」


 そう言ってダ・ヴィンチは意味ありげにリク達に笑みを送ると、アンドロイドの向きをクルリと変えた。


「なっ……やめてください!」


 これ以上目の前で人が犠牲になるのは見たくないと、アオイが懇願するように叫ぶ。だが悪霊化している天才は聞く耳を持たず、無慈悲にレーザーの一斉射撃を開始した。


「くそっ、肩にあった機関銃か」


 銃もレーザーも目には見えないが、リクは先程のアンドロイドの姿を思い返し、次々に弾かれていく解放者リベレーター達に胸を痛める。


「ミカ、作戦を決行する。両肩の武器を破壊してから実行してくれ」

「了解。頼んだわよ」


 一刻も早くアンドロイドを倒すことが被害を防ぐ最善の道。だからと言って目の前で攻撃されている人を放っておくわけにもいかない。


「アオイとユイトも頼む」

「はい。絶対に成功させます」

「思いっきりやるよ」


 そんな思いの籠ったリーダーの言葉に、二人も気合い十分な声で応えた。


「行くわよ!」


 先陣をきり、瞬間移動でミカが一気にアンドロイドの右肩へ跳び、何もないように見える肩上を思いっきり蹴り薙ぐと、何かがバラバラになるような破砕音が空に響いた。


「もう一つ!」


 続いてミカはアンドロイドの首筋をジャンプして飛び越すと、同じく左の肩上を蹴って見えない機関銃を破壊した。


「さあ、銃撃は止めたわよ」


 襲われていた解放者リベレーター達を見ると、彼らへの一斉掃射は見事に止み、なんとか生き残った解放者リベレーターは、身を隠したり仲間の介抱を始めた。


「あの人間達を守るための勇ましい行動。誠に素晴らしいことかね」


 加害者自身が皮肉たっぷりに、人道的行動をした者に称賛を送る。そしてなぜか愚かで哀れな者を見るような表情を浮かべ。


「しかし君は、大切なことを忘れていないかね?」


 肩の上で顔を突き合わせるミカに向かって、意味深な言葉を吐きアンドロイドの首筋に触れ、薙刀を左手に持ち替えさせると、右腕の袖口を解放者リベレーター達の方へと向けた。


「させないよ!」


 危険を察知し、即座に反応したユイトがアンドロイドの足に斬撃を入れる。

 すると撃ち出された不可視のレーザーは、体勢を崩されたことで大きく軌道を逸らし雲を貫いた。


「アオイ、行くぞ」

「はい」


 慌ててその場から離脱していく解放者リベレーター達を見送り、二人は視線を交わす。

 一般人はあらかた逃げたようだ。これ以上の被害を阻止すべく、リクは詠唱を開始し、アオイは地面に手をつけた。


「付喪神さん、お願いします」


 アオイは力を送るイメージをして、地面から付喪神を喚び出す。すると、コンクリートと土をこねて人型にした、軽トラックサイズのゴツゴツとした存在がアオイの前に現れた。


「最大級の巨塊を全力で投げてください」


 そしてフルパワーを出すように告げると、付喪神はおもむろに手を空へと掲げ、周囲に転がる建物の残骸を頭上へと集める。そ

 して小さな雑居ビルなら簡単に押し潰せそうなほど、硬くて丸い巨塊を作り出した。


「──お願いします」


 アオイが合図を重ねると、付喪神は後ろに大きく腕を曲げ、自身の体を崩壊させるほどの力で、アンドロイドに向かって思いっきり巨塊を投げた。


「小賢しいかね」


 それをダ・ヴィンチはレーザー掃射で迎え撃つが、寄せ集めた巨大な塊は削れるだけで破壊するまでには至らない。

 しかしとっさに判断を切り替え、薙刀で一閃し巨塊を縦に割り開くと、巨塊は左右に傾きアンドロイドにギリギリ当たらない軌道に流れた。


「力押しで倒せると思わないことかね」


 そして再び打ち込んできたミカの拳を絵筆で押さえながら、割れた巨塊がアンドロイドの横を過ぎ去ろうとした瞬間。


 巨塊の真後ろにいたアオイが飛び移り、手にしていた護符をダ・ヴィンチの背中に貼り付けた。


「──なっ!? ぐっ……」


 直後、護符を起点に光文字がダ・ヴィンチの全身を包み込み、きつく縛り上げた。


「やってくれたの──なっ!?」


 それでもなんとか、アンドロイドの首筋に触れようとダ・ヴィンチは手を伸ばす。

 だがユイトが事前に傷つけておいた巨大な足を念動力で思いっきり引くと、アンドロイドとダ・ヴィンチは共に大きくバランスを崩した。そこに、


「舐めるんじゃないわよ!」


 側にいたミカの蹴りが腹に決まると、ダ・ヴィンチは成す術なく空中へ弾き出された。


「くっ、これしきのことで!」


 そんな状態でも体勢を立て直そうと、ダ・ヴィンチは宙に浮いて静止しようとするが。


「がはっ……」


 護符から電気が走るような衝撃が加わり、集中力が保てずに重力に任せて落下し始めた。


「リク、今よ!」


 ダ・ヴィンチを見下ろしていたミカが合図をし、アオイと一緒に瞬時に別の場所へ心霊現象ポルターガイストで移動すると、増幅したリクの最大級の心現術イマジンが発動した。


「──インブレイス・ノヴァ!!」


 その瞬間、赤白い光炎が無防備なダ・ヴィンチを飲み込み、直線上にいたアンドロイドすら巻き込んで。


 あの世に届くような光の道を作り空を灼いた。

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