第45話 究極の選択

 空想妖魔ファンビル、異空間、アンドロイド。

 絵の具を使うことによって思い通りに描き変えるチート能力は神の創造に等しい。

 建物融解事件がただの子供騙しに思えるほど、今のダ・ヴィンチは想像力と創造力を遺憾なく発揮していた。


「どんな能力を持っていようと使っているのが人間である以上、予想外の事態には対処できないし限界もあるはずだよ。そこを狙っていくしかないね」

「天才相手に狙えるか厳しいけどな」


 ユイトの言うように、活路はあるが見出だして突けるかは別問題だ。それでもここでやらなければ、すべてが無に帰してしまうことをリクは理解していた。


「付喪神さんを助けることはできないんでしょうか」


 緊張感漂う中、アオイが願うようにリクの顔を見上げる。

 例え短い時間を共有しただけの木に宿る魂だとしても、あんなに無邪気に未来を夢見ていた者と戦いたくないのだろう。


「おそらく……」


 その問いに、リクが正直に答えようと口を開きかけたとき。リクの左手に刻まれている〝岐路の紋章〟が光り、目の前に半透明のウインドウが表示された。



【どちらを選びますか?】


 一、アンドロイドを倒す

 ニ、クエストを断念する



「〝人生の岐路フェイト〟が出たわね」


 内容を読み、ミカとユイトが判断を仰ぐようにリーダーの顔を見る。

 二人の表情は、酷な選択に心が痛そうに歪んでいたが、〝一〟を推していることがリクにはわかった。それを受けて、リクは途切れた言葉の続きを口にする。


「おそらく付喪神を倒しても、あんな姿に変えちまったダ・ヴィンチを除霊すれば、壊された物と同じように〝木〟は元に戻ると思う。ただ〝魂〟まで消えたら元には戻らないと思う。それを承知の上で、アオイはどうしたい?」


 解放者リベレーターになったあの日にユイトに尋ねられた言葉を、リクはアオイに問いかけた。


 ダ・ヴィンチと初めて戦ったとき、木の魂を描き変えて空想妖魔ファンビルにしたのだろう。故に、空想妖魔ファンビルを倒したせいで木が枯れた。

 それは魂の消失を意味する。


 ハッキリ言って残酷な選択だ。

 どちらを選んでも大切なものを失う覚悟をしなければならない。


 いつも人の心を試してくる〝人生の岐路フェイト〟に、リクは胸を締めつけられた。


「私は……」


 それでもアオイは自分に言い聞かせるように、自分の考えを示す。


「もし〝倒す〟を選べば、私達の手で付喪神さんを……倒さなければなりません。そう思うだけで、辛くて手の震えが止まらないんです」


 そう言うアオイは、震えを押さえ込むように右手でグッと左手を握り締めていた。


「でも、私達がここで〝断念〟を選べば、二度とこのクエストを受けられず、別の人がまた似たような状況に巻き込まれてしまいます。そうなれば、きっとさらに犠牲者が増えると思うんです。だから……」


 そして言葉を切り、確かめるように胸に手を置くと、


「だから、私達の手で悲劇を終わらせたいです」


 明確な意思を持って、瞳に火を灯した。


「わかった。なら、俺達で悲しみの連鎖を終わらせるぞ」


 仲間の言葉を受け、リクは画面に向き直ると、真っ直ぐに〝一〟に触れた。


「最期の別れは済んだかね?」


 こちらの話が終わるのを余裕の態度で待っていたダ・ヴィンチは、筆先を四人へ向ける。


「さて、十分に芸術性を理解して貰えたところで、今度は君達が体感してくれるかね?」


 そして〝今度はお前達の番だぞ〟と、答えを待たずにアンドロイドの首に触れると、


「そこの四人を殲滅するのだね」


 配下に命を下す魔王のように、低い声で戦闘の口火を切った。


『敵四名、確認。エリミネート、実行』


 主の指示にアンドロイドは目蓋をカッと開き、人間とロボットを掛け合わせたような女性の声で、リク達を打ち砕こうと足を踏み出し腕を高く上げ。

 飛び上がり避けた四人の視界内を、巨大な右腕が通り過ぎ大地を打つ。

 ただそれだけで、地面は大きく陥没し、周囲の土と樹木が盛大に噴き上がった。


「ビリーフ・ビット」


 飛び退り際、ユイトが石飛礫を放ち、アンドロイドの腕に命中させるが、


「この程度じゃ焼け石に水。この場合はアンドロイドに石か」


 微かに腕が揺れただけでダメージを受けたように見えず、冗談っぽく苦笑いを浮かべた。


「物理攻撃力もハンパねぇな」


 ただの穴と化した広場を空から眺め、リクが呟く。土煙舞う中、穴の中心に立つアンドロイドは、さながら未来から送られた殺戮兵器に見えた。


「ふむ、ちょっとスタイルを変えるかね」


 肩に乗っているダ・ヴィンチが、空を飛ぶ四人を見ながらアンドロイドの首を軽く叩く。


『フィールド変更、確認。戦闘形態、シフト』


 直後、アンドロイドが力を込めるように背を丸め、手をしなやかに広げるような動きと共に、背中から紫色の二対の大きな蝶の羽を出現させる。


 そして優雅に大空へと羽ばたくと、高層ビルの屋上ほどの高さまで飛び上がった。


「蝶ってあんな高い所まで飛べるんだな」

「これで暗かったら、夜の蝶って言われるんだろうね」

「馬鹿な冗談言ってる場合じゃないわよ」


 着物を着た巨大な女性型アンドロイドが空を飛ぶ、という光景にユイトとリクが現実逃避しかけるが、ミカがすぐさま二人の意識を引き戻す。


「落ちてきますよ!」


 羽ばたきを止め急降下を始めたアンドロイドに、アオイが警告を発した直後。


 それ自体が攻撃かのような風圧に四人は流され、公園の穴は地響きと共にさらに広がり、まるで隕石が落ちた跡のようなクレーターと化した。

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