第44話 黒い光

「お前、こっちへ来るのだね」


 ダ・ヴィンチの呼ぶ声に、付喪神はふわりと浮かんで主のもとへと飛んでいく。


「駄目! 行っちゃ駄目です!」


 呼び止めようとアオイが叫ぶが、付喪神は振り向きもせずダ・ヴィンチの前で止まった。


「さて、また空想妖魔ファンビルを生み出してもいいが、君達は時間さえかければすべて倒してしまいそうだね。しかし生かして帰せばまた邪魔しにくる。だったら私の選択は一つかね」


 そう言ってダ・ヴィンチは絵筆を一回転させると、筆先を付喪神の頭にかざした。


「やめて!!」


 何か良くないことが起こる予感に、アオイがあらん限りの声を張り上げる。

 しかし筆先から零れた大量の黒い絵の具は、付喪神を塗り潰すように覆い尽くすと、滝のように地面へと落ちていき。

 次第に黒から鮮やかな色に変化を始め、形も収縮と拡張を複雑に重ねると。


「これぞ究極の美! 過去、現在、未来の融合を果たした芸術作品なのだよ!」


 ダ・ヴィンチは付喪神を核に、カラフルな幾何学模様の和服を着た、ビルの二十階を軽く超えるほどの巨大な女性を作り出した。


「実に美しい……」


 結った黒髪と透けるような肌、スッキリとした目鼻立ち。

 まさしく和風美人を絵に描いたような姿に、ダ・ヴィンチは恍惚として自画自賛する。


「こんなんアリかよ……」


 おしとやかな佇まいで目を伏せている和服巨人を見て、リクは唖然として声を漏らした。


「しなやかさと艶やかさを併せ持ち、複雑な感情を内包する〝女性〟という完成された美。これこそ、誰もが追い求める芸術と言えるのではないかね!」


 興奮気味に語るダ・ヴィンチは着物女性の肩に乗り、自慢するように白い歯を見せた。


「こんなこと、許されるはずがありません! 付喪神さんを元に戻してください!」


 あまりにも変わってしまった付喪神に、ショックを受けたアオイが怒りを込めて訴える。しかしダ・ヴィンチはその健気な姿を見てフッと溜息をつくと、片眉をグッと上げ。


「この芸術性がわからないとは嘆かわしいものだね。いいだろう、君には過去、現在、未来すら体現した美の世界というものを見せてあげるかね」


 凛々しささえ感じるような態度で応えると、絵筆で前方を差した。


「あいつ、何する気だ」


 とてつもなく嫌な予感に、リクは一気に警戒度を最大値まで上げて武器を構える。

 見た目にはただ絵筆を公園の外に向けただけで何かしたわけではない。しかし何かが起こりそうな不安感に、リクは胸の圧迫感を消せなかった。


「平凡な風景を芸術へと昇華するかね」


 天才芸術家は楽しそうな口調で宣言すると、声に反応したのか着物女性が薄く目を開き、舞うように右手をしなやかに前方へ向け。


 射出口のような機械の砲台を手のひらから出現させた。


「おい……まさか……」


 容易に想像できる展開に、リクは刀を手に飛び立とうとするが、時すでに遅く。

 周囲からエネルギーを集めるように、手のひらに急速にいくつもの黒い玉が集束していき。


 黒い光が街を通り抜けた。


「くっ……」


 奔った黒いレーザー光に、リクはとっさに防御態勢をとる。

 その威力は凄まじく、代々木公園を起点に真っ直ぐ突き進むと、大地を削り建物を融解させ、人間を次々と貫いて。


 渋谷区から隣の世田谷区まで続く、一直線の道を新たに生み出した。


「なんだよ、これ……」


 直径五十メートルはあろうかという、直線三キロに渡る半円状の溝にリクは言葉を失う。

 着物女性が手からレーザーを発射しただけでも想像の域を超えていたが、それ以上にすべてを破壊した途方もない威力にリクは心を掻き乱された。


「日本古来の着物を身に纏った女性が、現代日本に舞い降りて、未来の力によって調和を蹂躙し美を作り変える。これこそ時代のすべてを内包した神秘。女性型アンドロイドは、私が求める最高の芸術作品かねっ!」


 自画自賛の見本のような言葉を吐きながら、ダ・ヴィンチは顔を天へと向け、高らかに笑い声を響かせる。

 あんな攻撃を何度もされたら、結界を解くどうこう以前の問題になる。

 傍若無人を許せば、石化して救いを待つ人間ばかりになり、救うべき活動をしている解放者リベレーターが根こそぎいなくなってしまいかねない。


「そんな……今ので、どれだけの人が……」


 衝撃の連続で、アオイは放心したようにレーザーの通った道を見続ける。

 たった一撃で数えきれないほどの命が奪われたのだ。特に付喪神と縁の深いアオイにとっては、仲間が人間を蹂躙したことと同義に思えただろう。


「犠牲者はいつか必ず俺達が助ける。それに黒魂ブラック空想妖魔ファンビルに破壊された物は、元凶を除霊すれば全部元に戻る。今はあいつを倒すことだけに専念するんだ」


 〝集中しなければ俺達もやられる〟と、リクは気持ちを切り替えてアオイに活を入れる。

 いつか取り戻せる命ならば、絶望に打ちひしがれるより未来に希望を託すしかない。でないと、次は自分達が犠牲者の仲間入りをしてしまう。


「なんでもありの心霊現象ポルターガイストってズルすぎない?」


 想像以上の出来事に、ミカは戦々恐々として身を引いた。

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