第43話 酷い光景

 四人の瞳に映ったのは、溶け落ちた城とその周囲に散見する枯れた木や草。そして、


「酷い……」


 空想妖魔ファンビルと戦っていた兵士達だった。


「間に合わなかったか……」


 視界のあちらこちらで、怯えた顔、立ち向かう顔、様々な表情を浮かべたままその姿を留めている兵士達。彼らの戦いに思いを馳せ、リクはギリッと歯を噛んだ。


「君達が遊んでいる間、外はまさに地獄絵図。それはそれは見ものだったのだね」


 直接耳に届くダ・ヴィンチの皮肉に、四人はキッと相手の顔を睨む。

 兵士達がすべて倒したのかダ・ヴィンチが消したのか、周囲に空想妖魔ファンビルは一体も残っていなかった。

 装備も異空間から出たからか元に戻っていたため、もし空想妖魔ファンビルがいても戦うことはできたが、幸か不幸かその必要はなさそうだった。


「リク、あれ!」


 自分の力不足をリクが悔やんでいると、ミカが指を差しながら声を上げた。その指の先を目で追うと、近くの木の裏に座り込んでいる若い兵士の姿が見えた。


「おい、大丈夫か!?」


 残っていた生存者にリクは急ぎ駆け寄る。

 NPCのSPバーは見えないし、幽霊は怪我を負わないので、どれだけダメージを受けているかはわからなかったが、幸い石化が始まっている様子はなかった。


空想妖魔ファンビルに……仲間が……」

「しっかりしろ。もう空想妖魔ファンビルはいねぇよ」


 よほど恐ろしかったのか、うわ言のように呟く兵士にリクは活を入れる。

 自分以外の仲間が全員やられたのだ。

〝霊化の日〟に同じような経験をした四人には、兵士の気持ちが痛いほどわかった。


「皆で必死に戦って……なんとか空想妖魔ファンビルを除霊して、それで……」


 たどたどしいながらも何があったかを懸命に伝えようとする兵士に、リクは耳を傾ける。


「犠牲を出しつつも、全部除霊できると思って……だけど……」


 そこまで言って、兵士は怯えるようにダ・ヴィンチを見上げ。


「あいつの姿が突然見えなくなって……そしたら、急に仲間が次々と何かに弾き飛ばされて……倒れたところを空想妖魔ファンビル達に襲われて……」


 辛そうに顔を歪め声を震わせながら、最後には涙を零した。


「伝えてくれてありがとな。仲間の仇は俺達が絶対に討つ。ここは危険になるから遠くに離れていてくれ」


 リクは逃げろと伝え兵士の背中を軽く叩く。

 石化した者を破壊することは不可能。そのことは周知の事実となっている。

 故に城の周囲で派手に戦っても犠牲者に被害はないが、無事な者はそうはいかない。兵士をこの場から離脱させることが必要だった。


「僕も仲間の仇を……」

「王様に現状を伝える役目も必要だよ。俺達には王様の場所はわからないし、あいつを放って離れるわけにもいかない。だから君にその役をお願いしたいんだ」


 声を濡らしながら共闘を申し出る兵士に、ユイトが兵士としての役目を果たせと告げる。

 リクとしても心情を思えば仇討ちをさせてあげたいが、相手は空想妖魔ファンビルの何倍もの力を持つ黒魂ブラックだ。

 付け焼き刃的な共闘は、兵士だけでなく全員の命を危険に晒しかねない。何より彼には生きていて欲しかったし、実際に王への報告も必要だった。


「わかりました……後をお任せします」


 意図を察したのか、兵士はゆっくりと立ち上がり涙の筋を拭う。その瞳から悲しみの色は薄れ、使命を帯びキリッとした眼差しに変わっていた。


「必ずいい報告するからな」


 この場から離れるように歩き出す背中に、リクが明るく声をかける。すると兵士は振り返り、心強い言葉を貰った嬉しさと、共闘できない悲しみが混ざったような表情を浮かべ。


「ご武運をお祈りしておりま……す」


 すべてを託すようにリクにお辞儀をした瞬間、兵士の背中を何かが貫き消えた。


「なっ……」


 突然の出来事に、リクは地面に膝を着く兵士を支えることもできず目を見開き。

 すぐに石化し始めた兵士は、己の両手を見つめて自分の運命を悟ったのか。


「仲間の仇を……お願いします」


 悲しそうに微笑みながら、物言わぬ石像へと変わった。


「そんな、誰が……」


 生き残って欲しいと願った相手を奪われ、リクは呆然として兵士を倒した相手を捜す。

 ダ・ヴィンチはまだ空中にいる。やったのは別の誰かだと、貫いた物体が来た方向に視線を送ると近くの木の葉がガサッと揺れ、木の上から兵士の前に飛び降りてきたのは。


「嘘だろ……なんでお前が……」


 このクエストで何度も手がかりを与え助けてくれた、あの大きな木の付喪神だった。


「付喪神さん……どうして……」

「待って。なんか様子がおかしいわよ」


 虚ろな瞳、漏れ聞こえる言葉にならない声。その異様な付喪神の状態に、近寄ろうとするアオイをミカが制止する。

 さっきまで別空間にいたアオイが喚び出したはずはないし、兵士を攻撃させるなんて絶対に有り得なかった。


「付喪神さんに……何をしたんですか」


 普段は仲間を支える強い芯を持ったアオイが、まるで自身の支えを失ったかのように、声を震わせながらダ・ヴィンチに問いかける。


「君達が戻ってくる前に、しもべを作ろうと思ってね。それで近くにあった一番大きな木の魂を描き変えたのだが。なんだ知り合いだったのかね」


 〝ますます好都合だったね〟と言うようにニヤリと笑うダ・ヴィンチは、悪霊ではなく悪魔に見えた。

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