第41話 麻布の山

「あっ! 先輩、氷が!」


 アオイの指摘に振り向くと、布巨人を戒めていた氷塊に亀裂が入り始めていた。


「もう復活するのかよ! くっそ、あとちょっとで何か掴めそうなのに!」


 後ろでビシビシと氷にヒビが入る音を聞きながら、リクは必死で思考を巡らす。


「……水……聖杯……すり抜け……滑る……」


 トリックを解き明かす探偵のように、一つ一つの点を言葉で線へと結んでいく。

 手がかりもなしで謎解きは成立しない。それでは完全な運任せになってしまう。今までの情報の中に必ずヒントがあるはずだ。


「もう氷が保ちません」


 しかしタイムリミットは目前のようで、氷塊には縦にひと際大きな亀裂が走った。


「仕方ねぇ。アオイ、後は頼む」


 苦肉の策として、リクは急ぎ布巨人のもとへと向かう。

 氷が砕けた瞬間、焼き尽くせば二人を助けられるし時間も稼げるはず。

 復活することは防げないが、仲間を解放できれば十分だ。


「無限の彼方を歩み 所業をなす旅人よ」


 弱い術では一撃で燃やし尽くせない、威力の減衰しない至近距離から大技で決める。

 そう思い、炎の上級心現術イマジンを唱えつつ、リクは氷塊の前にたどり着く。


 だが予想よりも早く、ひときわ大きな破砕音と共に氷塊は粉々に砕け散り。詠唱が終わっていない状態で相手の目の前に立っていたリクは、避ける余裕もなく、問答無用で麻布に体を掴まれ拘束されてしまった。


「ふっ、んっ……」


 詠唱を続け心現術イマジンを放って脱出しようと試みるが、口を布で封じられ言葉を紡ぐことができなくなる。

 これで無事なのはアオイのみ。

 だがたった一人で敵の対処をしながら謎を解くのは不可能に近く、加えて仲間を三人も捕らえられている状況では絶望的だった。


「はおぃ! いへぉ!」


 リクは自分の不甲斐なさを悔やみつつ、天秤を見つめているアオイに向かって逃げろと叫ぶが、声が籠って相手まで届かない。

 ユイトとミカも、術を封じるためか口を塞がれていた。

 しかもリクが捕まったことに気づいているはずなのに、アオイはなぜか天秤を見つめ続け、台座から離れようとしなかった。


 マズい、このままじゃ全滅する……


 最悪の結末が頭をよぎり心が押し潰されそうになるが、リクには布巨人の歩みと共に近くなっていくアオイの姿を見つめることしか、


「──そうか、わかりました!」


 できないと諦めかけたそのとき、アオイが何かに気づいたように声を上げると、形の違うそれぞれの聖杯を鷲掴みにし、〝二つ同時に逆さまにして〟入っていた水をすべて台座に零した。


 思いもよらぬアオイの行動に、リクは驚愕して目を見開く。


 それでもアオイは振り返ることなく、最後の一滴まで水を落としそっと聖杯を元に戻すと、空になった聖杯の重さに天秤は左右にゆっくりと揺れ。


 やがてピタリと釣り合って静止した。


「謎……解けました」


 すぐには実感が湧いてこないのか、アオイは確かめるように後方を見上げる。

 すると、体を掴もうとしていた布巨人の巨大な手のひらが、眼前で動きを止めていた。


「アオイ、文字が!」


 三人の口を覆っていた麻布も解け、課題が書かれていた所をリクが目で指すと、アオイもハッと振り返り。


 直後、壁の文言が薄くなって消滅すると、拘束されていた三人も水飛沫を浴びながら床に落ち、布巨人は繋げていた糸が切れたように、崩れてただの麻布の山と化した。


「皆さん、大丈夫ですか!?」


 敵の崩壊を確認し、安否を確かめようと急ぎ駆け寄ったアオイは三人の顔を覗き込んだ。


「はぁ……助かったわ。アオイ、ありがとう」

「マジ、もう駄目かと思ったぜ……ありがとな」

「無事で本当に良かったです。私、心臓が潰れるかと思いました」


 疲れた口調で苦笑するミカとリクに、アオイは泣きそうになっていた。


「潰れる心臓ないけどね。はぁ……ここ最近で一番ドキドキしたわよ……」


 ミカは胸を押さえ、自分を落ち着かせる仕草をする。喜ぶというより、危機が去って緊張から解放された脱力感の方が勝っているようだ。


 実際問題、アオイが謎を解いてくれていなかったら、全員どうなっていたか……


「……こうなったのも全部俺のミスだ。本当にごめん……」


 三人が安堵する中、いつもは明るいユイトが申し訳なさそうに項垂れる。

 ユイトが捕まったことでミカも道連れになり、助けようとしたリクも拘束されることになった。どう考えてもユイトが元凶と言わざるを得ない状況ではあった。


「まったく、本当勘弁して欲しいぜ」


 そんな傷心中のユイトを、リクは大袈裟な口調で罵った。


「リク先輩、それはあんまりじゃ」

「いいや。何も言わずに終わらせるほうがユイトのためにならねぇからな。言うべきときは言わせて貰うぜ」


 苦言を呈するアオイの言葉をリクは遮る。命の危険に晒されたのだ、リーダーとして曖昧なまま終わらせるわけにはいかない。

 リクはそう感じ、自分の思いを率直に口にした。


「これで今までの俺のミスはチャラな。それと仲間には、ごめんじゃなく〝ありがとう〟だ。誰だってミスはするんだし、俺達は覚悟決めた仲間なんだから、死ぬも生きるも一蓮托生。誰も責めねぇよ」


 その言葉に、ユイトはハッと顔を上げて息を飲む。

 むしろユイトには、今まで多くのミスをカバーして貰ってきた。それに自分の失敗を反省している人間を責めるのは、ただ怒りを発散したいだけの自己満足にしかならない。仲間に追い打ちをかける趣味はリクにはなかった。


「リクのミスを換算したら、今回の分じゃ全然足りないけどね」

「うるせー。さっそく責めてんじゃねぇよ」


 横やりを入れてくるミカに、リクは苦い顔をしながら笑う。

 完璧な人間なんて存在しないし、最悪の事態も覚悟の上で共に行動をしているのだ。

 失敗も経験として、そこから学び次に活かせばいい。それがリクの信条でもあった。


「そうだね。アオイ、謎を解いてくれてありがとう」

「いえそんな。皆さんを助けたいって必死だっただけですから」


 改めてお礼を言うユイトに、アオイは嬉しそうに微笑む。なにはともあれ、全員無事に生き残れたことにリクは安堵した。

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