第40話 身を呈して

「今度は私がやってみますね」


 まだ謎解きに挑戦していなかったアオイが、天秤に近づきカップを手にする。


「なんか他に方法があんのかもな」


 これだけいろんな人間が挑戦して成功しないとなると、水を入れる以外の方法があるのではないかという気になってくる。そんなものがあるのかどうか、それこそ謎だが。


 やっぱ最初から片方にだけ水が入ってんのが気になるなぁ……


 あれこれ思案しつつ、リクがアオイの作業を見守っていると。


「あー、リクさん」

「なんだよ、今考え事してんだよ」


 いきなり〝さん付け〟で呼んできたユイトに疑問を感じながら、リクは相手を見もせずに返事をした。


「ちょっとヤバイです……」

「はぁ……ヤバイって何がだよ?」


 しつこく声をかけてくる仲間に、リクは鬱陶しそうに振り向くと、ユイトは青ざめた表情を浮かべていた。


「ドジ踏みました……ごめんなさい」


 そして謝罪したかと思うと、いきなり空中に浮かんで逆さまになった。


「は? ええっ!?」


 頭を下にして浮いた仲間に、リクだけでなく全員が目を剥く。

 よく見ると、足元にあった布片が集まり、ユイトの足に包帯のように巻きついていた。


「ユイト!」


 そのまま移動し始めた仲間の腕を、横にいたミカが必死になって掴む。しかし予想以上に力が強いのかミカまでをも持ち上げ、布片は急激に神殿の中央に集まっていき。


「ユイト! ミカ!」


 叫んだリクの声も虚しく、完全に復元した布巨人の体表面に、二人の手足が拘束された。


「くそっ! もう一回焼き尽くして!」


 かなり荒っぽいやり方だが、心現術イマジンは普通の幽霊には影響を与えない。布巨人だけを焼くことが可能なはずだ。

 そう思い、リクが火の術の詠唱を試みるが。


「くっ……」

「締めつけが……」


 脅迫のつもりか、布巨人は二人を縛り上げる力を強めると、〝今すぐに二人を殺すぞ〟とでも言いたげに無言の牽制をかけてきた。


「リク先輩、駄目です!」


 アオイの慌てた制止の声に、リクは詠唱を中断する。

 見た目によらず知性があるのか、二人を人質として使われては手も足も出せない。おそらく、水に弱そうに見せたのも、濡れて動けなくなったのもフェイクだったのだろう。


「どうしたらいいんだよ……」


 迷う間にも、リクとアオイも取り込もうと、布巨人は腕を伸ばしながら近づいてくる。

 謎を解く暇もない、助ける手段も塞がれた。何もできない危機的な状況に、リクのとれる手段は布巨人を睨むことのみだった。


「……ユイト……冷たいの……我慢出来る?」


 そんなとき、ミカが隣で捕まっているユイトに辛そうにしながら声をかける。


「……うん、俺は平気……」


 ミカの真剣な目と言葉に、ユイトは意図を理解したのか、覚悟するように苦笑した。


「リク……絶対に謎を解きなさいよ」

「お前、何言って……」


 まるで人生の最期に、仲間に後を託すかのようなセリフ。その唐突な言葉に、リクは意味が汲みとれずミカの顔をじっと見つめた。


「じゃあ……やるわね」


 そう言ってミカとユイトは互いに頷くとミカが詠唱を始め、そして。


「シール・クリスタル」


 氷の球体を自身の眼前に生み出すと、自分に向けて解き放ち。

 直後、ぶつかった場所を起点に一気に凍結が加速し、ミカだけでなくユイトの全身まで氷漬けにすると、布巨人も巻き込んで氷塊に閉ざしピクリとも動かなくなった。


 ユイトとミカを、その胸に抱いたまま……


「どうして……」


 氷に閉ざされた二人の姿に、アオイは膝から崩れ落ちる。


「俺達に謎解きをさせるために、時間稼ぎをしてくれたんだ」


 あのまま全員取り込まれていたら完全に詰んでいた。

 全滅を防ぐために、ミカは自分達もろとも布巨人を氷に封じ込めたのだ。


心現術イマジンの攻撃は幽霊には効かない。身動きが封じられただけで二人は無事だ。巨人が復活する前に俺達で謎を解くぞ。二人の決意を無駄にするな」


 燃やしても濡らしても復活した相手だ。凍結させてもすぐに復活する可能性はある。

 どちらにせよ心現術イマジンの氷も本物ではないので数分で消える。

 二人が稼いでくれた時間を無駄にはできなかった。


「そう……ですね。急いで謎を解きましょう」


 目に力強さを取り戻し、アオイは気持ちを切り替えて天秤と向き合う。


「……くっそ、どうしても釣り合わねぇ」


 しかしどんなに水を微調整しても駄目。ユイトを真似て、ずる賢く下から支えたり手で押さえても駄目。思いつく限りの方法を試しても、天秤が水平を保つことはなかった。

 しかもどういう仕掛けかは不明だったが、元々水の入っていた聖杯に水を注ぐと、溜まらずに通り抜けてしまうのだ。だからこそ、空の聖杯にカップで水を入れているのだが。


「くっそ、やりにくくて仕方ねぇ」


 入れすぎた水を戻そうと聖杯を傾けるが、思った以上に水が零れてイライラしていた。


「内側に油を塗っているんですかね。それとも油絵の具で作られているからでしょうか」

「ダ・ヴィンチの嫌がらせじゃねぇの? あいつ性格悪いからな」


 何より厄介だったのは、聖杯の内側は水を過剰なまでに弾き、よく滑る構造になっていたことだ。

 わずか一滴で傾くほど微調整が必要な状態では、それが致命的なほど達成を困難にしていた。


「なんかこう、閃きそうで閃かねぇんだよな。何かを見落としてるような」


 焦る気持ちが思考を邪魔しているのか、余計に他の発想が浮かんでこない。妙に気持ち悪い感覚に、リクの頭はもやもやしていた。


「一つ気になっていることがあるんですけど」

「ん? なんだ?」

「ダ・ヴィンチさんは最初から最後まで、これを〝謎解き〟って言ってましたよね。でも、ただ聖杯に水を入れて釣り合わせるだけでは〝謎解き〟とは言わないと思うんですよ」

「確かに、言われてみれば……」

「もしかしたらこれは、水を入れても絶対に釣り合わない天秤で、違う方法で釣り合わせるのが謎解きなんじゃないですか?」


 もしアオイの言う通りであれば、いくら水を入れて調整しても天秤は水平にならないことになる。

 そう捉えれば、何度挑戦しても駄目だったことにも合点がいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る