第39話 再度

「これなら、じっくりと謎解きができそうね」


 三発の術で全身のほとんどを灰へと変えた布巨人を見て、ミカは不敵に笑う。

 武器も心霊現象ポルターガイストも使えない状態で倒せるか不安はあったが、どうやら問題にはならなかったようだ。


「時間をかけると外が心配だ。即行で天秤の謎を解くぞ」


 襲われる心配が消え落ち着きを取り戻したリクは、祭壇の前に行くと謎解きを再開した。


「くっそ……難しいな……」


 慎重に水を足し引きしながら、なんとか釣り合いをとろうと神経を研ぎ澄ますが、わずか一滴で天秤はコトンと傾いてしまう。


「ちょっと貸して。私がやるわ」


 〝不器用な男には任せてられない〟と、ミカは半ば強引にカップをひったくり、水を少しカップに戻してから調整を始めるが。


「……んもうっ! なんで出来ないのよ!」


 何度やっても、釣り合いそうになるとあと少しのところで片方が下がってしまった。


「もう、何よ! どんだけ微調整しなきゃ駄目なのよ!? しかもなんかカップに戻そうとすると多く戻っちゃうし! 本当、バカじゃないの!?」


 なかなか上手くいかない苛立ちから、ミカは天秤すら罵倒し始める。


「俺がやってみるね」


 今度はユイトがカップを受けとって挑戦するが、いくら水を増減しても、両手で天秤を支えて釣り合わせてみても、状況は変わらなかった。


「ミカ先輩、どうかしたんですか?」


 天秤には目もくれず、水辺の方を見つめていたミカに、アオイが不思議そうに尋ねる。


「なんか変じゃない?」


 ポツリと呟くミカは、何かを見つめながら考えている様子だった。


「ん? 何かあったのか?」


 リクも異変に気づきミカの視線を追うと、そこでは焼け焦げた布片が宙を舞っていた。


「さっきの巨人を焼き尽くしてから二分以上は経ったわよね?」

「まぁ、そんくらいは経ってるな」


 時計がないので正確にはわからないが、体感的には二分はとっくにすぎているはずだ。


「強い風も吹いてない中で、布片が水に落ちずにずっと舞い続けてるのって変じゃない?」


 言われてみれば、ほとんどが水に落ちて浮かんでいてもいいはずなのに、水には数枚しか布片が落ちていない。


 むしろ心なしか次第に一箇所に集まってきているような気も……


「──まさか!?」


 理由に思い当たり、リクが警告を発しようと振り向きかけた瞬間。

 それが合図だったかのように、集まった麻布の残骸が神殿中を照らすほどの光量で発光する。


 そして、まるで〝何事もなかった〟とアピールするかのごとく、失った分の麻布を瞬時に復元──いやむしろ、体のボリュームを一回り増量させて復活した。


「ちょ……コピー機じゃねぇんだから、光って布増やしてんじゃねぇよ!」


 存在を消滅させるどころか、さらにパワーアップした相手にリクは理不尽だと吠える。

 考えてみれば、この空間はダ・ヴィンチが作り出したものだ。空間すら描き変えた能力ならばなんでもアリに思えた。


「……まさか復活するなんてね」


 予想以上の事態に、ユイトの表情も硬くなる。普通の空想妖魔ファンビルなら、体の大半を失って復活なんてできない。

 相手は空想妖魔ファンビルの性質を持った〝神殿の一部〟と捉えたほうがいいだろう。


「どうしたら……これじゃまともに謎解きができないです」


 四人を見下ろす布巨人を見つめ、アオイがたじろぐ。


「謎を解いたら出られるとか言っておいて、本当は閉じ込めただけじゃないの!?」


 天に向かって噛みつくミカに、空間の設計者は小バカにしたような口調で答えた。


『そんなつまらないことはしないかね。まぁ信じられないのであれば、ずっとそこにいることになるだけかね』


 独特の感性を持つダ・ヴィンチの言葉が信用に値するかはわからない。だがどちらにせよ、謎解きをしない限り脱出は不可能に思えた。


「二手に分かれてやるしかねぇか?」


 燃やしても復活する布巨人を長時間足止めしておける方法。それさえ見つければ、謎解きに集中することでクリアも可能なのだろうが……


「近づいてきましたよ」


 作戦を練る暇すら奪いたいのか、祭壇に立つリク達に向かって布巨人は水上を飛びながら接近してきた。


「もう! しつこいのよ!」


 まるでストーカーのように執拗に迫ってくる相手を拒絶するように、ミカは思いっきり水を蹴って布巨人に浴びせかけると、布巨人は水を嫌うように体の形を変えて避けた。

 その様子にリクは違和感を覚える。濡れてもダメージはないだろうし、せいぜい動きが鈍くなる程度しか……


「そうか! ミカ、広範囲の水で攻撃してくれ!」

「よくわからないけど、了解」


 リクの閃きを理解できずミカは一瞬顔をしかめたが、詠唱をして右手を前に突き出し。


「クラッシュ・スプレッド」


 砲撃するように水を放つと、空中に散らばった水は布巨人を押し流した。


「よっしゃ、効いてる!」


 水に濡れ、すべての麻布が落ちて水に浮かぶ光景を見て、リクはガッツポーズをとる。

 燃えても復活するなら、燃やさずに動きを封じてしまえばいい。思えば登場から今まで、相手はずっと水から離れ空中に浮いた状態を保っていた。


 つまりそれは、濡れたら不都合な問題が生じることを示唆していたのだ。


「水を吸って濡れたら重くなるよなぁ?」


 歪めた笑みを浮かべるリクの視線の先で、布巨人の体はバラバラになって水に流れるように拡がっていく。


「……ふう、これでもう復活はしねぇかな」


 水を吸って動けないのか、足元に流れてきた麻布がピクリとも動かなくなっているのを見て、リクは一仕事終えたように額を拭った。


「敵の一部が近くにあるって、なんか気持ち悪いわね」


 元々の枚数が多かったせいか、足元でも何枚か麻布が水に浮いていて。足に纏わり付いてくるような感覚に、ミカは嫌そうに指でつまんで遠くへ投げた。


「ただの布なら、気にすることもないね」


 三人が麻布を投げたり水を足で波立てて遠ざける中、ユイトは腰に手を当て笑う。


「いや敵の残骸だぞ。普通に嫌だろこんなもん」


 ユイトの態度に〝どれだけ大物なんだよ〟とリクは呆れて苦笑いをした。

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