第38話 謎解き

「やっぱりあったぜ、この神殿の謎解き」


 そこには明らかに〝これが謎解きアイテムです〟と言わんばかりに、両端に違う形の聖杯を釣り下げた、一メートルほどの大きな天秤が、水に囲まれた台座に置いてあった。


 聖杯も天秤もどちらも形や様式が違えど、植物や女神などの華美な細工が施されており、リクは様々な角度からそれを眺めてみた。


「……うーん、大きさ以外は普通の美術品って感じだな」


 天秤自体におかしな部分は見受けられない。しかし〝片方の聖杯にだけ水が半分入っている〟ことが妙に引っかかった。


「先輩、これを見てください」


 一方、祭壇のほうを調べていたアオイが、何かを見つけ呼びかけてきた。


「祭壇を調べても何もありませんでしたけど、突然この文言が現れました」


 そう言うアオイの視線の先をリクも一緒になって見上げると、祭壇の後ろの壁に薄く光る文字が浮かび上がっていた。


 ──天秤を釣り合わせよ──


「どう思いますか?」


 アオイに問われ、文章を読んだリクは眉根を寄せる。


「普通に考えたら、空っぽの聖杯のほうに水を入れて、天秤を釣り合わせればクリア、って感じなんだろうけど……」

「私もそう思います。カップもあるみたいですし」


 チラリと台座の端を見ると、水を入れるためと思われる金のカップが置いてあった。


「天秤って微妙な差で傾くからそんな簡単だとは思えねぇけど。やるだけやってみようぜ」


 物は試しとリクはカップを掴み、台座の下にある水をザバァッと目一杯に汲むと、空っぽの聖杯に水を入れる。


「あー、無理か」


 しかし入れすぎたのか、天秤は首を傾げるように反対側へと下がっていった。


「やり直しか……」


 リクは仕方なく多かった水を捨てようと、水を入れた聖杯を傾けようとしたその時、ユイトが手で制止をかけた。


「なんだよいった……い」


 集中力が必要な作業を邪魔され、リクが怪訝な顔をしながら真意を尋ねるより早く。部屋の中央で渦巻き始めた風に、事態の変化を察した。


「ちょっと、何が起きるっていうのよ」


 次第に強くなる風に、ミカが緊張感を漂わす中。やがて風は暴風となり、どこからか現れた大量の白い麻布を吸い上げ、竜巻と化したかと思うと。


「こんなんありかよ」


 何百枚ものキャンパス生地で形作られた、麻布の巨人が水の上から四人を見下ろした。


「謎解きのはずだろ! 変なモノ登場させてんじゃねぇよ!」


 なんでもありな展開に、思わず〝話が違う〟とダ・ヴィンチに向けてリクが叫ぶが。


『ただの謎解きでは何も面白くないのだね。趣向を凝らすのは当然のことかね』

「チッ、やっぱ聞こえてるんじゃねぇかよ!」


 悪巧みが成功したような楽しげな声に、リクは舌打ちをした。


「今の私達、水着しか着てませんよ!?」


 普段の装備を着ていないことに、アオイが戸惑いを見せる。

 心現術イマジンだけ使えること。ダ・ヴィンチが〝生きるか死ぬか〟と言ったこと。

 そこから予測していた事態ではあったが、布巨人を相手しながら謎解きするのは難易度が高すぎる。


「ちょっとリク、どうすんのよ!?」

「知らねぇよ!」


 ただの謎解きが生死をかけたゲームに変わり、ミカは焦りを隠さずに叫ぶ。


「とにかく装備を──って、え?」


 おそらくミカは心の中で〝装着〟と呟いたのだろう。だが、武器も防具も出現しない様子に戸惑っていた。


「装備も心霊現象ポルターガイストも使えねぇぞ。心現術イマジンだけでやるしかねぇ」

「もう、そうだったわ!」


 リクが〝忘れてるんじゃねぇよ〟と指摘すると、ミカは頭を抱え。ゆっくりと水の上を歩いてくる五メートルをゆうに超える布巨人に、リクの警戒度は一気に跳ね上がった。


「どうすればいい……」


 謎解き班と囮班に分かれるか? 武器もない状況で囮になるのは危険じゃねぇか?


 でも誰かがやらねぇと、謎解きだけに集中することは……


「──リク!」


 必死にどう対処するか思考していると、ユイトに背中を叩かれ。ハッと意識を戻すと、布巨人が眼前で両腕を振り上げていた。


「とにかく避けて!」


 ユイトに言われるまでもなく、振り降ろされた布巨人の一撃を全員跳び退いて回避する。


「一旦離れるぞ」


 距離をとって対策を練る必要がある。そう思いリクが相手からさらに離れようとすると。


「嘘だろっ!?」


 意識をわずかに逸らした隙を狙うように、布巨人は腕を両サイドから水面スレスレを滑らせるように回してきた。


「くっ」「きゃっ」


 そのあまりにも変則的な動きに対応できるわけもなく。四人は大量の布に挟まれるように飲み込まれると、神殿の端まで弾き飛ばされた。


「くっそ……」


 盛大に水飛沫を上げ水に叩きつけられたリクは、顔を歪ませながらもすぐに立ち上がる。

 仲間も同じ状況だったが、相手が麻布だったお陰かSPはわずかに減っただけだった。


「こういう場合、どうしたらいいんだよ」


 謎解きをしている暇さえ見つけられない状況に、リクは愚痴を零す。


「誰かが相手を引きつけるか動きを止めるかして、その間に謎を解くしかないと思います」

「やっぱり、それしかねぇか……」


 アオイの意見も、リクの考えと同じものだった。

 形は人型だが麻布の集合体であるせいか、動きが不規則であることは理解した。

 問題は、そんな敵を誰がどうやって引きつけるかだが……


「スピア・スタブ」


 そのときユイトが岩の錐を空中から出現させ、布巨人に向けて放つ。

 すると、とっさに防御姿勢をとった布巨人の左腕に突き刺さり、布を何枚も貫通して大きな穴を開けた。


「よし、心現術イマジンは有効だね。邪魔なら倒しちゃえばいいんじゃない?」


 実演して見せてくれたユイトに〝そういうことなら〟と追随して、アオイの風の刃が相手の全身を切り裂いたところを、リクの炎の波が燃やし尽くした。

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