第35話 まさか!?

 翌日午後二時。その少し前。リク達四人は、城の大広間で最終確認を行っていた。


「そろそろ時間だ。相手は透明化ができる。城の外だけじゃなく中の警備も怠るなよ」


 大広間に響く声で、兵隊長が兵士達に気を引き締めるよう通達する。

 付喪神の言葉から着想を得た内容を王に報告し、通常の警備を装いつつ、敵襲に備えて城の警戒レベルを最大限に高めていた。


「リク殿達は外で黒魂ブラックの侵入を防ぐ役をお願い致します。私は王を安全な場所へお連れしなければならぬ故、兵の指揮は防衛大臣がとります」

「おう、任せてくれ」


 そう言って兵隊長はリク達に頭を下げると、大階段を上っていく。そしてリクは仲間を連れて外に出て、城の正面から少し離れた木陰に身を潜めた。


「ダ・ヴィンチさん、来ますかね?」

「来て貰わねぇと困るな。狙いが城じゃなかった場合、他の建物が被害に遭うってことだからな。万全の警備で待ち構えてるここに現れて欲しいもんだが」


 城の警備を固める兵士達を見つめながら問うアオイに、木に背を預けたリクが返す。

 昨日いた解放者リベレーター達は別の場所にいるのか姿は見えない。しかし今回は数では勝る兵士達が協力してくれる分、前回とは違った心強さもあった。


「周囲が開けてるから、来たら一発でわかる。あとは見逃さないように気をつけるだけね」


 盤石な警備網に、ミカは空を見上げつつ不敵に笑う。

 兵士達には敵の顔や服装の特徴は伝えてある。相手も幽霊なので空も警戒しなくてはならないが、空を見張る人員も十分にいるから問題ない。


「でもさ、いつもと違って人の出入りがないのっても怪しいよね」

「さすがに戦闘区域になりそうな場所を、一般人にウロウロされるのは困るからな」


 万一に備え、城で重要な会談があると偽って、来城者がないようにしてある。

 普段より静かな城は、襲撃者からすれば警戒心を抱かせてしまう可能性はあったが、こればかりは人の命に関わってくるので仕方ない。ユイトもそれはわかった上での発言だろう。


「二時になりましたね。またタイムラグを挟んで現れる可能性も考慮しつつ、見逃さないように頑張りましょう」

「アオイ、また肩に力が入ってる。ほらリラックス、深呼吸」


 真面目モードに入りそうになる仲間の肩を、ミカがトントンと叩く。


「これだけ人がいればそうそう見逃さないわよ。見つけたら十分に城まで引きつけて、笛で合図したら皆で取り囲む、ってことになってるんだから。私達が見つけられなくても、笛の音にさえ気をつけておけば大丈夫よ」


 逃げられないよう包囲してから仕掛けることを、兵士達とも打ち合わせている。仮に見えない位置から侵攻しようとしてきても、音で判断できる手筈になっていた。


「ほら、空を見張るために城の上にも兵士がいるんだから」


 ミカが指差す先、城の上部に位置するバルコニーに兵士達が見える。バルコニーでは、通常は上空と遠方の監視をしているが、今日は遠くを見るより近くが重要なので、上空のみを警戒しているはず……だが。


「あいつ何やってんだ?」


 バルコニーの中央、等間隔に並ぶ兵士達の間に一人の兵士が割って入ってきた。


「交代じゃない? 兵士もずっと見張りっぱなしはキツいだろうし」


 ミカは気にする様子もなく、仕事の風景の一つだと言うが。


「でも、襲撃がある時刻に交代って変ですよね」

「普通なら、交代時間が決まってても今日ぐらいはタイミングをズラすよね」


 アオイとユイトはそれぞれ思った違和感を口にする。周りの兵士達も聞かされていなかったのか、その兵士を見て同僚と視線を合わせ困惑した表情を浮かべていた。


「──ッ!? まさか!?」


 一つの可能性に思い当たり、バルコニーを見上げながら木陰から飛び出したリクの視界の中。兵士はクルリと背を向け城へ向き直ると、一振りの巨大な絵筆を空に掲げた。


「そいつがダ・ヴィンチだ!」


 バルコニーにいる兵士達にリクが大声で叫ぶ。

 だが彼らが事態を理解するよりも早く、絵筆を持った兵士は肩越しにニヤリと口の端を上げて見せると、絵筆を大きく横に振った。


「くっそ、城が……」


 そして筆先から大量の黒い絵の具を飛び散らせると、城の屋根や壁に無数のシミを作り出した。


「早くそこから離れろ!」


 シミを起点に溶け始めた建物に騒ぎ立てる兵士達を見て、リクが危険を告げようと声を上げる。しかし警告も虚しく、見る間に溶け崩れていく城に、兵士達は飛ぶことも忘れて次々と落ちていった。


「はっはっはっ。城を守る兵士がこうも無様な醜態を晒すとは、非常に滑稽なのだね」


 絵筆を持った兵士が聞き覚えのある声と口調で笑い、熱で溶け落ちるロウソクのようになった絵の具を取り去りながら振り返った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る