第34話 立役者

「──わぁっ! また喚び出してくれたんでちゅか。嬉しいでちゅ!」


 木のぬいぐるみのような付喪神が、再び四人の前に現れる。


「何かご用でちゅか?」


 首を傾げて問いかけてくる付喪神に、アオイがこれまでの経緯をひと通り話した。


「なるほどでちゅ。でも残念ながら、僕は自分の周りのことしかわからないでちゅから、教えてあげられることはなさそうでちゅ」


 しかし予想通り、付喪神は申し訳なさそうに俯いた。


「気にしないでください。他の方もわからないようでしたし、知っていれば良い悪いという話ではありませんから」


 相変わらず付喪神に丁寧に接するアオイに、


「ありがとうございまちゅ。ご主人はこのお城のように心の大きな方でちゅね」


 付喪神は小さな体で巨大な城を見上げながら礼を述べた。


「僕を照らしてくれていた太陽を隠してしまったお城には、最初は嫌な思いを感じまちた。でも大きくてカッコいい姿を見ていると、違う気持ちも生まれてきたんでちゅ」

「へぇー、どんな気持ち?」


 興味が湧いたのかミカが問いかけると、付喪神は嬉しそうに、


「僕も大きくなりたい。皆に影響を与えられる立派な木になりたいって思ったんでちゅ」


 目をキラキラと輝かせながら語った。


「僕が大きくなれば、お城に太陽の光を遮られても平気でちゅし、周りの皆も僕に憧れて大きくなってくれれば、同じ悩みがなくなると思ったんでちゅ。だから僕は頑張って立派な木になりたいんでちゅ」


 小さな体に大きな目標を掲げて、未来を夢見る少年のような姿は、まるで人間の子供のようだった。


「素敵な目標ですね。私、応援しますよ」

「そうね。でもそんなことが言えるなら、あなたはもう十分立派だと思うわよ」

「本当でちゅか! それなら僕、もっと頑張ってさらに立派になりまちゅ!」


 アオイとミカに賞賛され、付喪神は嬉しそうにピョンピョンと跳ねる。


「この城は確かに立派だよね。そもそも城を間近で見たことないから、他の城がどんなものかわからないけど。あの綺麗な美術館造ったってだけあって、王様らしいよね」

「そうですね。王様もしっかりと国民のことを考えている整然とした方ですし」


 威厳を持ちつつもユーモアと国民への理解もある王に、ユイトとアオイは感心を寄せる。現実の王であったなら、日本の施設も色々考えて建ててくれただろうと想像できた。


「王子様はいないのかしらね? いるなら結婚して私もこのお城住んでみたいのに」

「例え王子がいたとしても、王と同じしっかりした奴だろうから、お前みたいな大雑把な女を姫に迎えようなんてしねぇよ」

「へぇ……じゃあ大雑把な性格を活かして、リクの顔を前衛的に変えてあげましょうか?」


 指をポキポキ鳴らす仕草をしながら詰め寄ってくるミカに、リクは苦笑いをしながら後退る。


「こんな所で暴れたら、また捕まりますよ」


 追いかけっこが始まる予感に、アオイが優しく釘を刺すと、


「うっ……それは嫌だな」

「さすがに牢屋生活はお断りね」


 リクもミカも、じゃれ合うのをやめた。


「……いや、もしかしたら正しいかもしれないよ」


 城を見上げ腕を組んでいたユイトの、呟くような一言が全員の耳に届く。


「え? ミカが姫になれっこないって話がか?」

「すり潰すわよ」


 驚きながら無自覚にバカにするリクにミカが拳を上げかけるが、ユイトは真顔で言った。


「それには同意だけど違うよ。城のことだよ」


 意図的にバカにされミカは手甲を嵌め直し始めるが、ユイトはお構いなしに話を続ける。


「今までダ・ヴィンチが狙ってたのは全部国の施設でしょ? でももう残ってる施設はない。けれど、奴はまだ何かするような口ぶりだったよね?」

「そうですね。だからこそ、私達も聞き込みをして回ってるわけですし」


 改めて確認するユイトにアオイが肯定を示す。王にも美術館が最後だと聞いているが。


「施設を溶かしていた理由は〝芸術性に欠ける〟から。奴にとって許せない芸術性って?」

「形が整っているだけの綺麗な建物、って言ってましたね」

「そう。図書館も美術館も、四角形や長方形の綺麗な建物だった。だからこそダ・ヴィンチは芸術性を昇華するために溶かし歪曲した。でももう国の施設はない。けれど、あと一つだけ残ってるものがあったんだ」


 そう言って、ユイトは真っ直ぐに指を伸ばし斜め上を差した。その先を辿ると、


「──ッ!? そうか、城か!」


 リクの瞳に、このクエストを受けた巨城の姿が目に映った。


「考えてみれば、この城自体が左右対称の綺麗な建物だな。んでもって、ダ・ヴィンチは国の施設だけを標的にしていた。ってことはつまり」

「そう。次に狙われる施設は城そのものってわけ」


 合点のいくユイトの説明に、リクは高揚感を覚える。城は王の住居でもあるが、行政や司法を執り行う国の施設でもあった。そう考えれば、ダ・ヴィンチが匂わせるような発言をしていたことにも納得できた。


「よくわかったわね。情報なんて全然なかったのに」


 先程までの怒りはどこへやら。感心するミカに、ユイトは付喪神を見つめた。


「図書館の職員が、やたらと城への憧れや尊敬を抱いていたこともあるけど、決め手としてはこの子かな。直接城とは関係ないこの子が城への関心を示してくれたから、気づくことができたんだ。ありがとね」


 感謝を述べつつ、ユイトはしゃがみ込んで付喪神の頭を撫でる。それを小さな貢献者は、されるがままに心地良さそうに受け入れた。


「皆さんのお役に立てたなら嬉しいでちゅ。僕ら付喪神は、ご主人とそのお友達に尽くせることが生きがいでちゅ」


 ご主人と呼んだアオイのもとへポテポテと歩き、親に甘える子供のように足に抱きついた付喪神を、アオイはフワッと抱き上げた。


「ありがとうございます。私達も、付喪神の皆さんのお役に立てるように頑張りますね」

「そうなると、付喪神は万物に宿ってるから大変だな」

「もー、リク先輩。イジワル言わないでくださいよ」


 可愛く頬を膨らまして抗議するアオイに、リクは悪戯っぽい笑みを見せる。

 ダ・ヴィンチが次に狙う施設は判明した。あとは万全の準備を整えて待ち構えるだけだ。

 四人は確信を得ると、改めて付喪神に礼を述べ、再び城の中へと戻っていった。

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