第27話 待ち伏せ

「そろそろですね」

「肩の力抜かねぇと、身動きとりにくくなるぞ」


 緊張感を漂わせ、来る敵に備えて護符を握るアオイにリクは苦笑いをする。


 時刻は午後一時五十七分。犯行予想時刻まで残り三分。


 渋谷のスクランブル交差点にもほど近い、空中公園とも呼ばれていた高台にある長細い公園跡地。

 そこを埋めるように建っていた長方形の白い国立美術館の側に、リク達は集まっていた。


「にしても、あんだけでっかくて目立つ城のクエストなのに、ここにたどり着いた解放者リベレーターがたったの四組とはなぁ」


 周囲に視線を送ったリクの目には、同じクエストを受けたであろう解放者リベレーターの姿が見えたが、他には行き交う通行人の姿しかなかった。


「クエストは一度に一つしか受けられませんからね。他のクエストをやっているのか、ここまでたどり着けなかったのか。どちらにせよ、この人数で頑張るしかないですね」

「ここにたどり着けないって相当アレだけどね」


 ユイトの一言に「うっ……」という呻きがミカから漏れ聞こえたが、時間も差し迫っているのでリクはあえて無視した。


「周りの人達は非難させなくていいんですか?」

「現状、人への被害はねぇし、周囲に誰もいなかったら警戒されて犯人が逃げちまうだろ?  だから俺らもこうしてただの雑談を装ってるんだし」


 無関係の人達を心配するアオイに、リクは他の解放者リベレーター達も同じことをしているのを確認する。


 相手が空想妖魔ファンビルであれば知性の高い個体は少数派なので問題ないが、今回は知性のある人間が相手。

 用心に越したことはない。そしてリクの予想ではおそらく……


「いざとなったら人命最優先で動くし、近くに居合わせた解放者リベレーター達も協力してくれるわよ」

「不安はありますけど、そうするしかありませんね」


 あまり気にしていない様子のミカに、アオイは気にしながらも同意する。

 〝霊化のファントムデイ〟からの三ヵ月で住民も避難に慣れていた。そうなってしまうような日常、という意味では喜ばしいこととは言えないが、お陰で被害は当初より桁違いに減った。


「そろそろ時間だよ。周囲に気を配って」


 ユイトの呟きに、いつでも取り出せるように各々が武器に手を添える。

 絵の具がキーワードになっているのは把握しているが、絵の具を使って相手がどんな攻撃をしてくるのかはわからない。先手必勝と思って攻めると思わぬ反撃を喰らう可能性がある。まずは相手の出方を観察する必要があった。


「さて、どこから来るか」


 リクは美術館全体を視界に収めつつ、周囲の気配を探る。被害施設での話からすると、連日襲撃を受けているらしい。つまり今日確実に犯人は美術館を溶かしに来るはずだ。


「正面? 屋根? どこから来てもいいわよ」


 上下左右、あらゆる方向にミカは視線を送る。〝あなたが来るのを待ってます〟と言わんばかりだが、とにかく犯人を見つけるのが先決。と、リクは思っていたのだが……


「何も起きないですね」


 三分ほど経っても建物に変化はなく、周囲に怪しい人物も見当たらなかった。


「直前でバレて逃げられちまったか?」


 アオイの言葉に、リクは最大の懸念を表す。気配を感知されてしまったのか。たまたま今日は犯行を延期する理由があったのか。どちらにせよ、今日現れなければ何日間ここを見張っていなければならないのか見当もつかない。


「事件が起きないんじゃ仕方ないわね。もう一度、今までの現場を調査してみましょ」

「ちょっと待って」


 〝待つだけ無駄だったわ〟と、首を振りつつその場から離れようとするミカを、ユイトの声が制止した。


「何よ。今日はもうここに用なんてないでしょ?」


 肩透かしを喰らったことに半ば不貞腐れてか、ミカが仏頂面で真意を問うと、ユイトは仲間にだけ聞こえるトーンで言った。


「美術館の中の雰囲気がおかしい」


 その一言に、バッと三人の顔が美術館に向く。見た目にはなんの変化もないが……


「なんかざわついてる感じだな」

「大勢の人が何か言ってるみたいですね。おかしいです、美術館でなんて」


 リクも異変に気づき、アオイが異常を警告する。通常、美術館では騒がず芸術作品を鑑賞するのがマナーのはずだ。建物外に漏れ聞こえるほど声がすること事態おかしかった。


「何かあったわね。見に行きましょ」


 まずは確認が必要と、ミカに続いてリクが美術館に向かって足を踏み出したとき。

 美術館の壁が急激に溶け始めた。


「嘘っ、美術館が!?」


 耳にするのと実際に目にするのとは大違いで、ろうそくが溶けるように崩れていく建物に、ミカも動揺の色を隠せないようだ。


「タイミングを窺っていたのかもね」


 一人冷静に状況把握に努めるユイトが呟く。しかしどこにも犯人の姿は見えなかった。


「中から人が出てきました」


 アオイの指摘に犯人が出てきたかと全員身構えたが、美術館の出入り口から来館者が我先にと逃げ出してきただけだった。どうやら犯人らしき人物は混ざっていないようだが。


「建物が……」


 見る間に原型を失い半分以上溶けた美術館に、アオイが〝止められませんか?〟と言いたげな瞳で見つめてくるが、リクは首を横に振った。


「今は犯人を見つけることが先決だ」


 リクがそう告げると、アオイは寂しそうにしながらも再び美術館に目を向ける。犯人がいるならすぐ近くのはずだ。見逃すわけにはいかないと全員で注視した。

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