第28話 黒い魂
「……っ……はっ……はっはっはっ」
建物が残り三分の一になる頃、どこからか男の笑い声が聞こえ始める。しかし周囲の建物に反響しているせいで、正確な位置は掴めない。
「現れやがったな。手筈どおり頼む」
「りょーかい」
リクが男の存在を確認し合図すると、ミカは両手を胸の前で向かい合わせ詠唱をした。
「サイレント・ワールド」
そして右手を広げるように横に払うと、薄い霧が急激に立ち込め周囲を優しく包み込み、ヘッドフォンをしたように周囲のざわめきにそっと蓋をした。
「どうだいるか?」
遠くなったような笑い声を耳に収めつつ、四人は周囲にくまなく視線を送る。
「どこにもおかしい場所はないです。どこにいるんでしょうか」
「透明化してるだけなら、霧が通り抜けないはずなんだけど……」
アオイもユイトも、相手の場所を特定できず戸惑う。
リク達は犯人の
しかし描き変えるといっても、自分の存在までは消せないはず。ただ見えなくなっているだけだろうと考えた。
それならば、霧を発生させれば犯人のいる場所だけ霧の空白ができる、と思っていたのだが、見える範囲に空白地帯は一切見当たらなかった。
「でも声は相変わらず聞こえるわ。絶対近くにいるはずよ」
ミカも慎重に周囲に耳を傾ける。静音効果のある術のせいで小さくなったものの、同じ男の声が笑ったり叫んだりしているような音は未だに耳に届いていた。
「なんでだよ。描き変え能力じゃねぇのか?」
自分の作戦が上手くいかず、イラ立ったリクは危険を承知で駆け出し、声の発生源を探す。他の
「一体どこに……」
焦りながら、リクはふと視線を美術館に向ける。するとそこには、薄れゆく霧の海に浮かぶ溶けた美術館が、幻想的とも言える佇まいを覗かせていた。
「ん? あの人影は!?」
視界が晴れていく中、リクは美術館の上に人影を見つけ刀を構える。そこには、
「はっはっはっ。芸術的ではないか、素晴らしいものだね!」
いつからいたのか、深緑色のローブとマントを纏った、黒味を帯びた茶髪パーマの男が立ち。
「変化に富み、様々な美を内包する。それこそ芸術と呼ぶに相応しいのだね!」
一部高いまま残った壁の上から、
「美術館の中にいたってオチかよ」
霧がなくなりクリアに聞こえるようになった声に、リクは内心舌を打つ。
建物内部から犯行に及んだ形跡は、今までどの施設で聞き込みをしてもなかった。だからこそ美術館外部を張り込みしていたのだが、いくら建物周辺を警戒しようとも、見えない状態で建物に侵入し実行されたのでは、見つけられなかったのも当然だ。
「いくら建物の周囲を探しても見つからないわけね」
ミカもすぐ横に駆け寄り、中にいる可能性を考慮していなかったことに溜息をつく。
今までのように姿を隠されていたら発見は困難だったが、相手はネタばらしをするように出現してくれた。このチャンス、逃すわけにはいかない。
「溶け落ちた美術館とその下で揺れる霧。実に幻想的で優美だったのだね」
まるでショーを見ていたかのように、男は先程の光景に称賛を送る。
「そりゃどーも。別にパフォーマンスのためにやったんじゃないけどね」
それに対し、ミカは片眉を上げ嬉しくなさそうに礼を述べた。
「自己紹介が遅れたのだね。私の名はレオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ。以後お見知りおきを」
「──ッ!? ダ・ヴィンチって、あの天才画家のダ・ヴィンチさんですか!?」
突然聞かされた高名な名乗りに、普段大声を出さないアオイが声を上げる。
レオナルド・ダ・ヴィンチ──日本では芸術家ダ・ヴィンチとして知られ、芸術以外にも物理学や解剖学など多種多様な方面にも才能を発揮し、万能の天才とも呼ばれる人物だ。
「やっぱり
「良かったね。お望み通り、肉体労働じゃなくて頭脳労働になりそうだよ。あっ、この場合は頭脳戦か」
「頭脳戦でどうやって相手を除霊すんだよ……」
ユイトの遠回しな皮肉に、リクはジト目を返す。
「ダ・ヴィンチって、白ヒゲのおじーちゃんじゃないの?」
「それは老年期の自画像ですよ。憑依されている人の影響で若返っているんだと思います」
ミカの基本を忘れた疑問に、アオイが丁寧に説明を重ねる。
それは見た目の年齢や能力だけでなく、幽霊同士の性質が変化共鳴し合うことで力が増大し、一般的な
クエストの中で起きた犯行であるため、市民NPCによる事件の可能性もあった。
しかし結果は、それ以上に危険な幽霊が犯人だと確定して、四人は警戒レベルを上げた。
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