第10話 NPC

「……リク先輩、大丈夫ですか?」


 学校の方を見つめる男の横顔を見て、アオイが心配そうに様子を窺う。

 自分のことは可能な限り人任せにせず、リクは生きてきた。それを知っている三人からすれば、大切な物事を人に頼むのは、どれほどの勇気が必要だったのだろうと鎮痛な面持ちになった。


「ジェイクとルナなら必ずやってくれるはずだ。二人に任せたんだ、俺達はモイライって建物へ行ってようぜ」


 役目を終えたように消えた刀に思いを馳せ、リクは体をフッと浮かび上がらせると、ゆっくりと空へ上昇していく。その声と背中は、励ますことでかえって苦痛を与えてしまいそうなほど、哀愁に満ちていた。


「ジェイクさんとルナさん、本当にいい方達でしたね」


 明るい話題にしようとしてか、アオイは命の恩人達のことを振り返る。


「あの二人がいなかったら、私達ヤバかったわ。ベストタイミングで現れてくれたわよね」

「そうですね。まるで私達を陰から守っていてくれたみたいでしたね」


 都合よく空想妖魔ファンビルを倒してくれた二人に、ミカもアオイも〝不思議なことがあるね〟と顔を見合わせる。

 数秒遅ければ、リクはあの場で終わっていただろう。他の三人の運命もどうなっていたかわからない……が。


「んー、そういう奇跡的な展開だったら本当に面白いんだろうけど。実際は必然だったと思うんだよね、残念だけど」


 ユイトは〝盛り上がってるところ申し訳ないけど〟と苦い顔で否定した。


「え? それってどういうことよ?」


 意味がわからず、訝しげに眉根を寄せるミカに、リクが代わって話し始める。


「あの二人に対してミカが質問しようとしたとき、俺が止めただろ?」

「そうね。わけありっぽかったから従ったんだけど、あれってどんな理由があったの?」


 リクの隣まで移動し興味深そうに言葉を待つミカに、リクは確信を持って言った。


「端的に言えば、俺達が異世界に来たんじゃなくて、あの二人が異世界から来たんだよ」

「え? でもあの二人、見た目以外はこの世界に慣れてる感じだったけど?」


 理解及ばず、さらにシワを深める顔に、リクはうーんと頭を捻った。


「いや、この表現は違ぇな。正確に言うなら、俺達の世界が誰かに作り変えられたんだよ」


 どうしてこんなことになったのか。どんな技術や力があれば〝作り変える〟なんて芸当ができるのかリクにもわからない。しかし、そうとしか考えられない事態が現実に起きているのは疑いようのない事実だった。


「つまり、俺達を幽霊にして体を奪い、空想妖魔ファンビルとか言う化け物を生み出して、武器や心現術イマジン心霊現象ポルターガイストなんて力まで使える。幽霊が幽霊を退治するRPGの世界にした奴がいるってことだよ」


 ユイトも事態を把握していたのか、リクの考えていることと同じ内容を二人に説明した。


 幽霊同士が戦うRPG。


 リクはそんなゲームを聞いたこともプレイしたこともないが、実際に起きている以上、現実を直視するしかなかった。


「じゃあ、ジェイクさんとルナさんは……」

「あの二人はゲームに出てくるNPCってやつだろうな。実際の人間じゃなくて、こんな世界になったときに新たに作られた架空の人間だ」


 アオイの想像をリクは肯定する。NPCとは言っても、ゲームと違って定型文以外の会話もできていたし、感情も持ち合わせているようだった。


「で、でもどうしてわかったのよ? 見た目も言動も、どこをどう考えても人間と何も変わらなかったじゃない」


 あの二人は自分達と同じ人間にしか見えなかったと、ミカはなおも食い下がるが。


「常識的に考えてみろよ。急に俺達は意味不明な状況に巻き込まれたってのに、なんであの二人は昔からそうしてきたみたいに、普通に武器や力を使って化け物と戦ってたんだ?」


 決定的な理由に合点がいったのか、ミカは口に手を当ててハッとした表情を浮かべた。


「元々この日本──いや〝この世界にいなかった人間〟がジェイクとルナだ。おそらく、他にも新たにNPCとして生まれた奴はいっぱいいると思う。その全員が、普通の人間と変わらない見た目で、今度俺達に接触してくるはずだ」


 ゲームに出てくるNPCは、ゲームを支え盛り上げるために、プレイヤーをサポートしたり、時には敵対したりする。一般的にはそれが役目であり、与えられた設定に従った言動をするだけの存在のはずだ。


「それでも、味方として接してくれる限り、俺はNPCとも普通の人間と同じように接したい。設定に従って動いていただけだとしても、俺達の命を救ってくれたことには変わりねぇから。だから俺はジェイクにもルナにも、無事にモイライに戻ってきて欲しいと思ってる」


 人によっては〝生きている人間じゃない〟というだけで、差別する人間もいるだろう。けれどリクは、例えどんな存在であろうと、恩のある相手への礼を欠くつもりは微塵もなかった。


「でも、どうして運よく私達の近くにいて、助けてくれたんでしょうか」


 リクの言う通りだとしても、偶然にしては出来すぎていると、アオイが疑問を口にした。


「それは、リクが選択したからだと思うよ」


 ユイトが先程の出来事を振り返る。


空想妖魔ファンビルに囲まれたとき、半透明のウインドウが現れて選択を迫ったでしょ?」

「確かに。いきなり見たことないものが出てきてびっくりしましたね」

「あの場面でリクが選択したから、ジェイクとルナが助けに来てくれたんだと思うよ」


 ユイトの見解に、アオイは納得したように頷く。

 もし選択のお陰で来てくれたのだとしたら、もう一方を選んでいたり、選択しないで時間切れになっていたりしたらどうなっていたのだろう。リクは想像するだけで身震いがしそうになった。


「なるほどね。あちこちでNPC達が空想妖魔ファンビルを除霊しているとはいえ、偶然にしてはタイミングも良すぎたわよね。でも、二人が来るまでリクが命がけで頑張ってくれたからってのも大きいと思うわよ私は。ありがとね、リク」

「そうですね。リク先輩の行動と選択で、私達が生き残れるか運命が決まったんですよね。リク先輩、ありがとうございます」


 礼を述べるミカとアオイに、感謝されると思っていなかったリクは、一気に顔を紅潮させて視線を逸らした。


「べ、別に俺がやりたくてやったんだから、礼を言われるようなことじゃねぇよっ」


 あのときはまともに考える暇もなく必死だっただけで、リクにとっては自分の直感と気持ちに従っただけだったが。


「それでも私、本当に嬉しかったです」

「お、おうっ」


 なおも喜びを告げるアオイに、リクは頬を掻いて照れた。


「男のツンデレは流行らないわよー」

「う、うるせーな。礼を言われていつまでも突っぱねるほうが失礼だろっ」


 普段の粗暴な言葉遣いとは裏腹に、礼節に心得はあると主張するリクに、ミカは疑いの眼差しを向ける。しかしすぐに疑いから打って変わって、優しい目で微笑んだ。


「な、なんだよその顔」


 表情をくるくると変えるミカに、リクは両腕を体の前で構えて警戒するが。


「ん? やっぱり元気な顔が一番だなってね」

「なんだよそれ」


 ミカが嬉しそうに明るい声で返すと、リクは苦笑しつつも真っ直ぐ前に視線を向けた。

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