第9話 頼みごと

「何か勘違いしてそうなので言っておくですが、空想妖魔ファンビルを除霊しても元には戻らないですけど、別の方法があるですよ?」

「マジか!? どうやるんだ教えてくれ!」


 どん底に突き落とされたところに救いが示され、すがる思いでリクはルナに詰め寄った。


「ご、ごく簡単に言えば、クエストを達成して結界を全部解けば、石化された人達は元に戻ると言い伝えられてるです」

「クエストってどうやったら発生するんだ、教えてくれ!」

「落ち着くさ。妹を助けたい気持ちはわかるが、焦って行動しても自分も犠牲者の仲間入りになるだけさ」

「そうです。それに私達は、まだ空想妖魔ファンビルを除霊して回らないといけないです。これ以上ここで長々と説明していたら、さらに犠牲者が増えてしまうです」


 必死なリクの様子に理解を示しつつも、ジェイクとルナは今は緊急時だからとなだめた。


「先輩、私も早く助けたい気持ちは同じですが、今はお二人の邪魔になるほうが、悲しむ人を増やしてしまいます」

「そうだね。ここは堪えて、俺達のすべきことをしよう」


 アオイとユイトにも優しく止められ、リクは悔しそうにしながらもおとなしく引き下がる。自分のわがままで他人を不幸にする。それだけは絶対に嫌だった。


「全部終わらせたらゆっくりレクチャーするさ。だからひとまずは、俺達が定宿にしてる〝モイライ〟って建物に行って、帰りを待ってて欲しいさ」

「モイライ? 初めて聞くわね」


 ジェイクから知らない建物名を言われ、ミカは三人の顔を見るが、誰もその名前を知らないようだった。


「そこなら、空想妖魔ファンビル避けの結界を張ってるオーナーが経営してるから安全です。ここから真っ直ぐ多摩川の方へ行けば」

「ちょ、ちょっと待って。街中にはまだ空想妖魔ファンビル? ってのがウロウロしてるんでしょ? そんな所まで四人だけで行けないわよ」


 南方を指差すルナの言葉を遮り、ミカが慌てて物申す。徒歩一キロ圏内にある川とはいえ、こんな短時間で三種類もの空想妖魔ファンビルに遭遇しているのだ。目的地に行くまでにあと何体と鉢合わせするかわかったものではない。


「空を飛んでいけば大丈夫です。さっき上空から見回したときも、グリフォン以外に近くに飛空する空想妖魔ファンビルはいなかったです」

「さっき挑戦してみたけど、ちっとも飛べなかったよ?」

「飛ぶにはちょっとしたコツがいるです。自分の体を風船だと思って、中の空気が軽くなるイメージをすれば……ほらっ」


 悩むユイトの目の前で、ルナはふわっと空中に浮かんで見せると、自在にビルとビルの間を往復して地面に降り立った。


「体を持ち上げるイメージじゃなくて、風船の中の空気をヘリウムガスに入れ替えるイメージかな……おっ、できた」


 早速ユイトがチャレンジしてみると、体はあっさりと宙に浮いた。


「その状態で行きたい方向へ飛ぶイメージを追加すれば、縦横無尽に飛び回ることも可能です。一度感覚がわかれば、毎回意識しなくてもすぐに使いこなせるはずです」


 他の三人もフラフラしながらも、足を地面から離すことに成功し、何度か浮いたり下りたりを繰り返した。


「物をすり抜けることもできるの?」

「それはそういった心霊現象ポルターガイストが使える人じゃないと無理です。能力や属性関係なく、誰でも共通してできるのは空中浮遊だけです」


 ミカの質問にルナは首を横に振りつつ答える。幽霊だからといって、イメージしていたことがなんでも可能になるわけではないようだ。


「モイライは多摩川の河川敷にあるさ。大きな建物だから、すぐに見つかるはずさ」


 ジェイクは白い歯を覗かせながら、四人を送り出そうとすると。


「本当に、任せていいんだよな?」


 二人を信じつつも、どうしても拭いきれない不安から、リクは最後の問いかけをした。


 できることなら自分の力で大蛇を倒したい。これがリクの本音だ。


 しかし右も左もわからない状態で同行しても足手まといにしかならない。自分も犠牲者の仲間入りする可能性が高いこともわかっていた。

 自分では何もできない不甲斐なさ。代わりに危険な場所へ行って貰うという負い目。そんな思いにリクの胸は締めつけられていた。


「任せるさ。これでも百戦錬磨の兄妹さ」

「そうです。数々の苦難を乗り越えてきた私達なら、問題なく除霊できるです。だから安心して待っていてくださいです」


 複雑な表情を浮かべるリクに、ジェイクとルナは明るい笑顔で〝心配するな〟と力強く言いきった。

 その疑いようのない固い意志。強い気持ちが籠った言葉。二人の自信に満ちた態度に、リクは大きく息を吸うと。


「妹の……ユキナの仇を討ってください。よろしくお願いします」


 頭を深々と下げ人生最大の頼みごとをした。


 これが最初で最後であって欲しいと強く、強く願いながら。


「やっぱり敬語を使われると気恥ずかしいさ。でも、人に頼まれてこんなに嬉しかったことはないさ」

「想い、確かに受けとったです。それじゃあ行ってくるです」


 ジェイクとルナは、リクの想いをどこか嬉しそうに受けとると、善は急げとばかりに軽々と跳躍し足早に学校へ向かっていった。

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