第8話 ジェイクとルナ

「す、すげぇ……」


 危機的状況をいとも簡単に攻略した人狼に、リクは感嘆の声を漏らす。


 初めて見る武器、術、姿。何もかもが新鮮かつ豪快で男心をくすぐり、リクは目を輝かせながら相手の立ち姿を見ていた。


「お前さんら、大丈夫だったさ?」


 革の青ベストと黒パンツを着た濃紺毛の人狼は、くるりと振り向くと尻尾をもたげて毛先でリクを差した。


「あ、ああ……お陰で助かりました」


 人狼から話しかけられた経験がないリクは、突然の問いかけにたじろぎながらも助けて貰ったことに礼を言った。


「敬語なんて律儀だな。敬語を使うのは生真面目な奴だけさ。堅苦しいのは抜きでいいさ」


 ワイルドな笑顔と気さくな言葉で応じる人狼に、リクは肩の力をフッと抜いた。


「じゃあ改めて、助けてくれてありがとな。俺達だけじゃどうしようもなかった」


 慣例には従おうと、リクは友達に話すような調子で言い直すと。


空想妖魔ファンビル達に襲われてる人間がいたら、助けるのが道理さ」


 〝人として当然〟と、人狼は満足そうに親指を立てた。


空想妖魔ファンビルってあいつらのこと?」

「ん? お前さんら空想妖魔ファンビルもわからないような人生送ってきたさ? って、もしかして結界の外から来たんさ?」


 ユイトの疑問に、人狼は訝しげな様子で四人の顔を眺めた。


空想妖魔ファンビルとか結界の外とかよくわからないけど、突然化け物が現れて私達も混乱してるのよ」


 ミカは戸惑いつつも状況を説明する。どう見ても戦い慣れている様子の二人なら、今起きていることを知っていそうだった。


「お兄ちゃん、もしかしてこの人達、突然大量に現れる〝来訪者〟です?」

「そのようさ。結界の外から来たならなんも知らないのは納得さ」

「結界の外から私達が来た?」


 愛らしい目をした青髪少女と人狼の言葉に、今度はミカが訝しげに眉をひそめる。

 建物や周りの景色は、自分達の慣れ親しんだものと変化はない。

 どう考えても二人のほうが来訪者と言える立場に思えるが。


「なんとなく状況は見えてきたな。ミカ、それについては後で俺から説明するから、今は情報を得るために二人の話を黙って聞いててくれ」


 リクは混乱を避けようと、さらに突っ込もうとしていたミカを小声で制した。


「数十年に一度、空想妖魔ファンビルも戦い方も知らない、結界外からの来訪者が各地にたくさん現れるって聞いてたです。だから皆さんもそうだろうと思ったです」

「自覚はないけどそうみたいだね。この世界のことまったくわからないから、色々教えて貰えるかな?」


 リクに合わせユイトが話の先を促すと、二人は互いの顔を見て頷き合った。


「そういえば名乗るが遅れたさ。俺が兄のジェイク。んでこっちが妹のルナさ」

「ちょっとお兄ちゃん、頭撫でないでくださいです」


 自己紹介しながら頭をガシガシとやる兄の手を、小柄なルナは「うぅ……」と唸りながら退けた。


「人間の妹のお兄さんが狼男なの?」


 誰もが思っていただろう素朴な疑問をミカがぶつける。


「そういえば元に戻るの忘れてたさ」


 体毛に覆われた体を見て、思い出したかのようにジェイクは頭を掻き、軽く目を閉じると全身が淡く光り、静かに波が引くように全身の毛が透けていき。


「あっ、ちょっとカッコいいかも」


 色めき立つミカの前で、人狼は濃紺色の短い髪をした二十歳くらいの男に変化した。


「お待たせしたさ」


 細腰ながら筋肉質な体を革ベストから覗かせ、ジェイクはキリッとした目を見せた。


「すげぇな、どうやって変身するんだ? 俺もやってみてぇ」


 RPG好きなリクからすれば、武器や魔法みたいなものも魅力的だったが、それ以上に人狼に変身できるという技は男心に火を点けた。


「これは心霊現象ポルターガイストさ。俺のは人狼に変身して能力を底上げしつつ、心現術イマジンが詠唱なしで使えるって代物さ。使える心霊現象ポルターガイストは人によって違うから、お前さんが使えるのは違う能力のはずさ」


 超能力のような力が心霊現象ポルターガイストで、心現術イマジンというのは先程の雷や炎の術のことだろうとリクは理解する。


「あんな力が俺にも使えるのかよ! なぁ、俺に使い方教えてくれよ!」


 自身にも似たようなことができると知り、リクはジェイクの目を見て懇願する。


 ゲームの中でしか見ることのできなかった超常的な力が使用可能になる。そんな理想の現実化に、心揺さぶられているというのもある。

 しかし何より、戦う力があれば妹の仇も討てるし、仇を倒すことで元に戻すことができるかもしれないと思った。


「それは構わないが、慣れるまである程度練習が必要だし、今は街中に出没してる空想妖魔ファンビルを除霊するのが先決さ」

「突然、たくさんの空想妖魔ファンビルがあちこちに現れて暴れてるらしいです。だから私達を含め、多くの人達が除霊にあたってるです」


 今はまだ無理と告げる二人に、リクは唇をグッと噛み締める。

 除霊という単語を使うということは、空想妖魔ファンビルは生身の化け物ではなく、実体のある幽霊──霊体ということなのだろう。


「ならせめて、学校にいる大蛇を倒してくれ。俺の妹も友達も、そいつにやられたんだ」


 今の自分の力ではどうしようもないのなら、悔しい気持ちもあるが二人にお願いするしかない。リクは自分のプライドを守るより、妹を助けたいという想いのほうが強かった。


「それは任せて貰っていいさ。けど、もし妹さんが石化されているなら、空想妖魔ファンビルを除霊しても元には戻らないさ」

「なっ……」


 ジェイクの一言に、リクは希望が崩れていく音を幻聴する。


 おかしくなった世界でも〝妹を助ける〟という目標を持つことが唯一の拠り所だった。それが根本から覆されて、リクは息苦しくなるほど胸を痛めた。


 もう二度と、妹の声も笑顔も取り戻すことができねぇってのかよ……

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