第5話 飛来と被雷

「今度はスライムかよ!」


 立ち止まった四人の行く手を、十匹ほどの黒色の化け物達が塞ぐ。


「前には沢山のスライム、後ろにはでっかいグリフォン。さすがにマズいね」


 前も後ろも塞がれ逃げ道を完全に失ったことに、ユイトも声に緊張感を含ませる。今の状況がかなりピンチであることは、言われなくても四人はすぐに理解できた。


「ど、どうすんのよ。ここで終わりなんて嫌よ」

「どこか、どこかに突破できそうな所は……」


 声を震わせるミカとアオイは必死に逃げ場を探すが、数と大きさに阻まれ、すでに逃げを実行するには犠牲を覚悟するしかない状況になっていた。


「こうなったら、無茶を承知で駆け抜けるしかねぇか」


 命がけでぶつかれば、隙を生み出すことができるかもしれない。むしろそれしかやれることがない。


「三人は、俺の後に続け」


 せめて仲間だけでもと、自分の身を犠牲にする覚悟でリクが足に力を込めた瞬間。


 目の前に半透明のガラスのようなパネルが現れ、画面上に淡く光る文字を浮かび上がらせた。



【どちらを突破しますか?】


 一、グリフォン

 ニ、スライム



「なんだよ……これ」


 見たこともない現象に戸惑い、リクは三人に視線で意見を求める。だが当然、誰も見たことがないものを説明できる者はおらず、全員困惑した表情を浮かべた。


「こんなときになんなのよ」


 次から次へと起こる不可解な出来事に、ミカはイラ立ちと混乱を隠せないようだ。


「どっちかを選べってことじゃない? グリフォンやスライム、さらには選択肢って、完全にRPGだね」


 何故か攻撃して来ず、リク達の選択を待つかのように見守る化け物達を見て、ユイトが指摘する。


「カウントダウンしてますよ。これ、終わるまでに選ばないとどうなるんですか?」


 アオイの指の先、画面の右下では一秒毎に数字が減っており、残り二十秒を示していた。


「生存ルートと全滅ルートに分かれてたりするんじゃねぇだろうな」


 ゲームではよくある光景だが、リアルでは初めてする経験に判断がつかず、押すべきか押さざるべきか。押すならどちらを押せばいいのか。化け物を目の前に、リクは緊張と葛藤に翻弄される。


「リク、やるなら早くしたほうがいいよ。あいつらも近づいてきてる」


 じわりじわりと距離を詰め始めた相手に、ユイトが焦りを声に乗せる。残り──七秒。


「リク先輩!」「リク!」


 アオイもミカも互いの手を握り、判断を仰いだ。


「くそっ、あっちに向かって走れ!」


 残り一秒──運を天にまかせて画面に触れたリクは、一番端のスライムを指差し吠えた。


「何があっても立ち止まらないで!」


 即座にリクの意図を理解したのか、顔をグッと引き締めてアオイとミカの背中をユイトが押し。先頭を走るリクに女子二人が続き、最後尾をユイトが務めた。


「うおおおおおおおお!!」


 気合い一発、捨て身の体当たりを仕掛けて、スライム一匹をリクは強引に弾き飛ばした。


「よし! ここから早く!」


 生まれたスペースから後ろの三人を通し、全員見事にスライムの群れをすり抜ける。


 リクは体当たりすることで、自分自身が石化する覚悟をしていたが、イチかバチか勝負したことが功を奏したようだ。あとは化け物のいない別の路地に逃げ込めればいい。


 幸運を願い、そのまま三十メートル先の路地に逃げ込もうと、四人は後ろを見ずに駆け。

 直後、子供に背中から体当たりをかけられたような風に、四人は大きくバランスを崩しそうになりながら立ち止まった。


「くっ……なんだ?」


 追いつかれて攻撃されたかとリクが振り返ると、グリフォンが羽をばたつかせ、空気を暴風に変えて送っている姿が見え、さらには風に乗りスライム達が飛ぶようにフワッと空に広がったかと思うと、四人を挟むようにポヨンと跳ねながら着地した。


「リク、あっち!」


 互いをフォローしやすい距離にいるスライムに、ユイトがまだ化け物のいない方向を示すが、すかさずグリフォンが地面を揺らすように舞い降りると、今度は逃さないと羽を大きく広げて威嚇のポーズをとった。


「間違った選択をしたってのかよ……」


 グリフォンだと一撃でアウトだが、スライムなら一撃くらいは耐えられるかと〝ニ〟を選んだが、どうしようもないピンチに陥ってしまった。


 しかも不幸なことに後ろは建物の壁で、逃げ込もうにも入り口はスライムの群れの先にあった。


「正面にはグリフォン、左右にはスライム。逃げ道がないね」


 ユイトは真剣な目でグリフォンを睨み、ミカはアオイを建物側に隠し守るように立つ。

 リクも必死に打開策を練ろうとするが、自分を犠牲にして囮になる方法しかどうしても思いつかなかった。 


「先輩。幽霊なら、壁をすり抜けたり空を飛んだりできませんか?」


 諦めかけたリクに、アオイがとっさに思いついたことを口走る。


「なるほど。イチかバチか、試すっきゃねぇな」


 やり方はわからなかったがやる価値はあると、検討する間も惜しんでリクはジャンプしてみたり空を飛ぶイメージをしてみる。


「……駄目だ、飛べねぇ」

「壁もすり抜けられないわよ」


 建物の壁に体当たりしたり、手を置いたりしていたミカも首を横に振った。


「これがRPGだってんなら、敵を倒せる武器や魔法出てこいよ!」


 リクは腕を前に突き出し叫んでみるが、手のひらから何かが出てくることはなかった。

 ゲームやアニメなら、土壇場で何かの力に目覚めたり武器が現れたりして、目の前の敵を蹴散らす展開になっていただろう。しかし実際は、叫んでも何も起きない。


 異常が次々に発生していても、ここは現実世界。都合のいいことは、いくら願っても叶わなかった。


 ユキナわりぃ、兄ちゃん何もできなかった……


「ユイト、後は頼む」

「先輩!?」

「リク!?」


 せめて三人だけでも助かればと、返事も待たずにグリフォンへ向かって駆け出していく男の背中を見て、アオイとミカが目を見開いた。


「うおおおおおおおおおおおお!!」


 まるで最後の雄叫びのように吠え、リクは全速力でグリフォンの足にタックルをかます。

 バランスを崩せれば御の字、少なくとも注意を引きつけられれば。その一心でありったけの力を込めてグリフォンを押し込むが、相手は微動だにしない。


「リク先輩、逃げてください!」


 〝今ならまだ間に合う〟とアオイが叫ぶが、それが聞き入れられることはなかった。


「う ご け よ !!」


 頭まで擦りつけて、文字通り全身を使って最後の一滴まで力を絞り出すように注ぐ。

 しかし一ミリも相手を動かせない非力な人間は、まるで象と蟻の対決のようで。

 飽きたのか元々眼中になかったのか、グリフォンはまるでゴミを払うかのように巨大な足を軽く振ると、リクは成す術もなく地面に転がった。


「ちっくしょ」


 全身をコンクリートに打ちつけ無様な姿を晒す。だがそれでも〝まだやってやる〟と勢い込んで立ち上がろうとリクが顔を上げると、視界いっぱいに暗い影が広がった。


 それがグリフォンの足裏だと気づいたときにはすでに避けられない状況で、リクの頭をよぎったのは〝終わった〟の一言だった。


 妹も救えず、突破口も開けず。託された想いを一切果たせずに、ただやられるために無意味に突っ込んだだけという結末に、絶望感よりも虚しさがリクの胸を埋め尽くした。


「いやっ!」


 幻聴のようにどこか遠く聞こえたのはアオイの悲鳴。それが、俺が聞く最後の声だとリクが感じた、そのとき。


「カオス・ロア」


 聞き覚えのない女の子の声が耳に届くと、雷の柱がグリフォンを真横から貫いた。

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