第3話 集結
「ぐっ……うっ……」
油断すれば乱れそうになる心を押さえ込み、コンクリートを踏みしめて。
リクが全力で走って辿り着いた先は、体育館から逃げ延びた人達の集まる校門前だった。
「くそっ……ちくしょ……」
集団を前に立ち止まり、膝を曲げ拳を太腿に叩きつけ、自分の無力さを嘆く。
目の前にいた妹を守ることも、助けることもできなかった。ただ逃げることだけが、自分に残されていた唯一の選択肢だった。
その事実がリクに耐え難いほどの苦痛と苦悩を与えていた。
「ユキナ、本当に……ごめんな」
すでに届かなくなった謝罪の言葉を口にする。
お互い高校生だったが、思春期特有の不仲にもならず、兄妹でありながら同じ学校の先輩後輩でもあった二人は、家でも学校でも仲が良く周囲に羨ましがられていた。
「俺が必ず助けてやるからな」
だからこそ、託された希望は絶対に叶えたい。
そのためには、大切な妹を奪われた悲しみは、心に無理矢理鍵を閉めて押し込めるしかない。
妹を元に戻して、自分達の体も取り戻す。
その思いだけが、壊れそうな涙腺の崩壊を防いでいたと言っても過言ではなかった。
「リク先輩!」
そんな男の前方から、ふいに聞きなれた女性の声が届いた。
「アオイ……」
リクは顔を上げ視線を集団に向ける。すると、肩下まで伸ばした黒髪をなびかせながら、仲の良い後輩が駆け寄ってくるのが目に入った。
普通ならここで互いの無事を喜び、笑顔を浮かべて抱きついたりもするのだろう。しかしリクは相手の顔を見て、鍵をかけたはずの感情が激しく揺れ動くのを感じた。
「リク先輩、無事だったんですね。良かった……」
大きな瞳を閉じ、安堵したように息を吐いたアオイを見て、リクは膝を伸ばし、次に聞かれるであろう言葉を覚悟した。
「あの、ユキナちゃんはどこですか?」
予想通りの質問。
むしろ、妹と同級生かつ親友でもあるアオイから、そう問われることは避けられない必然だった。
「ユキナは……」
耐えきれず視線を外し、零れないように閉めていた扉が軋む音をリクは幻聴する。
自分一人なら他に意識を向けることで気を逸らせても、人に聞かれるとどうしても思い出さざるを得ない。そして一旦零れ出した水は、もう止めることはできなかった。
「先輩あの……その……」
リクの頬を流れる雫を見て、アオイは全てを理解したのだろう。
聞いてはいけないことを聞いてしまったと後悔するように、何かを言いかけては止めを数度繰り返し。やがて自身の胸に手を置いてグッと握った。
「……すぐ側にいたのに、助けることさえできなくて……俺、本当に悔しくて。でもユキナは俺に逃げろって」
そこまで言って、先程の光景がフラッシュバックし、言葉が紡げなくなる。
いくら強がろうとしても、家族を奪われた痛みを隠すことは不可能だった。
「リク先輩は何も悪くありません。私だって、友達に腕を引かれてただ逃げることに必死で……ユキナちゃんに何もしてあげられなかったんですから」
アオイは涙を流しながらも、懸命に先輩を慰めようとする。
無二の親友を失ったのだ、アオイも悲しいはずだとリクは思う。それでも、彼女の瞳から光は失われていなかった。
「でも私はこれで終わりにしたくないです。もしかしたらユキナちゃんを元に戻して、私達の体を取り戻して生き返る方法があるかもしれません。有り得ないことが起きてるんです。なんだって現実になる可能性はゼロじゃありません」
暗闇の先を照らすような言葉で、アオイは訴えかける。
現状でわかっていることは何も無い。けれど未来に希望はまだ残っていると、ユキナと同じことを口にした。
「だから一緒にそれを探しましょう。誰かの助けを待つより、そのほうが絶対に笑顔でいられます。ユキナちゃんのためにも、私達のためにも」
アオイは指で涙をすくい取ると、心を落ち着けるように深呼吸をし、力強い眼差しを見せる。
ユキナもアオイも、似た者同士として意気投合し、兄から見ても双子の妹がいるように思うこともあった。だからこそアオイの言葉は、ユキナに言われているようにリクには感じられた。
「そう……だよな。ユキナにだって後を託されてんだ、兄貴が悲しんでちゃいけねぇよな」
腕で涙を拭い、握った手を胸に置いて静かに目を閉じると、アオイに倣って大きく深呼吸をする。
それだけで、リクは震えていた心がスッと定まっていく気がした。
「大丈夫、俺ならやれる」
自分に言い聞かせるように呟き、心を決め目を開くと、アオイは祈るように両手を組みながら見守っていた。
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