第28話

彼女は全開で魔法子を放出したため、もう魔法を使うことは難しいだろう。

私はお返しと言わんばかりに魔法子を自らの足に纏わせ、叫ぶ。


「【加速アクセラレーション】!!」


そして一歩ずつ、どんどんと加速していく。私のトップスピードは音を超越できるのだ、彼女が目で捉えられるはずがない。もはや光の痛みによって妨害されることもなく、私は刹那のうちに彼女に肉薄する。


「使わせないようにしていたってことは、使われたら致命的だってことよね!!」


拳を振り抜いた。バキッと鈍い音が鳴って、女がキリモミしながら吹っ飛ぶ。


「グホアッ……!」

「ずいぶんと無様な悲鳴ね、ちゃん」

「っ……なんで私の名前を!?」

「貴女が私に恨みがあると言ったとき、私は記憶を探り出して思い出したの」


彼女の顔は苦痛に歪んでいるが、よく見て思い出せば見覚えはある。

それはかなり昔、5、6年ほど前の話だ。


 @


私はその頃初等学院にいた。リリアルス王国の上流や一部の中流階級が通っていた、いわゆる貴族学院というものである。いかに私のサティアース家が名門であろうとも、貴族が集まるこの学校では多少魔法で有名というだけ。

その頃の私は、友達が数人しかいない、ありふれた令嬢でしかなかった。

……まあ、珍しい魔法を持っていて好奇の目線は絶えなかったんだけど。

ある日のことだった。


「キズカちゃん、アレ……」


私の友達の一人である子がおずおずと指で示した方には、二人の女の子がいた。一方の女の子は威圧的に仁王立ちしていて、もう一方は怯えたように……いや、どう見ても怯えた様子で体を縮こませている。

呆れたことだが、貴族学院ではよく見る光景だ。親の権力を盾にした見栄、気に入らない者への横暴など、我が強く矜持の肥大化した子供たちによるいじめは、もはや教師も咎めることはしない。

私の友達は優しく、貴族に有るまじき性根の子だったのでいじめの現場を指差したのだろう。だが、その指した指を手で遮る子がいた。


「流石に不味いよ、あの人6年の有名なお嬢様だって」

「そ、そうだよね……」


もう一人の友達が彼女を窘めた。そうだろう、この貴族の中で有名ということはそれだけ権力があるということ。そんなご令嬢に逆らえば、後が怖すぎるだろう。

だが、私はその時、なんともなしにいじめられている彼女の方に歩み寄った。

なぜこんなことをしたのかと問われても、答えられない……つまりは、なんとなくの正義感だった。


「貴女、やめてもらってもいいかしら?」

「ん、何よアンタ。出しゃばってきて、この私に逆らうつもり?」

「逆らうつもりだけど?」


逆に聞き返すと、そう返事されるのは想定外だったようで、彼女は面食らった顔になった。だがすぐさま顔を怒りの形に変えて、口のつばを飛ばす。


「アンタ!コイツのやったことを知っているのかい!?」

「いいや、知らないわよ」

「あのねぇ、コイツは、私が飲もうとしていた飲み物を、先に飲んじまいやがったのよ!?」

「は、たったそれだけ?」

「たったそれだけですって……!?アンタも私のことを侮辱するつもり!?」


侮辱するつもりではない、非難するつもりだと答えたかったが、怒りに油を注ぐだけなのでやめた。


「この私を怒らせたわね……、痛い目を見なさい!【風刃ウインドエッジ】!」


魔法子が活性化、猛る風が刃として射出された。

私はそれを、やっと使い方を理解し始めた魔法で避けることにした。


「【加速アクセラレーション】!」


魔法子が私の動きを倍以上に高速化させ、風刃をたやすく避けるどころか後ろの彼女の手を引いて安全な場所まで移動させた。

素早い動きを捉えられなかったようで、いじめていた彼女は目をパチクリと白黒させ、唖然とした表情になっていた。……今考えればこの令嬢、表情豊かで面白い人ね。

私が彼女を保護したのを見つけると、分が悪いと悟ったのか、令嬢は体をワナワナと震わせ踵を返した。


「フン、今日のところは免じてあげるわ、覚えてなさい」


私は手を引いていた彼女に向き合い、話をすることにした。なんでもない善意で見返りはいらないとしても、彼女にアドバイス位はしてあげたいと思ったからだ。


「あのね、貴族社会で生きていくのにいちばん重要なものって何か知ってるかしら?」

「……権力……?」

「違うわ、そんなモノたやすくゴミ箱に捨てられるほどの、自信よ」

「自信」

「ええ。自信さえあれば、何を言われても気にしなくなるわ」

「……あり、がとう。私、ルカバ。ルカバ・キリル」

「どういたしまして。私はキズカ・サティアース」


 @


「あれ……でもこの感じ、いい感じじゃない?なんで恨んでるの?」

「恨んでるのはそこじゃないわ。その後、私を一人にしたことよ」

「一人に……ってもしかして」

「ええ。貴女が善意でやったことが裏目に出て、私のいじめはひどくなったわ」


それは、思いがけない言葉ではなかった。

自分は誰も傷つけていない、と胸を張って言える人生を送ることなど不可能だろう。どこかで薄々、彼女はそうなってしまったのかな、と思ってそのままにしていた自分がいる。

ならば、私のやることはたった一つ。


「─────ごめんなさい」


和解だ。






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