第19話

まずい、まずい。ひっっっっっじょーにまずい事態に陥った。

いやまあ、俺の心の持ちようではあるんだが……。


事の発端は、1週間前まで遡る……──。


 @


アウラム父との激闘から3日あまり。

あれからは何事もなく、俺たちは平穏な夏休み生活を満喫していた。


「ミクリ、これどうかしら?ワタシはわかんないんだけど……」

「ん、ああー……に、似合うと思うよ」


具体的には、俺、キズカ、ルキの三人でショッピングに出かけられるくらいだ。

俺の目の前では、フリフリとしたスカートを筆頭に、冒険者が着るような服ではなくかわいい衣装を身に纏ったキズカがくるりと一回転している。


「かわいいですよ」

「本当に似合うのかしらって思ったけど、意外といけるわね」


確かにキズカは可愛い系と言うよりもかっこいい系、王子様みたいな感じだろう。

しかし美人はどんな衣装を着ても似合うという特性を持っているので──これは俺がラノベから学んだ経験則だ──、かなり様になっていた。

ルキもそう思うようで、手放しにキズカを褒めている。


「せっかくなので、色々着てみましょうよ!」


ルキはそう言いながら、周りのハンガーらしきものから多数の服を手に取った。

その光景を見ている俺は、とても複雑な心境である。

異世界で女の子になってはや数ヶ月ほど。女の子の身体には慣れたが、行動には全く慣れない。アニメでTSモノはいくらかみていたが、主人公の苦悩を書いてるシーンに共感できないとか宣っていた俺を殴りたい。

こういう時女子は何を話すんだ、という経験がないので、露骨に口数が減っているのだ。


「──姉さん?大丈夫ですか?」

「あ、うん。ちょっと考え事してただけ」

「それなら大丈夫ですね」

「ミクリ、これ見てくれない?」


そう言って、日本の服飾店にもあるような試着室のカーテンを開いたキズカ。

その彼女が纏う服は……。


「みみみみみ水着ィ!?」

「どうしたのよ、そんな動揺して」

「そんなおかしくもないですよね」


いやだって、だって!

美少女が露出をした状態でこちらをきょとんとした表情で見ているのだ。

男なら興奮しないわけがないッッッ!

まー今は女なんですけどねー!

前世からの憧れであった女子の水着姿を拝むということが思いがけずにできた俺は、もはや挙動不審と言っても差し支えないほど興奮していた。性癖と言うやつなのだよ。


「なんで水着着てるの!?」

「なんでって、ルキちゃんが」

「話聞いてなかったんですか?」

「ごめん、考え事に集中してて……」

「あのですね、夏休みなのでせっかくならどこかに出かけましょうって言ったんですよ」


それで二人で盛り上がってるうちに海の話題になって、海に行こうってなって、それで水着ってか?

なるほどな。────最高じゃねえか。


「大体わかったわ」

「この水着、ちょっと恥ずかしいわね……」


まあ御名門の貴族のお嬢様が着るような面積ではないだろう。なぜならそれはビキニと呼ばれる、三角形の布を用いて局部を隠すものだからだ。

恥じらいながらも着る意思はあるようで、彼女の近くにいた店員にこれはいくらなのかということを話しかけている。

そしてルキはどこかイカれたような……具体的には瞳孔が開いた目をしてこちらをじっくり見ていた。

直前までの興奮一転、猛烈な悪い予感が最高速度300キロ毎分で俺の中を駆け抜ける。


「姉さんも、着ましょう?」


うわーーーーーーッ、やっぱり!

ルキが持つその水着が、まるで死神の持つ鎌のように幻視してしまい、冷や汗が自然と出てきた。そして俺はなすがままに受け取ってしまう。

どうして……(現◯猫感)

受け取ってしまったものはしょうがない。

オーソドックスなビキニタイプの水着で、紫色が可愛らしい。可愛らしいのだが、これからこれを着るとなると話は別だ。

俺は水着が見たいのであって着たいわけじゃねーんだよ!

とりあえず試着室の中で悪戦苦闘しながら、何とか着ることに成功する。

これ人前に見せるの……?

無理じゃない?

世の中の女性への恐怖が少しだけ増しながらも、意を決してカーテンを開ける。

ルキに見せなきゃ着た意味ないしな。


「……どう、かな」

「───────か」

「か?」

「可愛すぎますぅ!!」


ルキの目が先程より輝きを帯びて、まるで今にも飛びかかってきそうな迫力を感じる。というか飛びかかってきてないか……?

そのまま抱きつかれ、頬ずりをされる。

めちゃくちゃくすぐったいし、そして何より恥ずかしい。

色々な感情が俺に襲いかかって、俺がどんな顔をしているのかすらもわからない。


「やっぱり姉さんは最高です」

「何やってるのよ、アンタたち……」


その時、試着室で騒いでいた俺達の様子が気になったのか、キズカがやってきた。

これ幸いと俺はルキから避難するようにキズカに話しかける。


「いや、私が水着着たらこうなっちゃって……」

「ほんとに大好きよね、ミクリのこと。それはそれとして、可愛いわよ」

「あ、あ、ありがとう……」


何なのこの状況。水着の状態で女の子に抱きつかれた女の子(中身は男)を見ている女の子って。

ルキを何とか、それは本当にもう何とか引き剥がして、すぐに着替える。

水着は見るのは大好きだけど、水着はもう二度と着たくない……。


「あっそう、アウラムも誘って海行くつもりだから買っといた方がいいわよ」


お前もか、キズカータス。

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