第9話
薄明るく、僅かにかびた匂いが満ちた部屋。
松明の明かりに顔だけを照らされた男が、目を剣呑に細めている。
「やっとこの時期が来たか……」
「ええ、普段の学園に殴り込みに行くのはリスクが高すぎますからね。」
落とした声に反応するのは闇に紛れていた向かいの男。
そのまま二人は、平穏ではなさそうな会話を続ける。
「ヤツの魔法は特異だ。だからこそ、付け入る隙がある」
「そうですね。それに私の魔法も対抗策になるでしょう」
「計画は万全、上への報告も済んだ……。これで、あの高慢ちきな女を跪かせ、あのクズの家を屈服させるのだ」
「ハッ!」
俺の知らないところで、名家を取り巻く陰謀が渦巻いているのだった。
@
──────新魔祭。
来たれ、若き魔法師たちよ。
戦え、眩き栄光のために。
「って言われてもねぇ……」
入学してから2ヶ月程がたったある日。
帰りのホームルームにて教師がポスターのようなものを張り出した。
「お前ら、奮って参加できるようにしろよ」
とのことだったが、どうせ出るのはアウラムとキズカ、それと誰かだろう。
それくらい二人は隔絶した実力を持っているのでね。
「なにか言った?」
俺が無意識に呟きを落としていたようで、一緒に帰っているキズカに不審がられた。
口調は女に慣れても、こういう癖は矯正されてないからなー。
「いや、新魔祭はキズカちゃんとアウラムくんが出るんだろうな
っていうのを考えてたの」
「私はあんまり出たくないんだけどね」
「アレ、そうなの。てっきり実力をアウラムくんに見せつけるいい機会とか言うと思ってたんだけど……」
「ちょっとミクリ、アタシのイメージがアウラムに寄ってない?そもそも、あいつとは決闘したし……」
「えっ!?いつの間に!?」
本当は知ってた。
そこでキズカがアウラムにちょっと心寄せるようになることも元のラノベで読んだしね。
「結果はどうだったの?負けた?」
「引き分けよ。ただ、あいつちょっと手を抜いてる感じがしてたのよね……」
あれ?心寄せてない?
「アウラムくん、あんなんだけど優しいから……」
「何よ、私のこと友達とか思ってるのかしらね」
「え、そうじゃないの?」
「じゃないわよ!あいつなんか……なんか…あれ?友達?」
気づいてなかったんかーい!
もしかしてキズカ、裏設定で陰キャとかあるんか……?
「そうだね、友達に見えてたよ」
「あ、あいつの前では絶対に言わないでよ、恥ずかしいから」
頬を染めながら口をすぼめて忠告(?)を俺にしてくる。
可愛いね、キズカ。
「それじゃ、またね」
「またね」
手を振って、二方向に別れる俺たち。
振り向いた俺のその眼前に、いかにもチンピラといった風貌の男が待っていた。
突然のことに俺は驚きで目を見開き、咄嗟に後退りしてしまう。
「ッ!?何!?」
「なあ、お嬢ちゃん。あの女と仲いいのか?」
「あの女ってのは、キズカのこと?」
「ああ。嬢ちゃん、紹介してくれよ」
随分と下賤な輩だなぁ。
とっととぶっ飛ばしたいけど、俺の魔法じゃぶっ飛ばすどころか天国にぶっ飛ばすからな……。
よし、アレでいきますか。
久しぶりだけど、上手くできるかな?
目を据え、大きく息を吸い、地面にめり込むほど頭を落とすッッ!!
「どうか!!!見逃してはくれないでしょうか!!!!」
「は!?」
「私はいいです!何をしても!しかし、あの子は男にトラウマを持ってるんです!!どうか!!辞めてください!!!!」
俺の出した叫び声に、たじろぐ男。
さらに何があったのかと、周りに居た人がこちらに注目してくる。
「皆さん!!この男は私の友達を襲おうとしてます!!」
「え、最低じゃない……」
「女の敵ね」
「誰か騎士団呼んでこい!」
よし、狙っていた反応……!!
このまま畳み掛けるぞ。
「おい!やめろ!!」
「助けてください!脅されてます!!」
「やめてくれ!もういい、わかった!!」
チンピラも流石にこの状況で下手なことはできないと悟ったようで、やめるよう言い聞かせてくる。
「おい!そこの男!女を襲おうとしているというのは本当か」
「ゲッ……覚えてろよ、嬢ちゃん!酷い目に合うからな、あの女はな!!」
「君、大丈夫かね?」
誰かが呼んだ騎士団の人が、俺に安否を確認してくる。
取り敢えずうなずき、軽く事情を説明した。
「なるほど、分かった。また男が現れたら、すぐに知らせてほしい」
「もちろんです」
俺はこのとき、男が最後に吐いた捨て台詞を気にもとめていなかった。
しかしそれは俺を平穏から遠ざけるキッカケとなることを、俺は知る由も訳もなかった。
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