第32話『予兆』


 アブカルダルム。

 リッチモンド。

 ラザロ。

 レイヴン。


 魔王軍に所属していた四天王。

 その全てを俺は倒した。


 ――そうすれば当然残るのは……魔王だ。


 その魔王はノクティス様いわく、北の大地に居を構えているという。

 四天王という師団長ポジションが居なくなったことにより、魔王軍の戦力は激減している。

 これを殲滅せんめつするべく、王都に居る腕利きの冒険者と共に魔王城へと攻め込みなさいと神託を下すノクティス様。


 それに対して俺は――



「嫌っす」


 久しぶりに聞くノクティス様からの神託。

 俺はそれを、我が家でゲームしながら断っていた。



『………………ね、ねぇ加藤蓮。あともう少しなのよ? 残るあなたの敵は魔王のみ。それさえ倒せたならあなたの敵は居なくなる。だから――』


「いや、だからね? 魔王倒しても俺の敵は居なくならないって前に言ったじゃないですか。そもそも王都の冒険者と一緒に行動しろって……それ絶対に魔王を倒しても味方に裏切られてBADEND迎えるやつでしょ? それならソロで魔王を倒しに行く方がマシですよ。いやまぁソロでも行かないんですけどね」




 俺が四天王であるラザロとレイヴンを倒して一カ月の時が経った。


 その後……この村では特に何も起きていない。

 強いて言うならばそうだな。あの戦いの翌日の出来事くらいか。



 四天王ラザロとレイヴンを倒したその翌日。



 昨夜の轟音は何だったんだとか、村は少しだけ慌ただしい状態になっていた。


 しかし、俺とサラがラザロとレイヴンを倒した後、戦いがあったという痕跡こんせきを一晩かけて丁寧に消したため、村の人たちが原因究明しようとしても何も見つからず。

 結果、原因不明の轟音という形でうやむやになったのだ。


 そうして大事にはしたくないという方向にサラが村長さんや村人達を誘導して。

 結果、俺やサラが危惧していた王都からの調査隊とかも来ていない。

 至って平和な日々。


 ああ、これこそが俺の望んだスローライフだ。

 だというのに――



『なーにが「これこそが俺の望んだスローライフだ」よ!? アンタサラに寄生してニートしてるだけじゃないっ!! せめて働きなさいよっ! 家を出なさいよっ! もうちょっと誇りを持ちなさいよっ!! サラに養ってもらわなきゃ生きていけないダメ人間のままでいいの!? 恥ずかしくないの!?』


 そんなノクティス様のお言葉に俺は――――――


「いや、別に?」



 事もなげにそう答えた。


 誇り? なにそれ食えんの?

 

 ダメ人間万歳!!

 何もしないで家でずっとゲームして、夜になったらふらっと外に遊びに行くこの生活は最高ですね。


『あ゛あ゛あ゛あ゛もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』



 なぜかご乱心しているノクティス様。

 きっとカルシウム不足なのだろうな。とてもイライラしていらっしゃる。


 そう言えばと……俺は初めて会った時のノクティス様の姿を頭に思い浮かべる。

 外見はピンク色の長い髪の美少女という姿のノクティス様。

 確かにとても可愛らしく、神聖なお姿ではあったが、サラと違ってその胸は断崖絶壁だった。


 ――うん。

 やはりノクティス様はもっと牛乳を飲むべきだと思う。

 俺は親切心からその事をノクティス様に進言しようとして――


『――うっせぇわよっ! なにを物凄く失礼な事を考えてるのよこのクズヒモニートッ!! 私の姿はこれで固定されてんのっ! 牛乳飲もうが何を食べようが成長もクソもないのよっ!!』



 進言する前に怒られた。

 怒られながら俺は。


「なん……だと……」


 ノクティス様のあまりにも可哀想で悲壮なその真実。

 それを聞いて震えていた。


 そうか……。

 ノクティス様……あの美少女の姿からもう成長しないのか。

 それはつまり、あの断崖絶壁の胸も永遠にあのままという訳で――


「それは、その……すいませんでした」



 俺は目頭を押さえながら、本当に申し訳ないと思いつつ心からノクティス様に謝った。


 あぁ……胸の奥が苦しい。


 こんな事が。

 こんな理不尽な事があっていいのか!?


 俺はノクティス様の置かれた過酷な現状に一人涙を零して――


『いや現状私を最も苦しめてるのはアンタだからっ!! っていうか何度も何度も断崖絶壁ってうるっさいのよっ! あんな脂肪の塊なんか私にはふさわしくないの。私は今の私の姿をとても気に入ってるし。だから憐れまれる筋合いなんてないわっ!!』


「そう……ですね。はい。ノクティス様は美しいです。女神様らしく神聖さもあるし。だから……うん。胸が微塵みじんもなくても気にする必要はありませんよノクティス様っ!!」


『アンタマジで私に喧嘩売ってんの!?』



 フォローしているはずなのにますます怒り出すノクティス様。

 そんな時だった――



 ――バァンッと家のドアが開き。



「――レン様っ!!」


 まだお昼時だというのに、サラが帰って来た。


「あれ? 早かったなサラ。確か今日は夕方くらいに帰ってくるんじゃなかったか?」



 いつものように朝食と昼食の用意をして仕事に出かけていたサラ。

 彼女がテーブルの上に残した書置きには『夕方頃に戻ります』と、確かそう書いてあったはずだ。


 それなのにもう戻ってくるなんて……何かあったんだろうか?


「実は……」


 何があったのか語ろうとするサラ。

 すると。


『――っしゃキタァッ!!』


 突然ものすごく良い事でもあったかのように奇声を上げるノクティス様。

 ………………嫌な予感しかしない。


「どうかなさいましたかレン様?」


「……いや、なんでもない。何があったのか聞かせてくれるか?」

 

 そうして俺は。

 嫌な予感を胸に抱えながら、サラの話に耳を傾けるのだった――


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