第29話『約束はした(守るとは言っていない)』


 眼帯を付けた四天王レイヴン。

 ライオンの獣人であるらしい四天王ラザロ。


 その二人は俺と決闘の約束だけして、家から去っていった。

 ――よし。


「さぁて、こっちも準備しなきゃな」


 なにせ相手は魔王軍の四天王。

 それも今回は相手が二人だ。

 入念な準備が必要となるだろう。


『まさか……え? 今度こそ……今度こそなのよね!? ねぇクズヒモニート。いや、加藤かとうれん。今度という今度こそやってくれるのよね? あの魔王軍の四天王と戦ってくれるのね?』



 信じられないとでもいいたげなノクティス様。

 そこまで俺が四天王と戦う事を信じられないか。

 いくらなんでも俺の事を見下し過ぎ………………じゃないな。

 これ、今までの俺の行動が悪いわ。


「そりゃ俺だってやる時はやりますよノクティス様。何より、この家や村は俺にとってもう愛着のある場所になってるんですよ? それを壊されるのは嫌なんです」


 それに何より、俺が逃げたら後で村人達が殺されてしまう。

 俺から提案したと言うのもあって、さすがに逃げようとは思えない。


 もっとも、全く関係ない誰かが勝手に酷い目に遭う分には構わないんだけどな。

 ただ、俺の行動のせいで誰かが酷い目に遭ってしまうというなら話は別というだけで。


 ほら、俺のせいで誰かが酷い目に遭ったなんて知ったらそれだけで俺は重荷とか感じちゃうだろうし。

 そんな重荷を背負って生きるのは…………なんかしんどそうじゃない?


『よしっ、よしっ、よぉぉぉぉぉぉぉぉぉしっ!! どこまでも他人の事を考えてない自己中クズ野郎だけど、もうこの際そんなのどうでもいいわっ! やっと働いてくれる……。私の選定した勇者(笑)がようやく魔王軍四天王と正々堂々戦ってくれるのねっ!!』



 声を大にして喜ぶノクティス様。

 いや勇者(笑)って……。

 しかも結局、俺はクズ野郎って事で落ち着くんですね。


『そりゃそうでしょっ! 勇者って普通は無辜むこの民の為ならいくらでも頑張れる人の事なのよ? それをアンタは全く関係ない誰かが酷い目に遭うのは構わないって……。念のために聞くわ、このクズ野郎。今この瞬間も魔王やその手の者によって多くの人間が命を落としてると思うのだけど、その事についてはどう思う?』


「可哀想だなぁと思います」


 鼻をほじりながら俺はノクティス様の質問に正直に答えた。


 今この瞬間も魔王軍によって多くの人間が命を落としている。

 それは事実だろう。


 だけど、サラの話だとそれも人類が滅亡しないレベルでの侵攻らしいし?

 そもそも目の届かない範囲での出来事だからその程度の感想でいいよね?


 そう俺は思ったのだが。


『その程度の感想でいいよねって。いや、いいわけないでしょ……。アンタ一応勇者なのよ? 苦しんでる人たちを助けられる力があるのよ? それなのにそれって……』


 そう言われると少し痛い。

 だけど、こっちにも言い分はある訳で。


「確かに勇者なら心を痛めるべき所ですね……。ただ、あいにく俺には自分が勇者っていう自覚があまりないんですよねー。そもそも、勇者だから頑張らなきゃいけないって考えそのものが不平等だと思うんですっ!! 勇者にだって働かない自由があるべきだし、もっと言うなら職業選択の自由くらいあるべきですっ!! つまり――俺を勇者認定したノクティスが悪いっ!!」


 責任をノクティス様へと押し付ける俺。

 当然、ノクティス様はお怒りになるはずで。


『あー、うん。そうねー。その点に関しては私ももう認めるわ。思いっきり人選ミスったなぁって思ってるもの。まさかここまでのハズレを引くだなんて思いもしなかったわ……はぁ』


 意外だ。

 ノクティス様は俺の逆ギレに対し怒るどころか、悪いのは自分だと認めた。


 ただ、どうしてだろう。

 してやったりとは全然思えなくて、それどころかなぜか負けたような気がするのは。


『はぁ……でもいいわよもう。予定は狂いっぱなしだけど、それでもあっさり魔王軍に負けるよりはマシだしね。それに、もう大丈夫でしょ? アンタも遂に残りのあの四天王達と正々堂々まともに戦ってくれる気になったみたいだし』


 なんだかんだで俺の事を許してくれたらしいノクティス様。

 俺の事を敵認定していた女神様だが、考えを改めてくれたのだろう。

 それについてはとても嬉しい。


 嬉しい……のだが。


「え?」


『え?』


 

 互いに疑問符を浮かべる俺とノクティス様。

 これは……どうやらノクティス様、何か勘違いしているようだな。


 俺はノクティス様の思い違いを正すべく、言った。


「いや、あの……ノクティス様? 俺、正々堂々あの四天王二人と戦うつもりなんかないですよ?」


『はぁ!? いや、なんで!? だってアンタ、決闘の場所までわざわざ指定して――』


「ええ、しましたね。実際あの四天王達とは戦うつもりです」


『なら――』


「でもノクティス様。戦う場所とか時間とか……そんな約束事を守る必要あります? だってあいつら敵ですよ?」


『んな……』


 そう。

 俺はあの四天王二人とは戦うつもりだ。

 そこに嘘はない。


 だが……指定した通りの時間に戦うつもりなど微塵みじんもないっ!!!


『あ、アンタ……勇者なのにあの場面で嘘吐いたの? え? 本当に? えぇ……』


 頭に響く困惑気味のノクティス様の声。

 俺は彼女にも伝わるように、あの四天王二人を打倒するプランを頭の中に描く。



 俺が指定した決闘の時刻は『明日の朝』。

 だが、俺は連中が寝静まる夜に奇襲をかけるつもりだ。

 夜ならノクティス様の力の恩恵を最大限に受けられるからな。


 そうして俺にとって優位な状況で四天王二人とも闇討ちしてしまえばいい。

 そう考えて俺はわざわざ奴らが野営とかしそうな泉の傍を決闘場所に選んだのだ。


 とても嬉しい事に、奴らは泉で野営するみたいな事を言っていた。

 つまり、相手が深夜に居る位置は割れている。

 これで奇襲プランは万全である。


『………………ど、どこまでも勇者らしくないわねコイツ。けど……魔王の配下を倒す事に積極的になったのは喜ぶべき事で……これは……うーん……』


 そうして。

 俺は夜に四天王二人を奇襲すべく、準備を始めるのだった――



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