第11話『VS空腹』



「クッソッ――」



 自分が空腹である事を自覚した俺は日陰に隠れ、さっそく能力を発動。

 食べやすそうなクッキーを生み出し、夢中で頬張る。


 美味しい。

 美味い。

 しかし……。



『ふっふっふっふっふ~~。そんなんじゃその場しのぎにしかならないわよ? だってそれ栄養にならないもの』


「こんの……謀ったな貴様ぁぁぁっ!」


 そこまで俺を冒険者ギルド総本部のある『ラクレイシナ』に行かせたいか。

 そこまで俺を冒険者に仕立て上げたいのか。

 そこまで俺を……勇者にして魔王を討たせたいのかぁぁぁぁぁ!?



『いや、それ最初から言ってるでしょ? そんな心の中で怒られても……。そもそも、ラクレイシナに行かせるだけでそこまで上手くいくなんて思ってないし。ただ、アンタにこの世界の冒険者やギルドの中を見せたら何か変わるかなぁって思っただけで』



 ノクティス様はこう言っているが……俺は騙されないっ!!

 俺が仮にラクレイシナに向かった場合。




 なんだかんだでラクレイシナは魔王軍か何者かの手によって占拠されたりするに違いない。

 そうしてラクレイシナから俺は出られなくなり。


 やむなくラクレイシナを占拠する何者かとバトルする事になったりするのだろう。


 そこで命を落とせば最悪だし。

 仮にそこで生き残っても俺は魔王軍に目を付けられてしまい、人間側にも勇者として持ち上げられてしまうだろう。


 つまり――平穏にのんびり過ごしたい俺にとってラクレイシナ行きは地獄でしかないという事だっ!!


『どんだけアホな頭してんのよ!? そんな事がそうそう起こる訳がないでしょ!?』


 うんうんそうだね。

 ノクティス様の言う通りだ。


 冒険者ギルドの総本山である『ラクレイシナ』。

 そんな場所が占拠されるだなんて事、普通はある訳がない。


 だが……。


「いいや、この世界に召喚された俺が行けば確実に何かが起こる。冒険者ギルドの総本山、女神に召喚された男。この二つの要素が重なって何かが起きない訳がないっ!! 街が占拠されなかったとしても確実に俺がトンズラ出来なくなるような何かが起こるはずなんだっ!!」



 そんな事、普通はある訳がない。

 しかし、それが主人公が居るタイミングで起きてしまうのが異世界物語というものだ。


 認めたくはないが、ノクティス様に召喚された俺はこの世界で最も主人公という立場に近い男だろう。

 そんな俺が『ラクレイシナ』になんか行ったら……何かしらのトラブルイベントが発生するに決まっている。



 だから行かない。

 ノクティス様の言う通り、お腹は確かに減っているが行かない。

 行かないんだっ!!!



『な、なんて物凄い決意……いや、でもさ? そうは言ってもアンタも色々と限界でしょ? それに、冒険者ギルドのない田舎に行ってもアンタ一文無しだしどうするつもり?』


「それは――」


 確かに既に俺の空腹具合は限界だ。

 それにノクティス様の言う通り、俺が望んでいる冒険者ギルドすらない田舎に行っても今の俺は一文無し。

 畑を耕すにしても収穫の時まで呑まず食わずは確実に耐えられない。


『だからここは冒険者ギルドに行っておきましょうよ。ギルドで冒険者登録なんかしなくても魔物の素材を持ち込めば買取してくれるし――』


 俺の気を遣ってくれているらしいノクティス様。

 買取をすませてすぐに街から出ればいいしと俺を説得しようとしている。

 だが……。


「――馬鹿野郎っ!! それこそ異世界モノでド定番のイベントフラグじゃねぇかっ!?」


『ド定番のイベントフラグ!?』


 そう、ド定番のイベントフラグだ。

 異世界モノの物語において、ド定番となるイベントはいくつかある。


 そのド定番イベントの一つ。

 それこそが冒険者登録すらしていない主人公が大量の魔物の素材を持ち込むイベントだ。





「俺が魔物を倒して素材を持って行く。するとギルドの受付さんがその量やら質やらに驚いて騒ぎになるんですよ。それで自分じゃ対応しきれないってなってギルド長が出てきて更に大事になって……分かりますかノクティス様? トラブルイベントはこうやって連鎖していくんです。一瞬の気の緩みすらも許されないんですよっ!!」


『アンタ空腹で頭がおかしくなってるんじゃ……あ、ごめんなさい。元々頭がおかしかったんだったわ』


「失礼な」


 女神様にあるまじき暴言を吐くノクティス様。

 俺はただトラブルに巻き込まれないようにと気を張っているだけなのに……。


『だからそれが無駄な努力だって……はぁ。もういいわ。それで? 結局どうするのよ? このまま飢え死にでもする? それは私としても不都合しかないから困るんだけど……。私が召喚した勇者がそんなつまらない理由で死ぬだなんて恥ずかしいし』


「俺だって飢え死になんてしたくありませんよ。ただ、冒険者ギルド総本部のある『ラクレイシナ』にも行きたくないんです」


『なんて我がままな……。それじゃアンタは一体どうするつもりなのよ?』



 どうもこうもない。

 街にも寄らず、イメージした食べ物が栄養にならないというのなら答えは一つだ。



「昨夜と同じように野宿します。そしてこれは賭けになりますが……そこら辺に生えている木の実を食べて栄養を摂ります!!」


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