第26話『擬態』



「おっ、やっぱり居るな。こいつから漂ってくる匂い……間違いねえ。おいお前、お前がアブカルダルムとリッチモンドをった奴……にしてはあまり強そうに見えねえな。どういうことだ?」


「むぅ……そこまで鍛えられた肉体でもなし。魔力も平均以下……か。ラザロよ。やはり人違いなのではないか?」


 呼んでもいないのに勝手に玄関のドアを壊して我が家に侵入してきた男二人。

 その二人は俺を見るなり、言いたい放題言ってきた。


 そんな中。

 俺は特に苛立つことなく二人を見つめ。


(この物言いから察するに……こいつら魔王軍か)


 そんな風に今自分が置かれている状況を理解しようとしていた。


 なるほど。

 お仲間がやられたから復讐に来たという訳か。

 こうして家まで上がられたからには腹をくくるしか……いや待てよ?


 目の前の屈強そうな二人。

 二人は揃って俺の事を貧弱だなんだと言って首をかしげている。

 実際の俺を見て『本当にこんな奴が魔王軍四天王の二人を倒したのか?』と疑問に思ってくれているのだろう。


 ――――――よしっ。ツイている!


 ここはそのまま勘違いしてもらって速やかにお引き取り願うべきだろう。

 なんて事を考えていたら。


「いや、待てレイヴン。確かに強そうには見えねえ。見えねえんだが……おいお前、俺達を見て全然びびらねえな。普通のやつならこの段階で――」


 おっとこれはマズイ。

 これっぽっちもびびらない俺を見て怪訝けげんそうな顔をしている獣人ラザロ。


 確かにこんな屈強そうな奴が二人もいきなり家に上がり込んできたら普通、住人は悲鳴の一つくらいあげるか。


 ならば――


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!? だ、誰だよぉぉアンタら!? ご、強盗か!? た、頼む。金目の物ならなんでもやるからどうか命だけは助けてくれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」



 俺はそこら辺に居る一般人のごとく、思いっきり怯えてみた。


 情けなく。

 格好悪く。

 滑稽こっけいに。


 そうやってびてみた。


『これは酷い』



 ノクティス様から軽蔑けいべつしきったようなお声を頂く。 

 うっさいわい。

 こちとらもうクズヒモニートとして生きていくことを受け入れてるんだ。


 それなのに誰が魔王軍の奴なんかと戦ってたまるか。

 こうやって情けない姿の一つや二つ見せるだけで帰ってくれるならその方がいいに決まってるんだよ。


 そうして俺がただの村人らしく思いっきり怯えたふりをしていると。


「クハッ――。なんでぇ、俺の気のせいか。まぁ、そう怯えるなよ人間。俺は魔王軍四天王、獣戦師団もうじゅうしだん団長のラザロってもんだ。で、こいつも同じく魔王軍四天王。唯一自分の部隊を持たない孤高の戦士、レイヴンだ」


 俺に対する警戒を解き、自身ともう一人の方の素性を明かす獣人ラザロ。

 もしかしてとは思っていたが……やっぱりこいつら魔王軍の四天王かよ。

 四天王が一気に二人も来るなんて冗談じゃない。


 とりあえずここは――


「ままままま魔王軍の四天王!? そ、そんな……そんな大物がどうしてこの村の、それも僕の家なんかに……な、なんでもするから殺さないでくださぁいっ!!」


 魔王軍の四天王が目の前に現れた事により、更に怯えまくる一般人の振りをしておこう。

 情けなく糞尿ふんにょうでも垂れ流すべきだろうか?

 でも、それやったら相手によっては不快だって言われて切り捨てられるからなぁ。


 よし。ここは普通に泣き叫ぶだけでいいだろう。


『いざとなったら糞尿ふんにょうでも垂れ流すつもりだったんだ……。引くわーー』


 うっさい女神様。

 今は高度な駆け引きをしているんだ引っ込んでいろ。


 頭の中に響く呆れた様子のノクティス様の声に気を取られないよう、俺は怯えまくる一般人の振りを続行する。

 すると思惑通り、獣人ラザロは俺と戦う気が完全に失せたらしく。


「ククッ、安心しろよ人間。俺もこいつも、強い奴にしか興味はねえ。お前みたいな弱虫の命に興味なんてねぇよ」


 俺の命に興味なんてないと。

 そう言ってくれた。


 ………………よっしっ!!

 俺は心の中でガッツポーズをしながら、だけどそれが表に現れないように怯えまくる一般人の振りを続けた。

 ここは『良かった……見逃してもらえた……』と安堵する一般人Aの場面だ。


 なので俺はいくらか安心したように肩の力を抜いて。


「え? 本当……ですか?」


 俺はそう恐る恐るといった様子で獣人ラザロに尋ねる。


「ああ、本当だ。ただ……そうだな。いくつか質問だけさせてもらうか。それが終わればすぐにここから立ち去ってやるよ」


 そう約束してくれた獣人ラザロ。

 彼は完全に警戒を解いて俺へと質問しようとする。


 しかし、その時。


「――――――待てラザロ」


 眼帯を付けたやたら強そうな男がそれを制した。

 重そうな鎧を身にまとうその男は腰に差してある剣の柄を握りしめながら。


「――貴様、怖がる演技をしているな? 本当は我らの事など恐れていないだろう?」


 既に確信しているかのように、俺の目をまっすぐ見つめながらそう告げてきたのだった――

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