第25話『たのもーーう』



『………………もうお昼だけどおはようクズヒモニート。昨夜は随分お楽しみだったみたいね』


「ぐっ……。な、なんですかノクティス様。そんな人聞きの悪い事を言って……。一応誤解のないように言っておきますけど、俺は昨夜サラと一緒に寝ただけで手は出してませんよ?」


 サラに甘やかされながら眠った翌朝。というか翌日の昼。

 俺は呆れ果てたようなノクティス様のお声を頂いていた。


 既にサラは仕事に出かけたようで、家にはいつものように朝食と昼食の用意がしてあった。

 俺はもそもそとサラの作ってくれた朝食を食べながら、頭に響くノクティス様の声に対応している。


『そうね。手は出してないみたいね。まぁ、あそこまで色々許しておいて手を出さないのも甲斐性なしって感じだけど』


「………………」


『あぁ、勘違いしないでね。別にその事についてはどうでもいいの。問題は……クズヒモニート。アンタ、ニートから脱却する気ないでしょ?』


 完全に俺の呼び名を『クズヒモニート』へと固定しているノクティス様の確信したような物言い。

 心外だ。


「何を馬鹿な事を言ってるんですかノクティス様。俺、昨日決心したんですよ? 俺はダメ人間を脱却するべく気合を入れようって。明日になったら頑張ろうって決めたんですよ」


 そう、俺だっていつまでもニートのままじゃいられない。


 俺の世話をしてくれるサラに報いなければ。

 仮にサラがそれを望まなかったとしても。

 俺だってこの家の家計を支えるべく働けるはずだ。


 何をするべきなのかは決めてないが、それについてはまた明日にでもゆっくり考えるつもりで――



『ふーん。あ、そう。それなのにクズヒモニートは気合を入れるつもりの今日、こんな昼頃までゴロゴロしてたんだ?』


「………………」


 おっといけない。

 いつもの習慣なので今まで特に気にしていなかったが、確かに今の俺の姿はダメ人間を脱却するべく気合を入れた姿なんかではない。


 それこそノクティス様の言う通り、クズヒモニートの姿そのものだった。


『明日頑張る。明日頑張る……ねぇ。ねぇクズヒモニート。アンタの明日っていつ来るのよ?』


「いや、その……ですね?」


『当然のようにサラの作り置きしてくれたご飯を食べて。それに対して感謝もせずに食べ始めて。自分の事をこれっぽっちも情けないなんて思わないで……これ、私から見たら口だけ頑張るって言ってるクズヒモニートにしか見えないんだけどどう思う?』


「………………」


 どうしよう、何も言い返せない。

 サラだけ働きに行かせて、口だけ気合を入れるだの働くだのと息巻いているクズヒモニート。

 客観的に見れば俺はそうとしか見えず。



 と………………そこで俺は初めて疑問を覚える。



 ………………あれ?

 俺って世間の評価なんか気にするような人間だったっけ?


『昨夜アンタ達の間でどんな話し合いがあったのか。それについては詳しく知らないけどね。どうすんのよ。このままじゃサラに愛想尽かされちゃうわよ? 何がどうなって魔王退治の話は流れちゃったのよ』


 あくまで俺の心を読んでいるだけのノクティス様は昨夜の出来事についてはまだ知らないらしい。

 俺が詳しく思い返しでもしない限り、サラとのあの問答をノクティス様に知られる事はない。


 だからこそ、サラに愛想が尽かされてしまう云々と言うのだろう。


 だが、その心配はもう既にない。

 昨夜のサラとの話し合い。

 あの時、俺はサラに愛想を尽かされる事などないと確信してしまった。


『ん? あれ? ちょ、ちょっと待ちなさいよクズヒモニート。それ以上考えるのは――』


 なぜか焦ったようなノクティス様の声を半ば無視しながら、俺は考える。


 そう……そうだった。

 俺はサラに愛想を尽かされないように頑張ろうと。そう思っていたんだ。

 しかし、その心配はなくなった。


 つまり――――――


「ああ、そっか……。俺、もうクズヒモニートでいいや」



 俺は頑張るのをやめ、今日からサラに寄生して生きていくことにした。


 サラが稼いでくれるお金で生活し、サラの作ってくれるものを毎日食べ、サラに存分に甘やかされながら生きていく。


 誰がどう見てもクズヒモニート。ダメ人間としか言えない姿。


 だけど、世間の評価なんかを気にしない俺にとって、それは理想的な生活といえるんじゃ……。


『ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? それ以上考えるなって言ったでしょ!? 私が召喚した勇者がクズヒモニートなんて……そんなのばれたらそれこそ天界での私の立場がないんだけど!?』



 いや、そう言われましてもね。

 だって魔王退治はサラも望んでない事みたいですし。

 それにノクティス様、俺の考えを読んだならもう昨夜どんな事があったかについても理解してるでしょう?


 後、なんかサラがイメージする俺ってノクティス様の意に反するのが持ち味みたいになってるみたいなんですよ。

 別にサラも働かない俺を見て何か言う訳じゃないし、


 もうここはノクティス様の意に逆らってクズヒモニートになり、働かずにのんびりスローライフを送ろうかなと……。


『そんなのを持ち味にするんじゃないわよアホスケ!! あぁ、なんでこんなことに。サラなら……あの子ならこのクズヒモニートを立派な勇者にしてくれると信じてたのに……。どうしてあの子は外じゃまともなのにこのクズヒモニートが絡むとあんなに歪んじゃうのか……』



 なんだか苦悩している様子のノクティス様。

 ――うん。いつも通りである。


 という訳で。

 俺は特に明日やら将来の不安なんか気にもせず、今日はノクティス様から頂いた能力で作り上げた自作テレビゲームでもやろうと――



 ――その時だった。



「「たのもーーうっ!!」」


 ドンドンと我が家のドアを叩く音。

 男の声だ。

 サラじゃない。

 それに、俺の知るこの村の人の声でもない。


「「たのもーーうっ!! たのもーーうっ!!」」



 なおもドンドンとドアを叩く男達。

 声の感じから察するに、相手は二人だろう。

 どちらも男で、なんとなくだが荒っぽい事に慣れてそうな雰囲気を感じた。



 なので――



『ね、ねぇ。誰か呼んでるけど出ないの? どうして黙々とテレビゲームをやろうとしてるのよ? しかも音を立てないように音量をゼロにして……』


 どうしてって……そんなの決まりきっているだろう。

 余計なトラブルに巻き込まれたくないからだ。


 このまま居留守を使えばきっと相手も諦めて他の所に行ってくれるだろう。



「? 返事が無いな。ラザロよ、本当にここか?」


「ああ、間違いない。この家からだ。リッチモンドとアブカルダルムの痕跡が途絶えた場所。そこに残っていた共通の匂い。そいつの匂いがこの家には染みついている。本人も中に居るな」



 表で物騒な事を言い始めた男二人。

 いや匂いって……。

 そもそもリッチモンドだのアブカルダルムだのって誰だよ。


 そんな奴ら、俺は心当たりすらないぞ?



『……あぁ、なるほど。そう言う事ね。クズヒモニート、急いで戦闘の準備を整えておきなさい』


 何かを察したようなノクティス様。

 ノクティス様の方には心当たりがあるようだ。


『いや、心当たりがあるも何もアンタがいた種なんだけどね』


 訳の分からない事を言うノクティス様。

 俺が蒔いた種?

 そう言われて改めて思い返してみるが……やはり分からない。


 表から聞こえる二人の声。

 それはやはり聞いた覚えのないものだし、さっき言ってたリッチモンドだのアブカルダルムだのなんて名前には聞き覚えすらなくて。



『アンタの記憶容量はどうなってんのよ。どっちもアンタが倒した四天王の名前じゃない。もっとも、アンタはリッチモンドの事をリッチモンって呼んでたみたいだけど』


「………………ああっ! あいつらの事かっ!!」




 俺が過去に倒した二人の四天王。

 そうか。表の二人が言っているのはあいつらの事だったのか。


「おい、今声が聞こえたぞ。やはり居るな」


「だが、出てくる気はないらしい。仕方あるまい、ここは無理やり押し通らせてもらうとしよう」


 とても物騒な事を言い出す表の二人。

 いやいや待ってくれ。待ってください。

 


 二人の魔王軍四天王が倒された現場に残っていた匂い。

 表の二人はその匂いを追って来たと……そう言っていたはずだ、


 俺が倒した魔王軍四天王の二人。

 その現場には俺の匂いが残っていたはず。

 二人はそんな俺の匂いを追ってここまでやってきた。


 つまり、狙いは俺な訳で。



 ――バキッ!!



 不快な音を立てながら開く我が家の玄関のドア。

 

 その先には……眼帯を付けたやたら屈強そうな男。

 そして全身から黄金の毛を生やしたいかにも屈強そうな獣人。


 そんな二人が玄関の前に立っていたのだった――


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