第22話『勇者として』
王都で勇者として鍛錬を積み、その後で魔王を倒したら存分にスローライフを送りなさいなと勧めてくるノクティス様。
存分にスローライフを送る。
それは確かに魅力的な提案だ。
しかし。
「それは無理ですね」
俺はそれは無理だと断言した。
『へ? 無理って……なんでよ? 魔王を倒したら敵も居なくなる。誰も彼もがアンタの事を称賛してハッピーでしょう?』
頭の中がすっからかんな様子のノクティス様。
その軽そうな頭に似つかわしく、ふわっふわな未来予想しか出来ていないらしい。
『聞こえてるわよ』
おっと失礼。ついつい本当の事を考えてしまいました。
『本当に失礼ね……。ってそんなのはどうでもいいのよ。それよりも――』
あぁ、はいはいそうでしたね。
魔王を倒してもスローライフなんて無理だって俺が言った理由についてですよね?
理由は簡単ですよ。
確かに現状の俺の敵は魔王とその配下の奴らだけだと思いますよ?
だからこそ、魔王を倒したら敵は居なくなるってノクティス様が言いたくなるのは分かります。
でも、違うんですよ。
魔王とその配下の奴らを全員倒したとしても。
その時、魔王以上に面倒な敵が勇者である俺の前に姿を現すんです。
だからこそ、魔王を倒してもスローライフなんて絶対に不可能なんですよ。
『魔王を倒したら現れる面倒な敵? もしかしてアンタ、ゲームで良くありがちな裏ボスみたいなのが出てくると思ってるんじゃ……』
そうじゃないです。
確かに、裏ボスについても考えるべきかもしれないですけどね。
でも、裏ボスに関しては不明瞭な事が多すぎるんでいいんですよ。
あいつら、主人公が会いに行かない限り無害だったりする場合もありますしね。
「もしこの世界がド〇クエみたいなゲームの世界だったら魔王を倒して世界は平和になりましたって感じでエンドロールが流れるんでしょうよ。でもねノクティス様。この世界はゲームじゃない。仮に魔王を倒してもその後の話がきちんと続く。勇者のその後が続いてしまうんですよ」
『え? いやそりゃそうでしょうけど……。だからどうしたってのよ? っていうかそれと魔王を倒したら現れる面倒な敵と何の関係が?』
ここまで言っても分からないか。
ならば言うしかあるまい。
魔王を倒したら現れる敵。
それは勇者にとって非常に面倒な敵。
その正体は――
「魔王を倒したら現れる面倒な敵。それは魔王を倒して少ししてから勇者に牙を剥く存在。それは――――国を
『け、権力者ぁ!?』
そう、権力者だ。
やつら権力者は勇者が魔王を倒そうとしている間は色々と支援してくれたりと力を貸してくれる。
だけど、それは魔王を倒すまでの話。
勇者が魔王を倒した後は違う。
奴らは勇者が魔王を倒したら、いきなり手のひらを返して勇者に敵対するようになるのだ。
魔王を倒した勇者。
それは下手をすれば王様よりも知名度のある象徴だ。
そんな存在を王様を含む権力者達は放っておけないのだろう。
だからこそ、やつら権力者は目障りだと言って魔王を倒した勇者を亡き者にしようとするのだ。
王様や貴族に狙われる勇者。
これも良くある異世界モノのテンプレパターンだ。
そうして狙われた勇者は殆どの場合メッチャクチャに苦労しており、死にそうな目にも遭っている。
中には普通に処刑された勇者も居るしな。
「分かりますかノクティス様? 勇者にとっての真の敵。それは魔王ではなく、権力を持つ王様とかそんな人たちなんですよっ!!」
『そんな事が実際に起こる訳………………ないとは……言い切れないわね。アンタの妄言だって言い切りたいけど、人間ってそういう権力絡みの争いはしょっちゅうやってるし。この世界の人間もそれは例外じゃないのよねぇ……』
おや?
珍しく意見が合いましたね?
『そりゃ……ね。アンタの言うそれ。普通によくある話なんだもの。権力者って下手な魔王より勇者にとって毒なのよねぇ……』
まるで見て来たかのように語るノクティス様。
いや、実際にそんな場面を見たのかもしれない。
なんせノクティス様は女神だ。
過去にこことは別の世界で勇者が権力者に殺されて……みたいな場面をノクティス様が過去に見ていたのだとしても不思議はない。
とはいえ。
実はこの件に関しては解決策があるんだよね。
「ただまぁ……実はその辺りについてはあまり心配してないんですけどね」
『そうなの?』
俺やノクティス様が心配している権力者争い。
それは勇者として有名になって、それを王様やら貴族やらに邪魔だと思われてしまうからこそ巻き込まれてしまうものだ。
なら、無名のまま魔王を倒せばいい。
そうすれば王様やら貴族に命を狙われる事もないはずだ。
だって表舞台に出てきてないんだから。
そうしたらこの世界に平穏が訪れて皆ハッピー。
俺も田舎でスローライフ余生を送ることが出来てハッピーとなる訳だ。
もっとも、それだと周りの俺への評価はプー太郎のまま変わらないだろうが。
『あぁ、それだと確かにアンタは結局周りからサラのお世話になってるヒモニートにしか映らない訳で……。そんな奴が魔王を倒しただなんてアンタ自身が訴えても誰も信じないでしょうね……うん……』
おいやめろ。
急に優し気な声で語り掛けて来るんじゃない。
自分でも確かにそう思うが、他人に言われるとちょっと泣きそうになるだろうが。
『そ、そうね。ごめんなさい……。で、でもさ? さっきも言ったけどサラに愛想を尽かされない為に魔王を討伐するって言うのはアリなんじゃないかしら?』
ふぅむ……魔王を倒すなんてことやってられるかと
というのも、この数か月で俺はサラに愛着が湧いてしまっている。
どこまでも俺を慕い。
どんな俺でも認めてくれて、褒めてくれるサラ。
健全な男子にとって、そうやって美人さんに甘やかされるのはご褒美以外の何物でもない。
だから愛着が湧いたり、離れたくないと思っても仕方ない事なのだっ!
仕方ない事……だよな?
『アンタ……もう完全にサラに飼いならされてるじゃない……。魅了は……うん、されてない……わね。なのにこれって……ねぇ、アンタ本当に勇者よね?』
まさか俺を勇者認定したノクティス様本人から『お前本当に勇者か?』と疑われる事になるとは……。
ノクティス様が俺をこの世界に送り込んだんでしょうがっ!
そう文句を言いたいところだが……残念ながら今の俺はサラに依存し、実際に養ってもらっているヒモニートだ。
そんな俺が勇者っていうのもどうなの?
……とは俺も思っている事なので何も言えない。
「俺が本当に勇者かどうかはともかく……ノクティス様の言う通りサラに愛想を尽かされるのは困りますねっ! なんだかんだでサラには愛着が湧いてきていますし。何より世話してくれた恩をどこかで返さないといけないですからっ!」
『サラに愛想を尽かされたら残るのは生活能力皆無のアンタ一人。この異世界でまともに暮らせるわけないものね……。そりゃ愛想を尽かされないよう頑張りたくなるのも当然で……え!? って事は!?』
――そうだな、仕方ない。
サラに愛想を尽かされないように。
俺も彼女の為に何か出来ないか。
それこそ勇者らしく魔王を倒したりしてこの世界の為に頑張るか。
その辺りの事を今夜、サラと相談してみよう。
『いやったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ようやく……ようやく私が召喚した勇者が勇者してくれる。この数か月ヒモニートやってるのを他の女神から散々笑われたけどようやく仕事してくれるわっ!!』
そんなノクティス様の喜びの声が脳裏に響く中。
俺はサラに幻滅されないよう勇者として働き出す覚悟を決めたのだった――
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