第21話『これぞ俺のスローライ……フ?』


 冒険者ギルドすらない辺境の村である『アヴリイル村』。


 この村に俺とサラがきょを構え、既に数か月の時が経過した。


 そうして現在、俺はこのなーんにもない村でのんびりと今という時を過ごしている。


 そう――のんびりと。



「レン様ーー? お食事の用意が出来ましたよーー? お部屋までお持ち致しましょうかーー?」


「いや、今行くよーー!!」


 今日もなんて事のない朝だ。

 サラが朝食を作ってくれて。


「ではレン様。わたくしは畑仕事などありますので出かけて参ります。それと、今日は狩りにも行かなければならないので帰るのは夜遅くになると思います。昼食はいつも通りそこに。念のため、夕食もまとめて用意しているのでお好きな時にお召し上がりください」


「ありがとう。助かるよ」



 いつものようにサラが俺の昼食や夕食を作り置きしておいてくれて。

 


「ふふっ、礼を言われるほどでもありません。――では、行って来ますね? 使った食器は水に浸けておいてくださると助かります」


「もちろん分かってるよ。いってらっしゃーい」


「さすがレン様です。では行って来ます♪」



 そうしてサラが働きに出かける。

 本当に何も変わらない。いつもの日常が始まって――



『――って完っ全にヒモニート状態じゃないのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』

 

「知ってますよすいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 脳裏に響くノクティス様の声。

 それに大ダメージを喰らわせられながら、俺はサラが掃除してくれている我が家で頭を抱えてのたうち回っていた。


『ねぇなんで!? どうして魔王を倒す為に召喚した勇者が働きもせず一度助けただけの女に養われてるの!? 私はこの世界のニートを増やす為にアンタを召喚したわけじゃないのよっ!?』

 

「本当にどうしてこうなったんでしょうねぇ!?」


 いや、違うんだ。

 俺だって働く気がないわけじゃないんだ。


 思い返すのは俺とサラがこの村に来た最初の日。

 あの日からサラは頑張ってくれていた。


 あの日「レン様はお休みください」と言って俺を眠らせたサラ。

 当然、俺はサラも旅の疲れが出ているだろうし眠るだろうと思っていた。


 だが、そんな事はなかった。


 彼女は俺が眠った後もずーーーーっと家の片づけをしてくれていたのだった。


 俺達が住むまで数か月の間は放置されていた家。

 当然、掃除は必要だ。


 だけど俺はそんな事にも思い至らなかった。

 いや、仮に思い至っていたとしても起きてからでいいやと思っただろう。


 だが、サラは違った。

 彼女は俺に不快な思いをさせないよう、俺が眠る横で一人片づけやら掃除を頑張っていたのだ。 



 夕方くらいに起きた俺も家の片づけをするサラを手伝おうとしたが、片づけは既にほとんど終わっていてあまり手伝えなかった。


 なお、その時のサラは俺が起きた事に気付くと。


「おはようございますレン様。見てくださいこれ。村の人たちが挨拶に来てくれておすそ分けしてくれたんです。今日の夕食は肉じゃがですよ♪」


 なんて事を満面の笑顔で報告してきた。


 それを聞いて俺は喜ぶべきかごめんなさいと土下座するべきなのか……あの時は本気で苦悩したものだ。


 



 それがこの村に着いた翌朝の出来事。


 不甲斐ない所を見せてしまった俺はこの異世界でスローライフを満喫するべく「今日からはもう少し頑張ろうっ!!」と気合を入れた。


 しかし。


 そんな俺の頑張りなんて虚無きょむに思えるくらい、その後もサラは頑張ってくれた。


 畑仕事のノウハウを学ぶべく他の村人達と交流を持って。


 冒険者の時につちかった狩りの技術によって近くの森から大物の獲物を捕って帰って村の人たちに喜ばれたり。


 人と接するのが得意と言うだけあって、幾度も村の人たち(特に男性の村人)からおすそ分けを貰ったりと……我が家の家計を支えてくれた。



 それに比べて俺は――


『本当に。それに比べてアンタときたら役立たずだったわよねぇ……。畑仕事をしたら水をやりすぎてサラの手間を増やして。危険を承知で狩りに参加したらしたで獲物を消し炭にして台無しにしたり。それを見て怖がった村人がパニックになりそうだったのをサラが魅了魔術で抑えたり……。アンタ、サラの足しか引っ張ってないもんね?』



 ……………………ぐぅの音も出ない。


 俺はスローライフを送るべくこの村で頑張った。

 俺なりに頑張ったつもりなのだ。


 だけど、どれもこれもサラの足を引っ張るような結果に終わった。


 そんな事を続けていると遂にサラから「レン様はどうか家で英気を養っていてください。大丈夫です。レン様をきちんと養えるようわたくし頑張りますから」と言われてしまい。


 ――あの時は死にたくなったなぁ……。


『ねぇ加藤かとうれん。もう十分休んだでしょう? そろそろ働きましょう? 大丈夫よ。アンタには誰よりも素敵な勇者って称号があるんだから。今からでも遅くない。この世界を救うべく魔王を倒しに行きましょう?』


「むぅ………………」


 これで何度目になるか分からないノクティス様の提案。


 勇者として魔王を倒しに行く。

 少し前までなら「そんなのごめんだねっ!」と言いきれていたのに、今となっては強く否定できずにいる。


 誰が好き好んで魔王やら四天王なんていう強敵と戦うかと。

 その想いは今も変わっていない。


 変わっていないのだが……このままでは俺の異世界生活はサラに世話されるだけというものになってしまう。


 さすがの俺も『それもどうなの?』と思っている訳でして。


 とはいえ、働こうとしたらしたで畑仕事も狩りも何もかもサラの足を引っ張っぱるだけって結果に終わってるから働けずにいるんだよなぁ。



『村の人たちがアンタの事をどう思ってるのかはもう知ってるでしょ? サラは健気で頑張り屋さんなのにその旦那さんはずっと家に引きこもってるって。ほら、見返してやろうとは思わないの?』


「いや、そもそも俺はサラの旦那さんじゃないですし……別にずっと引きこもってるわけじゃないですし……」


『そうね。外に出ては狩りの時みたいな問題ばかり起こしてサラの魅了魔術に頼ってるものね。あの子が居なかったらアンタとっくにこの村から叩きだされてるわよ?』


「ぐっ……」



 ノクティス様から貰ったチート能力。


 チート能力だけあって、俺は狩りをするにしても獲物をオーバーキルしてしまう事が多々あり。

 俺の事を「サラさんばかり働かせるダメ亭主」と言って絡んできた村の若者に対しても驚かせるだけのつもりがやりすぎてしまったり(もちろん殺してはいない)。


 とにかく、そんなチート能力であるからこそ、俺はこの村で不必要なトラブルを幾度も起こしてしまっていた。



 そんな俺の尻ぬぐいを毎回してくれたのがサラだ。


 彼女は補助と魅了の魔術を得意とするらしく、その力で俺が何かやらかしても問題のないようにしてくれていた。


 ノクティス様の言う通り、彼女が居なければこの村での俺のスローライフは数日も経たずに終わっていただろう。


 本当に……色々な面でサラには頭が上がらない。


 だというのに彼女は俺の事をレン様としたってくれていて。

 こんなヒモニート状態の俺に対して文句ひとつ言わず、今もこうやって俺の事を養ってくれている。



『助けられた恩があるからっていうのは理解できるけど……異常よね。私ならこんな男、助けられた恩があったとしても三日で捨ててるわ』


「酷いですねノクティス様。いや、それについては同感ですけど」


 この村に来てからサラの足ばかり引っ張り、少なくとも半月以上働いてすらいないクズ。

 それが俺だ。

 こんな男、俺がサラの立場だったらとっくに愛想が尽きてるだろう。



『本当に愛想を尽かされる日も近いかもよ? そして、それはアンタにとっても困る事態のはず。だから……ね? 愛想を尽かされる前に勇者としての責務を果たすべく立ち上がりましょ? 大丈夫よ。アンタの力は絶対に四天王や魔王に通用する。少し王都で鍛錬を積めば魔王なんてちょちょいのちょいよ。それで魔王を倒したら存分にスローライフを送りなさいな。それなら誰も文句なんて言わないし』


 存分にスローライフを送る。

 そんな魅力的な提案をしてくれるノクティス様。

 しかし。


「それは無理ですね」


 俺はそれは無理だと。

 そう断言した。

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