第18話『ではお供しますね』

「当然、即座に自害します♪」


 俺に置いていかれたら即座に自害すると。

 そう事もなげに満面の笑顔で告げるサラ。


 それを聞いて、俺は戦慄せんりつを覚えていた。


 俺でも分かる。

 サラ。

 この人……本気マジだ。


 俺に必要とされなければあっさり自殺しようとしている。

 そんな確固たる覚悟を感じるっ!!



 ――――――ダメだ。

 サラをここに置き去りにして旅発たびだってしまおうかと考えていたのだが、それを聞いてしまったら置き去りになんて出来ない。


 サラの記憶を俺のチート能力で消してからここを去るというのも視野に入れたが、そもそも記憶消去がうまくいくか分からない。

 というのも――


『私がアンタにあげた想像を創造する力。それは使用者であるアンタがイメージしている限り、想像した事象がそこに在り続ける力よ。つまり、イメージが途切れればそのイメージした物体は消え、最初から存在しなかった事になる』


 ノクティス様は俺のチート能力についてそう言っていた。

 つまり、サラの記憶を仮に俺のチート能力で消しても、そのイメージが途切れれば記憶が蘇ってしまう可能性がある訳で……。



「レン様……迷っているのですね? これからの危険な旅にわたくしを連れて行ってよいものかと悩んでいるのですね? ですが、そのような心配はなさらないでください。わたくしはこう見えても補助の魔術を得意としているのです。先ほどは足手まといにしかなりませんでしたが、必ずや勇者であるレン様のお役に立って見せますっ!」


 いや違うよ。

 重すぎるあなたをどうすりゃいいのか真剣に頭を悩ませているだけだよ。


 他人の人生を背負うなんて重責、背負わされたら俺の『あまりトラブルに巻き込まれないまま、出来るだけ気楽に自分の人生を歩んでいこう!』という人生プランが崩れるし。


 そもそも俺は確かにノクティス様に選定された勇者だが、危険な旅をするつもりなんか微塵みじんもなくて――




 ――――――そこで俺は閃いた。




 そうだ。


 サラは俺が勇者であると知り、そんな俺に助けられたからこそ惚れただの付いてくるだのと言っているんだ。


 言ってしまえば偶像崇拝というやつだ。


 俺が勇者であるからこそ、俺の事を立派な人間であると。

 そうサラは勘違いしているのだろう。



 そんなサラのこの執着から逃れる為にはどうするるべきか?。


 簡単だ。


 俺が物語に出てくるような勇者ではないと。それを思い知らせ、幻滅げんめつされればいい。


 本当の俺を知って幻滅げんめつすれば彼女も俺に一生を捧げるだのといった馬鹿な事は言わなくなるだろう。


 そうと決まれば話は早い。

 俺は意を決してサラへと向き直り。



「――聞いてくれサラ。俺は確かにノクティス様に選定された勇者だ。だけど……魔王を倒す気なんてサラサラないんだっ!!」


「そうですか。ではお供しますね」



 ……………………おや?

 おかしいな。


 てっきり「勇者に選定されたと言うのに世のため人の為に働かないのですか!?」みたいに非難されると思っていたのに、あっさり受け入れられたぞ?


 いや、違うな。受け入れられている訳がない。

 きっと冗談だと思われたのだろう。


 俺は改めてサラに幻滅されるべく話を続けた。



「魔王だけじゃない。四天王も、魔物も、俺はそんなのを積極的に倒す気なんてないんだっ!!」


「そうですか。ではお供しますね」


「……そもそも俺は冒険なんてしないんだっ! 静かに農民として過ごすんだっ!!」


「そうですか。ではお供しますね」


「………………ふっふっふ。というのは嘘で、実は俺は魔王軍に寝返ろうとしている人類にとっての裏切り者なのだぁっ!」


「そうですか。ではお供しますね」



 ………………あっれぇ?

 おかしいな。幻滅されそうな事ばかり言って、しまいには魔王軍に寝返ろうとしているなんて嘘まで吐いたのに受け入れられたぞ?


 いや、いやいやいや、あり得ないってそんなの。

 完全に冗談だと思われてるんだ。

 そうに違いないっ!!



「サラ。魔王軍に寝返るとか言ったのはともかく、俺は冗談なんかじゃなく本気で誰かの為に戦うなんて事は……って何やってんの?」



 サラに幻滅されるべく言葉を続けようとした俺だったが、そこで彼女が何かしている事に気付く。

 月明りに照らされながら、彼女は手紙のようなものに何かを書いていた。


「申し訳ありませんレン様。もう少しだけお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


「いや、まぁ別に構わないけど……こんな暗いとこで手紙? なんで?」





 なんでこんな所で手紙なんて書くのか。

 もっと明るくなってから。なんなら朝を迎えてからでも書けばいいだろうに。


 当然のようにそんな疑問を俺は抱いたのだが。

 

「いえ、レン様と共に人類を裏切るなら実家に居る両親と妹にその旨を伝えるべく手紙をしたためておこうと思いまして」


「ほ、ほう……?」


 俺はサラが書いている手紙を横から盗み見た。

 そこにはこう書いてあった。


『お父様お母さまごめんなさい。わたくし、サラ・ヴィヴァレンティは人類を裏切ります。探さないで下さい。……ごめんなさいルビィ。あなたの姉はもう死にました』


「――これでよし……と。後はこれを届ければ後腐れなくレン様と共に魔王軍にくだれますね♪」


 そう言って満面の笑みを浮かべるサラ。

 いや、あの………………うん。


「………………さっきのは冗談なのでそういう報告とかはやめてください」


「へ? あ……冗談なのですね。申し訳ありません。わたくし、そういうの分からなくて……」

 

 そう言って書きあがったばかりの手紙をビリっと破るサラ。


 ――あかん。

 この子、俺の言ったことを全部正しく受け止めたうえで付いてくる気だ。

 俺が農民になろうが人類を裏切って魔王軍に与しようが関係なく付いてくる気だ!!


「ではレン様。これからどうなさいますか? わたくしに何かできることはあるでしょうか?」


 俺がこれからどうしようと絶対に付いていくぞと暗に伝えてくるサラ。

 俺はこの子をどうするか考え……そして……。



「あ~~、うん。それじゃあ冒険者ギルドすらない田舎の村みたいなとこに案内してくれるか? 俺、そこで農民やるから」


 もうどうしようもないので同行を許すことにした。


 道案内が欲しかったところだし、ちょうどいいだろう。

 そう俺は自分に言い聞かせた。



「分かりました。では参りましょう」



 そうして俺は。

 サラの案内の下、田舎の村へと歩を進めるのだった――


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