第17話『重い女はお嫌いですか?』



 四天王その2ことリッチモン。

 大量のアンデッドを操る強敵だった……気がする。


 それを完全に消滅させた俺は、彼が消えた辺りを油断なく見つめる。

 そうしていると。



「凄い……本当に凄いですわ、レン様」



 俺の背後に隠れていたサラさん。

 彼女は立ち上がると共にそんな風に俺を褒めてくれて。


「ん?」


 あれ?


「どうかなさいましたか、レン様?」


 俺が不思議そうに声を上げたからだろう。

 サラさんが俺の心配でもするようにどうしたのか聞いてくる。

 いや、実際に心配してくれてるんだろう。


 ただ――


「いや、あの……サラさん? なんで俺の事を様付けで呼んでるんです?」


 なぜか俺の事を様付けで呼んでいるサラさん。

 その理由を聞いてみると。


「ああ、その事ですか。いえ、特に深い理由はありません。ただ、わたくしがレン様の事をおしたい申し上げているからですわ」


「あぁ、なるほどね………………なるほど?」


 んんんんん?

 どういう事だ?


 俺を様付けで呼ぶ理由。

 それを尋ねたら更なる謎が出て来たぞ?




 お慕い……申し上げている?

 それってつまり恋愛的な意味で好きだからですって言われたんだよな?


 ………………んん? いや、やっぱりどういう事だ? 訳が分からん。


「もしかして……ご不快でしたか? わたくしのような女に好かれても迷惑でしょうか?」


 俺が無言でいる事に不安を覚えたのか。

 どこか切羽詰まったような表情で尋ねてくるサラさん。

 いやまぁ、迷惑かどうかと言えば――


「いや、迷惑じゃないですけど……。サラさん美人だし巨乳だし、好かれること自体じたいは嬉しい訳でして……」


「そんな、美人だなんて。照れてしまいますわ、レン様」


 言葉通り、本気で照れている様子のサラさん。


 ああ、なるほど。ようやく理解した。

 これ吊り橋効果ってやつだ。


 危ない所を助けられた時のドキドキを恋愛感情のドキドキと勘違いしちゃうっていう例のやつ。


 サラさんはあのアンデッド四天王であるリッチモンに狙われ、パーティーにも見捨てられて絶体絶命のピンチに陥っていた。

 そこを俺に助けられたことで吊り橋効果が発動しちゃったのだろう。



「これからのわたくしの一生。その全てをレン様へと捧げる事をここに誓います」


 キラキラした金色の瞳を俺に向けてとんでもないことを誓うサラさん。


「いや勝手に誓うなよ!?」



 重いっ!!

 さっき言った通り、好かれるのは全然迷惑じゃないけど重いよサラさん!?


 こっちとしては一生を捧げられても困惑してしまう訳で。

 そもそも誰かの一生なんか背負いたくない訳でして。

 だというのに。


「そう言われましても……全てを捧げるくらいでないとわたくしの気が収まりません。レン様が助けてくださらなければわたくしはここで果てていたでしょうしね。つまり、この命はレン様あってのもの。この命はレン様のものです」


「いや、サラさんの命はサラさんの物だろ!? 勝手に俺の物にしないでくれます!?」



 俺がサラさんの命を助けた。

 それは認めよう。

 でも、だからと言ってその命を俺に押し付けられるのはとても困る。


 結局のところ俺はただ目の前で誰かが死ぬのを黙って見ていられないから助けただけ。

 たったそれだけなのに、他人の命やら一生やらを背負わされるのはごめんだ。


 だから。


「――別に俺はサラさんの為を想って助けたわけじゃないんです。ただ、見殺しにするのは俺の精神衛生上よくないから勝手に助けただけなんですよ。だから助けられた事を恩に着る必要なんて――」


 助けられた事に対して、気にする事なんてない。

 だから自分の一生は自分の為に使って欲しい。

 そう俺は言おうとしたのだが。


「ではわたくしも同じですわ。わたくしはただレン様のお役に立ちたいと心の奥底から思っているだけ。ですが、もしどうしてもわたくしを拒むのであれば……どうぞ」


 そう言ってサラさんは俺に何かを差し出してきた。

 それはとても鋭利な短剣で――


「えーと……これは?」


 これでどうしろと?

 サラさんの意図が分からないまま、俺は差し出された短剣へと手を伸ばし。


「もしわたくしの事が目障りだと言うならその短剣でわたくしを刺してください」


「――出来るかぁぁぁっ!!」


 俺は短剣へと伸ばしていた手をひっこめながら怒鳴った。

 仮にサラさんの事が目障りだったとしても、だからと言って刺してしまおうだなんて思えるわけがないでしょうよっ!?



「わたくしの命はレン様の物。そのレン様が不要だと言うならわたくしの命や存在などゴミに等しい。レン様にお仕えできないサラ・ヴィヴァレンティなどその辺で野垂れ死にしてしまえばいいと思います」


「だから重いわぁぁぁ!!」


 どこまでもどこまでも重いよサラさん!

 一体何があなたをそうまでさせるんだよっ!

 そんなどこまでも俺に付いてくるみたいな執念は一体どこから……。


 いや……待てよ?

 本当に待ってくれ。

 俺は今、気づきたくない事に気付いてしまった。


 俺に仕える事ができなければ自分の命や存在なんて不要。

 そうサラさんは言った。

 という事は……。


「あの……つかぬことを聞きますがサラさんや」


「はい、なんでしょうかレン様。なんでもお答えしますよ? あぁ、それと……先ほどから気になっていたのですが、わたくしの事は『サラさん』などではなく『サラ』とどうぞ呼び捨てにしてください。言葉遣いもそのようなかしこまったものでなくて大丈夫です。そうですね……長年連れ添った女房に語り掛けるような気安さで話してくれるとわたくしはとても嬉しいです♪」


「女房って……長年どころか今日出会ったばかりの俺に何を言ってるんだとか色々とツッコミたい所はあるけど……それはもういいや。それじゃあ改めて……。なぁサラ、改めて聞きたいことがあるんだがいいか?」


「はい、なんでしょう?」


「もし仮に俺がいきなりサラの前から姿を消したら……サラはどうする?」


 おそるおそるそんな事を俺が聞くと。

 サラは「なんだ、そんな事ですか」と呟き、即答した。



「当然、即座に自害します♪」


「いや、するなよ」


 満面の笑顔を浮かべ、迷う事すらなく言い切ったサラ。

 そんな彼女の答えを聞き、俺は頭を抱えた。


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